コクトは帰宅のためルジウェイを南北に縦断する4車線の道路をのんびり南向けに走っていた、深夜ということもあって道路には車がほとんど通っていない。道路の右側には水路が道路と平行して作られており水路の両側は綺麗に芝生が敷き詰められている。永遠に続く川沿いの公園みたいで昼間だと気持ちのいいドライブコースだ。
コクトの車は二人乗りのオープンカーで動力はもちろん電気だ、概観はスポーツタイプではなく、かといって高級車でもない。ルジウェイでは一般的な大衆車といえる。
ルジウェイでは特殊な業務用以外の車両は電気自動車しか認めれていないため道路沿いは静かだ、また道路沿いには緑地帯も整備されていて空気も綺麗である。
しばらくすると、道路沿いの芝生に乗り上げ、ハザードランプが点滅している車が見えてきた。
「おや、事故か?」
コクトは点滅している車の後ろに自分の車を止めた。いつもなら気にしないで通り過ぎるはずだが今日に限ってなぜか気になってしまった。
車から降り車内をみると、若い女性がハンドルに覆いかぶさるようにうずくまっている、運転中に気を失ったようだ。
「自動セーフティ機能がついてなかったら水路にドボンだな」
ルジウェイの車は全て自動セーフティ機能が義務付けられているため、運転者に異常があった場合、自動的に自動車がそれを検知し運転を停止する仕組みになっている。
ドアの窓を叩いても何の反応もないので、コクトは運転席のドアを開けて、女性の肩を少し揺すった。
「おい、大丈夫か?」
返事はない完全に意識を失っているようだ。
コクトは、女性が呼吸をしているか確認しようとの口元に耳を近づけた。
「心肺停止なんて勘弁していてくれよ。人工呼吸の仕方なんて学校で少し習っただけで、実際にやったことないぞ」
「ん、大丈夫だ呼吸はしている」
ほっとした瞬間、女性と目が合った。叫び声と同時にパンチがコクトの顔面を捉える。
「キャー!、誰!?、これでも空手を習っているのよ!」
女性は、コクトに一撃食らわした後次のパンチを出すために直に身構える。コクトは衝撃で車の外に放り出された。鼻の骨は折れていないようだが鼻血がすごい勢いで出ている。
「人が心配して、助けようとしたらいきなりかい、ひどい。空手習っているんなら寸止めにしてくれよ」
コクトは、左手で鼻を押さえながら、少し体を起こした。
「いてて、うわっ服が血だらけだ」
コクトは芝生に座ったまま両手を広げて自分の服にべっとりと付いた自分の血を眺める。
彼女はしばらくキョトンとしていたが、状況が理解できたのか、自分が早合点したことに気付いたようだ。
「ごめんなさい、てっきり襲われたかと思って...、」
彼女は車を降りコクトの側に来ると中腰になりハンカチでコクトの鼻血で汚れた鼻から下の顔の周りを軽く叩くように血を拭き取る。傍から見ると母親が子供の鼻を拭き取っているよに見えるだろう。コクトは目をつぶり顔を上に向け鼻血が下にこぼれないようにして彼女のなすがままに身を任せる。
コクトは片腕を彼女の方に突き出し手の平を広げた。
「ティッシュ」
「えっ」
「血が止まらないから鼻の穴に詰めるの」
・・・・
翌日、コクトは脳科学研究所内にある1階のレストランにいた。
位置的には、ルジウェイのセンターサークルの西側に位置している。遠くからみるとピラミッドをひっくり返して地面に3分の2埋め込んだような形をしているが聞くところによると某有名な建築家のデザインらしい。
さて、都市ルジウェイの行政組織だが簡単に説明しておこう。ルジウェイには建設当初に作成された通常の国家の憲法にあたる、ルジウェイ憲章があり、ルジウェイ憲章によりルジウェイ最高評議委員会や各機関が設置されている。
ルジウェイ最高評議委員会には18人の委員がおり、ルジウェイの最高意思決定機関とされている。
18人の委員の人選は4年毎に、ルジウェイ建設時に多くの資金を出資した出資国や多国籍企業の話し合いで決定されるこになっていが、委員の人選に関してルジウェイ憲章には特に明記されているわけではなく、今後の課題として残っている。
ルジウェイ最高評議委員会の決定を執行する機関として、行政府があり大きく都市管理局、経済産業局、治安局、司法局の4つの組織と、各局を束ねるルジウェイ最高評議委員会直属の総務局の5つの組織が存在する。
最も大きな組織は経済産業局で、全ての研究機関、製造機関が属し70%以上のルジウェイ市民がここに属している。
ルジウェイには民間組織がないため、昔の社会主義国家を連想する人が多くいるが、実態は巨大なNPO法人と言った方が分かりやすい。なんせ建設時の大儀名分が「人類の科学技術の発展に貢献する世界的な組織と都市を作る」で、あるからだ。
予定では世界中の優秀な頭脳がルジウェイに集められ研究・開発に専念することになっているが、100万人の居住が可能な都市ルジウェイに、いまだに10万人程度の住人しかいない。
しかも博士号クラスの研究者は100人にも満たなく、大部分が都市の建設に携わった一部の人々が残り本格的な都市の運用に向け最終チェックも兼ねて都市機能を維持している状態であった。
