「コクト紹介する俺の上司ジョブズ警部だ、今回の件でのルジウェイ警察の責任者だ」
シュミレーションルームのゲスト用区画で、オニールがコクトにジーン・ケネディ・ジョブスを紹介する、彼はルジウェイ警察でも古株で年齢もコクトより10才は年上に見えた。
「コクトです、助かります警部」
ジョブスのがっしりとした体格は、警察の制服の上からでもはっきりと確認できるぐらいだ、おそらく毎日自分を鍛えているのであろう、何か格闘技をやっている感じがする。短くアーミーカットで整えられたその姿からは警察と言うより海兵隊の指揮官と思えるぐらいだ。
「君が噂のコクトか、会えてうれしいよ」
「噂?」
「武装集団をおぱらったコクトと、言えばちょっとした英雄だ」
「まぁ、レイモンの件はルジウェイ警察の最大の汚点だからその話はあまりしたくないが、私は君らの勇気ある行動に敬服している一人だ」
ジョブズは一呼吸置いてから再び話し始める。
「残念だが、今回も君を頼りにするしかなさそうだ、ルジウェイ警察を代表して協力を感謝する」
「い、いえ、こちらこそ」
握手をしたジョブズの手の感触は以外に柔らかかった、てっきりゴツゴツした感触だと思っていたコクトは少し驚いた。
それに明らかに年下の自分に対して、丁寧に敬意を示して対応してくるなんて、意外に思ったが、オニールがジョブズを数少ない尊敬できる上司と言っていたのも納得できた。
「コクト、君の意見も聞いて見たい」
「あれは単なる演習だと思うか?」
ジョブスはメインパネルに映し出されている、モルタニア軍の配置図を指差してコクトに視線を向ける。
コクトもメインパネルの方に目をむけると、腕を組み自分の鼻を数回指で擦る。
コクトはモルタニア軍の単なる演習とは思っていない、バーン博士が謎の失踪からなんの前触れもなく現れてきたことや、そのバーン博士からのメッセージ、残念ながら自分の記憶には残っていなが、あの時以来胸の中にどす黒い靄が掛かっているようで、意味知れぬ不安な日を過ごしていた、そして今回のモルタニア軍の動き、明らかに何かが動き始めているとコクトは感じいる。
コクトはジョブズ警部の目に視線を合わすと「どう動くか分かりませんがこちらも準備はしておくべきだと思います」と、ハッキリした口調で答えた。
「うむ、そうか」
ジョブズも何か思うところがあるのか、それ以上は聞かなかった。
「警部、モルタニアの軍事演習の件がまだルジウェイ市民に知らされていないようですが、何故か理由が分かりますか?」
「昨日総務局外務部から、情報収集依頼があって、見ての通りのモルタニア軍の展開状況は報告してあるのですが、それ以降何の動きもしていないようなんです」
「こちらが知らないだけでしょうか?」
今度は逆にコクトがジョブズに質問を投げ掛ける。
「多分、外交ルートを通して何かやってはいると思うが、まだ情報は入ってきていない」
ジョブズにも、それ以上の情報は来ていなかったようだ。
オニールが何か気配を感じ後ろを振り向くと、視線の先にはルナが早歩きで歩み寄ってきた、ルナはゲスト区画に上がると直にジョブズに気付いて立ち止まり、鋭い視線でジョブズをに睨みつける。
オニールはジョブズ警部を紹介しようとすると、その前にルナはジョブズ警部の方へ手を差し伸べた。
「始めましてジョブズ警部、ルナ・ルーニックです」
「総務局局長の秘書をしておりましたが、今はマーメイプロジェクトに配属され、コクトさんの配下で働いています」
既にルナにはジョブズがくることが分かっていたらしかった、それにジョブズはルナを見ると少しいやな顔をする。その態度から明らかにルナを拒んでいる、握手さえしようとしなかった。
「モンヘのスパイか?」
コクト、オニールは、ジョブズ警部の言葉に驚くがルナはまったく動揺しない、それどころか涼しい顔でジョブズ警部を見つめる。
