「おい、見ろよ」
「えっ、何あれ浮浪者!?」
「まさか、ここはルジウェイだぞ」
「じゃあれは何よ!?」
「さぁ?」
ルジウェイセンターサークル内の水路沿いの公園を散歩中のアベックがぼんやりベンチに座っている老人を見て驚いた。
老人の姿はどこから見ても浮浪者かホームレスとしか思えない格好であったからだ、汚れてはいないがボロボロの服を絡い、髪も髭も何年も手入れしていない様子だった。
身の回りに老人の荷物らしきものは無い、まるで彼一人だけが別世界からやって来たかの様にルジウェイの風景から完全に浮いていた。
老人は自分を見ているアベックをちらっと見ると、興味がないのか直ぐに水面に顔を向けぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。
フィンレード・アーモンド・バーン、ルジウェイ創設の主要メンバーであり、ルジウェイ最高評議委員会議長である。
行方不明から約一年、何の前触れもなくルジウェイのど真ん中、センターサークル内の公園で発見された。
中央アフリカ西部の砂漠のど真ん中に、人類の科学・芸術・文化の粋を集めた都市を建設するという壮大な野望にみ満ちた計画が実施された。
都市の名は「ルジウェイ」、周長約86.6kmの円内に建設されており、その概観は中央に周長約21.6kmのコアサークル、さらにその外側には周長約43.3kmのセンターサークル、そして都市の境界線であるアウトサークルと大きく3つのサークルに分かれており各サークルには、幅100mの緑地帯そしてその内側には幅80mの水路、さらにその内側には片側4車線の道路で構成されておりさながら中世の城塞都市を思わせていた。
建設時の大儀名分は「人類の科学・芸術・文化の発展に貢献する世界的な組織と都市を作る」であったがその裏には謎の鉱石の存在が見え隠れしていた。
ルジウェイ中央病院、センターサークル内の最もコアサークルに近い場所にあり、ルジウェイでは珍しく10階建てで、病床数550床と10万人にも満たないルジウェイの人口にしては少し規模が大きい。
もちろんここも他のルジウェイの機関同様、医療技術の研究開発のための施設でもある。
また多くの医師を育て各国の医師不足の解消にも貢献するはずだが、まだそこまでは機能していない。
その病院の一室にルジウェイ最高評議委員会の委員全員が集まって一人の老人の様子を伺っていた。
老人は相変わらず他の人には興味を示さず、若い医師の診察をおとなしく受けていた。
「彼は本当にバーンなのか?」
委員の一人がバーンのあまりにも変わりように疑問を投げかけた。
バーンの年齢は60代前半のはずだが、今ベットに座って医師の診察を受けているバーンはどう見ても80後半か90代の老人に見える、たった1年弱でこんなに老けるとは思えなかったからだ。
「私も信じられないがどうもそうらしい、バイオメトリクス(生体認証)では彼がバーンであることを示している」
と委員の一人が答えた。
彼の名は「ビル・アッカーマン」バーンの恩師である。
バーンに「先生の最後の人生を全人類のために捧げてもらえないでしょか」とバーンに強く乞われてルジウェイに来た一人である。
バーンの個室と同じ階のエレベータのドアが空くと、一人の警察官に先導された若い女性がバーンの部屋へ向け走って行く。
「ちょっとすみません、委員さん達ここを通してください」
警察官の名は「ティーファー・オニール」彼は、病室のドアの周りにいるルジウェイ最高評議委員会の委員の連中を掻き分け若い女性を病室へ導いた。
女性の名は「フィンレード・アーモンド・フレア」バーンの愛娘である。
フレアはバーンの恩師ビル・アッカーマンに気がつくと軽く抱擁をした。
「ビル、父は?」
ビルはフレアをバーンのベットの近くまで連れて行くと「フレア、行ってあげなさい」と、フレアをバーンの元へ送り出す。
バーンを診察していた若い医師は、フレアに気づくとバーンより離れた。
「安静が必要です、もう少し落ち着いたところで詳しく精密検査をします」
「ありがとう、先生」
フレアは父バーンの変わり様に驚くも、直ぐにバーンを強く抱きしめた。
「お父さん、どこいっていたのよ!」
ビルは病室の入り口付近でたむろしている委員全員に向かって「今日のところは引き上げましょう、今後のことはバーンが落ち着いてからゆっくり決めとしよう」と委員達を急かすように病室の入り口から遠ざけた。
そして、オニールの方を向き「バーンはルジウェイにとって大切なお方だ、警備の方はしっかり頼むぞ」と、オニールの肩を軽く叩いた。
オニールは「はっ、分かっております!」と敬礼をする。
オニールは、若い医者とビルを始めとする委員達が病室を後にするのを確認するとフレアに声を掛けた。
「フレア、俺は応援の人員の手配と、あとコクトにも連絡しておく、ドアは閉めておくぞ」
フレアは涙顔でオニールの方を向いた。
「ありがとう、オニール」
オニールに声をかけた後、バーンの変わり果てた顔や髪を整えるようになで始めた。
バーンは自分の娘にも興味を示すことなく、何を言っているのか分からないくらい小さな声でぶつぶつつぶやいている、視線は遠くを見ていた。
オニールは軽く敬礼をすると病室のドアを閉めた。
「いいなー、コクトはあんないい女といい仲になりやがって」
少し嫉妬を覚えながらも、無線でバーンを守るために警備の段取りを部下に指示し始めた、オニールも少し出世したらしく何人か部下が付いたみたいだ。
一通り指示を終えると、今度はコクトに連絡を入れた。
レイモンの事件から数ヶ月しか経っていないルジウェイに、再び新たな動きが出始めた。
病室の窓からはコアサークルに立てられている4つの通信塔が良く見えた、通信塔の天辺に設置されているライトの点滅がはっきりと確認できるようになってきていた。
太陽は西の地平線へゆっくりと沈んでいくと、それと同時に暑さも和らぎ、今度は逆に冷え込みが急激に襲ってくるであろう。
砂漠特有の気温の変化である、周りは緑に囲まれているが一歩ルジウェイの外に出ればそこは広大な砂漠である。
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