マーメイプロジェクトビル2号棟の正面玄関から広いロビーを通り抜けるとエレベータがあり、そのエレベータで最上階の3階に上がると広いフロアあった。
フロアから真っ直ぐに伸びた廊下を歩いて行くと、左右に幾つも役員用の部屋が配置されていた。
しかしコクトが責任者に就任してからは殆ど使われることは無かった、コクトはマーメイプロジェクトの組織を完全にフラットな組織にしてしまったので必要なくなってしまったのだ。
多くの役員を送り込もうとしていた各部局からは猛反発があったが、コクトは断固として受け入れを拒否する、第一次マーメイプロジェクトでその弊害にうんざりしていたからだ。
どうしても受け入れを強要するのならこのプロジェクトから降りると、総務局に通告することによって各部局を無理やり押さえ込んだ。
総務局局長のモンヘは自分が推薦した手前面子もあり、コクトの要求を各部局に認めさせるしかなかった。但しモンヘにしてみれば各部局の影響力が排除されたことを内心よろこんでいた。
さらに廊下を進むとコクトの執務室がありドアには掌を模ったセキュリティ用の動脈読取装置が備え付けられていた、しかし執務室は完全にガラス張りなので丸見えである。
もともとは日当たりのいい会議室だったが、コクトはここから見える景色が気に入っていたため自分の特権を利用して執務室にしてしまった。
執務室にはマーメイプロジェクトの進捗を管理する6人の専門のスタッフをそこに置いていた、コクトは彼らを使って総勢250人のプロジェクトの進捗状況を把握する様にしていた。
彼らは各システムのスケジュールをチェックし、スムーズに全てのシステムをマーメイに接続させるため各機関との調整役も兼ねている。
コクトは彼等の仕事の範囲と権限を明確にすると、自分は仕事が早く軌道に乗るように各現場を飛び回っていた、そのためめったにここには寄り付くことはなかった。
問題があった場合は、とりあえずマーメイに聞いてみろ、それでもだめな場合は自分に連絡を入れるようにと彼らには伝えていた。
「ちっ、また結合時期の延長依頼だ、これで10件目だぞ」
ランロッドは度重なるスケジュールの変更にうんざりしていた、各機関から自分達のシステムをマーメイと連動するのを待ってくれと、立て続けにメールが届いていたからだ。 ランロッド・ゾゾロ、50前半のがっちりした体格の男性で、最近家族と伴にルジウェイに来てマーメイプロジェクトに加わったばかりだ。
「こっちもよ、不思議ね特定のシステムだけの延長依頼が殆どよ」
ランロッドの向かい座っているべトラも呆れ顔でランロッドを見る。
ベトラは単身新天地を求めて、ルジウェイにやってきたハイスクールを卒業したばかりの東欧出身の女性である。
「経理関係か?」
「ええ」
6人が向かい合って座っている席の端に設置されている64インチの電子パネルには各システムとマーメイとの接続状況が一目で分かるようにシステムの名称が系統的に表示されている。
頂点には会話型システムマーメイ、その下に総務局のメインシステムとサブシステム群、都市管理局のメインシステムとサブシステム群、経済産業局のメインシステムとサブシステム群、治安局のメインシステムとサブシステム群、司法局のメインシステムとサブシステム群等、無数のシステムの名称が64インチ電子パネルに所狭しと表示されていた。
緑で表示されているシステムは既に接続済みで、黄色は接続はされているが本運用前のテスト中、赤はテスト中、グレーは接続作業中と成っている様だ。
そして殆どの部局の経理関連のシステムがグレーで表示されていた。
「俺のところもだぞ」
「実はこっちも」
電子パネルの調整を行っていた小太りのフレーバーと細長のチャームが電子パネルの裏から顔を出しランロッドとベトラの会話に入って来た。
ランロッドは大きく溜息を漏らす。
「ねぇおやじさん、ボスはこのこと知っているの?」
ベトラは親子ほど年の離れたランロッドを親しみを込めて「おやじさん」と読んでいた。
「もちろん、知っているさ」
「で、何って?」
ベトラは首を横にし、少し愛らしくランロッドの方に視線を向ける。
「うちのボス曰く、他のシステムと違って経理関連のシステムは一番マーメイとの連動がしやすいし、その効果も大きいと、言っていて、よっぽどの理由が無い限りスケジュールの変更は認めない、と、さ」
「へぇー、ボスって、あのとぼけたようなかわいい顔して、結構厳しいんだ」
ベトラは首をすくめて小声でつぶやく。
「んん」
ランロッドは咳き込む。
「そしてこうも言っていたぞ」
「ん?」
「できるだけ遅らせたい理由を聞いて、こちら、マーメイプロジェクト側ね、で協力できるこがないか、聞き出しておいてくれ、と」
「やさしいじゃん、あんがい普通だね」
ベトラは安心したように答える。
「それでおやじさん、理由聞いてみた?」
ランロッドはぶすっとした表示になり、ベトラを睨みつける。
「どうしたの?」
「それがな、みんな版で押したように、口ごもって理由をはっきり言わないんだ、あるところは入力ミスがないか確認するのに時間が掛かっている、と、さ」
ランロッドはコクトが各部局のお偉方からあまり好かれていないことを薄々気が付いていた、そのせいでの嫌がらせかと危惧していた。
「ベトラ、お前はちゃんと聞いてみたか?」
「ごめん、まだ聞いていないや、移行チームと相談しますって、とりあえず答えちゃった」
ランロッドは他のメンバーの方へ顔を向けると、みんな似たり寄ったりの対応で済ましているようだった。
ランロッドは深くため息を漏らし「どこの世界へ行っても、システムがらみの仕事はこんなもんか」と、残念そうにつぶやく。