「モンヘ局長がお嫌いで?」
「ああ、好きではない、別に報告してもいいぞ」
「いえ、個人の好き嫌いは、自由です」
「ほう、それはそれは」
「警部、ルナを知っているのですか?」
オニールが二人の話に割り込むように、ジョブズに尋ねた。
ジョブズは横目でオニールを見ると、「知る人ぞ知るルジウェイ1の才女だ、影では”完璧な女”と言われている総務局局長の懐刀だ、それにしてもさすがモンヘ、どこを押さえれば一番効果的かちゃんと把握してやがる、マーメイプロジェクトの中に最も自分の信頼できる手下を配置するとはな」はき捨てるように言い放っ。
オニールはジョブズとルナを交互に見るだけで、何も言えない。
「それではモンヘ局長が嫌いなコクトさんとジョブズ警部は気が合いそうですね」
そう、爽やかに切り返してくるルナに対しコクトは何ともいえない表情をする。
ジョブズは「そうなのか、コクト」と確認するように首を横にした。
「いえ、そ、そんな」とコクトは多少なりとも狼狽する。
突然シュミレーションルーム全面にある巨大なメインパネルが急激に電圧が変化したように揺らいだ。そしてその数秒後「ブオーーーーーン」「ブオーーーーン」と、警報が鳴り響き、メインパネルの左右に取り付けられている警報ランプが赤い光を放ち回転し始めた。
「警部!、偵察ヘリがコントロール不能です」
コマンダー用の座席にいるクレイがゲスト区画の方を振り向いて大声で叫んだ。
「攻撃を受けたのか?」とコクト。
クレイは慌てて、自分の席に設置されているコマンダー(司令官)専用のモニタに目をやり確認する。
クレイのモニタには数機の飛行物体が画面上部にで点滅したたまま動かなくなっていた、偵察ヘリからの情報送信が停止したため、モニタの情報は停止したままである。
「す、すみません、北西から新たに飛行編隊が接近して来たのを、見逃していました」
「おそらくその飛行編隊に気付かれ、攻撃されたものと思います」
ジョブズは手すりに掴まり、食い入る様にメインモニタを見るが、メインモニタにはモルタニア軍の各車両の配置図が記号で表示され、全体が点滅しているだけであった。
「コクト!」
ジョブズはコクトをの方を振り向く。
「偵察ヘリがモルタニア軍の手に渡るのは避けたい、自爆させることはできないか?」
コクトはジョブズと目が合うと「やってみます」と、ゆっくりとうなずいてクレイの方へ視線を向けた。。
「クレイ、ヘリは墜落したのか?」
「いえ、まだ墜落はしていません、但しここからのコントロールは不可能です!」
「そ、そうか、・・・・」
「警部、とりあえずヘリの回収を試みます」と、コクトはジョブズ警部に向かって小声でつぶやくと、クレイの方へ視線を向ける。
「できるのか?」とのジョブズに対してコクトは「たぶん」と答えた。
「クレイ、偵察ヘリとの通信回線を全て切断しろ」
「えっ?」
クレイはコクトの命令が理解できなかった、一瞬躊躇する。
「こちらとの通信が途絶えたら、無人の偵察ヘリはどう行動すると思う?」
コクトはクレイに対し試験の問題を出すような口調で質問する。
「!」
「イエッサ、直に切断します」
クライは直に理解できたようだ、偵察ヘリのオペレータに向かって指示を出し始めた。
オペレータがクレイの指示で通信回線を切ると、メインパネルの点滅が止まり煩く鳴り響いていた警報も静まりまじめる、そして警報ランプの回転が停止すると、シュミレーションルーム事態が急に静けさにつつまれた。同時に新しい情報が表示できなくなったメインパネル全体の表示が薄暗くなった。
「コクト、何をした?、これでヘリが回収できるのか」
オニールが最初に口を開く。ジョブズ警部もコクトの回答が聞きたかった、両手を広げて俺にも聞かせてくれっと言っているようだ。
「クレイ、みんなに聞こえるように君の口から説明してくれないか?」
「はい」
クレイは右耳に小型の通信装置を装着すると、数回叩いて外部スピーカが反応するを確かめた。
「説明します無人である偵察ヘリは、こちらからの信号が途絶えると、自律システムが働き所定の場所に自力で帰還しようと試みます、但し自律システムが最悪帰還が不可能と判断した場合は自爆を選択する仕組みになっているはづです」
「ほう、なかなか考えられてるな」ジョブズは腕を組んで関心するようにうなずく、が直にクレイに質問する。
「で、今どうなっているか分からないか?」
「うっ」
クレイはジョブズの質問に対して答えを持ち合わせていないようだった、直に言葉に詰まってしまう、そしてコクトの方を向き助け舟を求めた。
コクトは手でオーケーマークを作りクレイに見せた、後は自分が説明するとのサインである。そしてコクトは小型の通信機器をポケットから出し耳に装着した。
「マーメイ、聞こえるか?」
『はい、感度良好です』
ジョブズとオニールはコクトがどんな隠し技を持っているのか期待するように、無言のままコクトに視線を向ける。相変わらずルナは全てを把握しているかのように静観していた。
「マーメイ無人ヘリからの信号は受信できてるか?」
『はい、現在ルジウェイ西76キロを高度50メートルでこちらへ向かって飛行中です』
「よし、シュミレーションルームのメインパネルの航跡も含め表示させてくれ」
『了解』
マーメイは直にメインパネルの情報を更新する、薄暗かったメインパネルにくっきりと無人ヘリの航跡が点線で表示され、点線の先端に無人ヘリを現す記号が表示された。
「電波塔とルジウェイ空港の3次元レーダの情報を、シュミレーションシステムのこのメインパネルに被せました、全てのシステムをマーメイを中心にしたコンピュータネットワークシステムに統合する、マーメイプロジェクトの応用例です」
「へぇー、なるほどこれは凄い」オニールがつぶやく。
「君の命令をマーメイが理解し、最適な組み合わせで実行してくれるのか?」
ジョブズは信じられないような口調でささやく。
「そうです」
「もちろん、命令する人に権限がなければ拒否されますが」
ジョブズはマーメイプロジェクトの仕組みには驚かされたが、それよりも偵察ヘリがモルタニア軍の手に渡るのを防げたことに安堵した、しかしこれでモルタニア軍の動きが見えなくなってしまったことには変わりは無かった。
「ジョブズ警部、まだあと2機の偵察ヘリが残っています、新たにモルタニア軍の偵察に向かわせましょうか?」
ジョブズは顔には出さないが内心驚いていた、既に1機は発見され使用不能にされたのに、こりもせずまた偵察ヘリを飛ばそうと言うのか、と。
「またやられないか、モルタニア軍とて警戒してくるぞ」
「ええ、確かに」
「しかし相手の動きがつかめない状態では、打つ手がありません、攻撃されるのを待つだけになってしまいます」
「モルタニア軍に気付かれずに、どうやって監視するんだ、偵察衛星じゃないんだぞ」
ジョブズはあきらめた顔をしてコクトの方を見る。
「うーん」
コクトは腕を組んで少し考え込む。多少なりともコクトに期待していたジョブズはがっかりしたように方を落とした。もはや脆弱な外交ルートに頼るしかないのかと思った。
「ジョブズ警部、こう言うのはプロに任せましょう」
コクトはひらめいたようにクレイを指差した。
「ぶっ」指示を待っていたクレイが思わず吹き出す。
傍から見ると下手な漫才を見ているようなコクトの行動だが、ジョブズもクレイを見て思い出した。確かにクレイは特殊部隊出身だそれなりの訓練も受けてるし経験もあるはずだ、と。
「クレイ!」
「はい、警部」
「今の状況でどうにかモルタニア軍の監視を続けたい、方法は無いか?」
クレイは困ったようにコクトに視線を向けると、コクトはニヤリとウインクをクレイに返す、なるほどコクトはもう既に答えをもっているが、自分に任せようとしている。