「ねぇおやじさん、このマーメイプロジェクトって、世界最大のシステムらしいけどほんと?」
ベトラの質問に対して、ランロッドは腕を組んで自信満々そうに答えた。
「ああ、都市の全てのコンピュータシステムをマーメイを中心にしたコンピュータネットワークに統合するなんて、理想としてはいいが」
「実際に実現化しつつあるなんて、・・・・」
「長年行政関連のシステムに関わってきたが、未だに信じられないぐらいだ」
「それと、人と言葉でコミニュケーションができる、マーメイにいたっては、実はまだ疑っているんだ、人が隠れて対応しているんじゃないかとね」
ランロッドはマーメイに関しては半分冗談まじりに答えた。
「ふーん」
ベトラはランロッドを、じーっと見つめていたが、ふと疑問に思ったらしく。勢いよく手を上げた。
「先生、質問!」
「はい、そこの劣等性」
ランロッドも今まで調べたマーメイに関する知識を披露する良い機会だと思ったのか、ベトラに付き合う。
「コクトさんは何で、こんな凄いシステムなのに、・・・・」
「こいつや、こんなのや、あんな人、そしてこんな奴までと、一目で凄くないと分かるメンバーをマーメイプロジェクトの、それもこの重要そうな仕事のメンバーに選んだのですか?」
真っ先に指差されたフジエダは立ち上がり腕の筋肉を盛り上げポーズを取る、次に指されたアッシュも腕を組んで胸を前に突き出す。
「いやー、それほどでも」
「いやいや」
チャームとフレーバは褒められたと勘違いし満足そうに頭をぼりぼりする。
ベトラは次々に一緒に作業をしているチームのメンバーを指差した後、最後は自分を指差した。
「私に聞くな、バカ娘」
ランロッドはそうつぶやくと、PCのモニタ画面を調整し、自分の仕事に専念し始めた、そんな質問されても自分にも分かる訳がないと思った。
しかしここはよほど人材不足なのかと思うぐらい、無条件に希望者を迎え入れているのではないかと勘ぐったが、自分と一緒に応募した何人かはここにくることはできなかったところを見ると、なんらかの選考基準はあるらしいと思った。
後ろの方から女性の声が聞こえてきた。
「第二次マーメイプロジェクトは、第一次マーメイプロジェクトで開発し、まだマーメイと統合されていないシステムの統合が主な作業なの、だから天才や学者タイプの技術者より、・・・・・、まぁ分かりやすく言えば、まじめなで健康な人たちが多く選ばれたと、私は思うわ」
「ひぃ!」
ベトラはビックリして後ろを振り向くとルナがベトラの後ろに立っていた。
「それと、スケジュールの遅延は全て、ここにいるメンバーの責任となります、もちろん私も、コクトさんも含めてです」
「最終的にはコクトさんが責任を負う事になりますので、その辺はよく自覚しておいてください」
その場にいたメンバーは、ルナのいきなり出現には驚いたが、スケジュールの遅れは許さない旨のルナの言葉には身がすくんだ。
見るからに常に冷静な上に頭脳明晰そうなルナの存在は、この執務室に緊張感を与えるのには十分すぎるぐらい十分であった。
「ベトラさん」
「は、はい!」
「コクトさんは、いないようですがどちらに行かれたのですか?」
「30分前ぐらいにシュミレーションルームへ行きました、警察の責任者らしき方が見えたらしく、慌ててましたけど」
「そ、そう」
「ありがとう」
ルナはベトラに礼をすると、執務室を後にする。
「何よ、あの女、偉そうに」
「いや、間違いなくベトラよりは偉いし、頭も切れる」
「おまけに、美人だ」
ランロッドは笑いながらベトラに話すが、ベトラは口を膨らまして思いっきり不愉快な顔をランロッドに向けた。
「しかし、シュミレーションチームの方が昨日から偉く忙しそうだな何かあったのか、誰かしらないか?」
「知らない」
ベトラはボソッとつぶやく。
他のメンバーも頭を横に振る、誰も知らないようだった。モルタニアの軍事演習に関してはまだ一般のルジウェイ市民にはまだ公表されていなかった。
ベトラの机の電話の鳴る音がフロア中に響く。
ランロッドは顎を前に少し動かし、電話に出るようにベトラに促す。
「分かったわよ!取ります」
まだ機嫌が直ってないベトラは受話器を耳に近づけ、無愛想に電話にでる。
「はい、スケジュール管理兼ボスの執務室でーす」
「まじめにやれ」
ランロッドがベトラに注意する。
ベトラは舌を出して、それに答える。
「まったく、ほんとに愉快な仲間をそろえたもんだ、うちのボスは」
「えっ?も一度言ってください、よく分かりません」
「んんー???」
「そんなのここに電話されても、・・・・、責任者?」
「コクトさんは今、席を外しています」
「えっ」
「何です?もう一度言ってください」
ベトラの様子が変だった、電話の相手とうまく話が噛み合わない様だ。
「どうした、代わろうか?」
めんどくさそうにランロッドはベトラに助け舟を出す、ベトラは受話器を耳から離すと、受話器の声を拾う方を手で押さえた。
「おっちゃん、私には無理、代わって」
ベトラはほっとした表情をすると、そのまま受話器をランロッドに手渡す。保留ボタンを押せばランロッドは自分の机にある電話器を使えるのだが、ベトラの頭の中にはそんなことすら考える余裕はなかった。
「なんか犯罪とか、不正とか、証拠のリストとか、分けも分からないことを言っているのよ」
「分かった、分かった、私にまかせろ」
ランロッドはベトラから受話器を受け取ると、耳に近づけ、落ち着いた口調で話し始めた。
「もしもし、電話代わりました、スケジュール管理室のランロッドです」
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