いつものコクトの口癖を思い出した「やってみろ、もし間違っていたら、どうせマーメイに拒否されるよ、それで問題が発生したら、・・・その時考えよう」と。
「了解しました、少し時間をください」
クレイはそう言うと、キーボードを操作し偵察ヘリの性能情報を確認していた。
ふと気付いたようにジョブズがコクトの方を見る。
「すまんコクト、クレイらはマーメイプロジェクトの一員だが、しばらくの間使わしてくれ」
「もうひとつ、このシュミレーションルームもだ、残念ながら治安局にも警察にも作戦システムを使いこなしきれる人材がいないんでね」
コクトもジョブズの方を向くと、笑顔で答える。
「はい問題ありません、そのための第二次マーメイプロジェクトですから」
「うむ、」
コクトはジョブズ警部か来てくれたおかげでだいぶ肩の荷がおりたような気がした。モルタニアに関してはルジウェイ警察が全面的にやってくれるので、レイモンの時のようにびくびくする必要がないと思った。
それに作戦システムも、これでスムーズにルジウェイ警察に人材毎引き継いでもらえそうなので、逆によかったと思った。
「ところで、彼らはこの作戦システムを使い切れそうか?」
ジョブズは自分達の居るゲスト区画から見える、クレイを含む50人のオペレータの動きを見渡しながら尋ねた。
「ええ、もう一ヶ月近くもシュミレーションモードで隅々まで動作確認をしています、技術的には心配ありません、まだ実機でのテストがまだそれほどこなしきれてはいませんんが、やることは一緒ですのでそう問題ないと思います」
「一応、このシステムはマーメイと密に繋がっていますので、謝った使い方をしようとしてもマーメイの方で、ある程度防ぐことができます」
「人工知能、マーメイか、・・・」
ジョブズが独り言のようにつぶやく。
「一応それなりに概要は知っているつもりだが、そんなに凄いのか?」
「マーメイってやつは」
ジョブズはコクトの方へ視線をやり尋ねた。
コクトはゲスト区画の手摺りに両手を乗せ、シュミレーションルーム全体に嘗め回すように視線を移動しながら答える。
「自分もまだ見たことありませんが、コアサークルの地下数百メートルにあるデータセンターにはこのフロアの数十倍の広さのマシンルームがあって、その中で一番性能の良いスーパーコンピュータにマーメイ本体が組み込まれているそうです」
「自分は仕事柄よくマーメイを利用しますが、時々いまだに感動することが多いですね、コンピュータ技術もここばできたか、と」
「人の言葉で指示ができるんですから、・・・」
ジョブズは関心したようにうなずくが、マーメイをあまり利用する機会が少なかったこともあり、それ以上はコクトに尋ねることはなかった。
クレイは偵察ヘリの性能情報を確認したり、近くのオペレータと相談していた。もうしばらくは掛かりそうな雰囲気である。
ルナがコクトに近寄ると、コクトの耳元でささやく。
「お話があります」
そう、ささやくと出口の方へ視線を向けた。ここでは話せないような内容らしく、コクトにシュミレーションルームを出るように促す。コクトも無言でうなずいた。
「警部、私はしばらくここを離れます、もし問題が発生したら連絡してください、直に戻ってきます」
「おう、すまない長い時間君を拘束してしまったようだ、後は我々で何とかする」
「あと、これは私の連絡先だ、念のため持っていてくれ」
ジョブズ警部はコクトに自分の名刺を渡す。
「わかりました、警部」
ジョブズはコクトに軽く敬礼を返した。オニールはコクトとルナの後を付いて行こうとするが、コクトに止められる。
「大丈夫だ、外出する時は連絡するよ」
「そ、そうか」
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