昨日助けた女性、いや助けたとはいえないがとりあえず知り合った女性ということにしておこう、さすがに自分を助けようとした人を殴り倒しておまけに鼻血で服まで汚してしまった。それでお詫びがしたかったらしい。
昨日は深夜で遅かったので、今日食事に誘われたのだ。コクトは今日が休みで特にやることもなかったので直オッケーした。
但し、残念ながら彼女は休みではなかった、昼休みに彼女の職場近くで一緒に食事をすることにしたのだ、鼻血で染まった服も綺麗にして返してもらう予定である。
彼女の名前はフィンレード・アーモンド・フレア、脳科学研究所に所属し年は20代前半、東欧系の落ち着いた容姿をしており、目は青く澄み切った色をしていて髪は長くプラチナブロンドと言う言葉が良く似合う。長い髪は動きやすいように後ろで束ねられていて、爽やかな雰囲気を漂わせている、はっきり言って美人だ。フレアの父はあのバーンである。
バーンの娘と知って、コクトは少し緊張気味である、しかし緊張はそんなに持続するものではない。
「おっそ、」
コクトは、窓の外をみてぼそっとつぶやく。
昼食時間は混むため、少し時間をずらして待ち合わせをしているのだが、フレアはまだきていない。
昔よくこうして待ち合わせをした女性にすっぽかされたことを思い出して、コクトは苦笑いをする。
「ごめんなさい、まった?」
フレアである、コクトは、後ろから声を掛けられたので、ビクッと背をまっすぐに伸ばす、少し驚いたが直に体制を整える。
「ああ、少しね」
フレアはニコッと微笑み椅子に腰掛けた。
ジーパンとTシャツそれに白衣を羽織っただけの軽装ではあったが、美人は何を着けても絵になるとコクトは感心する。
「はい、これ」
そう言うとフレアは袋をコクトに渡した。
昨日血に染まったコクト服は、既に洗濯され綺麗に折りたたまれ袋に収まっていた。
「ありがとう」
傍から見るとどう見ても二人は恋人同士と勘違いされるだろうなと思うと、コクトは優越感にも似たうれしさが込み上げてくる。
「あらためて、コクト昨日はごめんなさい」
「でも貴方で良かった、変な人だったら何されていたか考えただけでぞっとするわ」
コクトは、「君なら大丈夫」と言いたかったがそれはやめた。フレアはそれを察したのか、顎を引いて上目でコクトを睨み付ける。
思わずコクトは「君は人の心が読めるのか?」と言ってしまう。
フレアは「面白い人」と言うと右手で口を押さえクスクス笑い始めた。
「ごめんなさい、さて何食べましょうか?」
フレアとの食事は、会話もはずみ時が経つのを忘れさせるくらい楽しかった、特にフレアに受けたのが、会話型システムのマーメイの初期バージョンでテストの時、マーメイとディベート(討論)で負けた話だった、フレアは大笑いし思わず自分でそれに気付き両手で口を押さえてしまった。もちろん周りから白い目で見られたのは言うまでも無い。
笑いながらもフレアの目からは涙が滲んでくる、それを手で拭う。
フレアは、こんなに身構えもなく心の底から笑えたのは何ヶ月ぶりだろうと思った、バーンが行方不明になってからというもの、常に誰かに監視されているような気がして落ち着かない日々が続いていたからである。
会話が一段落したとき、フレアが時計を見て舌を少し出した「やっちゃった」と小声でつぶやく。休み時間を大幅にオーバーしていたようだ。
「コクト、もう行かなくちゃ」
フレアは、椅子から急いで立ち上がって、首にぶら下げているセキュリティカードを掴むと。
「楽しかったわ、今日は私に払わせて」
セキュリティカードの裏をコクトに見せる、クレジットカードも兼用しているらしかった。
「ごちそうさま」コクトは素直にそれに従う。
フレアはレジへ向かって数歩、歩いたところで立ち止まった、そして忘れ物でもしたのか、コクトのところまで戻ってきた。
「コクト、よかったら私達の研究を見ていかない?」
コクトは自分の額を見るように目を上に向け、少し考える振りをするが、どうせ予定もないから、フレアの申し出を受けることにした。
「いいよ特に予定も無いし、でも邪魔にならないか?」
「きまりね、さぁ、行きましょう」
すごくテンポが速い子だなと思いつつも、フレアに腕を組まれ引っ張られていく自分がうらやましく感じる。
フレアがカードで清算し終わると、フレアと顔なじみなのか店の女の子がフレアの耳に口元を近づけ「彼氏?」と小さな声で質問しているのが聞き取れる。
フレアは答えるわけでもなく、軽く笑ってからコクトの腕を引っ張り自分達の研究室へコクトを連れて行った。
エレベータで3階に上がり、ガラス張りのフロアを幾つもとおり過ぎるとスキャンルームと記されたころで立ち止まった。
ここがフレアが働いているところらしく、ドアの右横上にセキュリティ用のカードリーダが取り付けられてる。
フレアが首からぶら下げているセキュリティカードを読み込ませると、ドアがすーっと滑るような音をたてて開いた。
フレアに連れられて入るとそこは、研究室というより病院のような雰囲気だ、医療用の機械が整然と配置されており、無菌室のように綺麗だった。それでいて観葉植物がところどころにあるため居心地は悪くなさそうである。
フレアより少し小柄な女の子が二人に気付くと、頭に付けているヘルメットを取ってヘルメット専用の設置場所なのか、そこへ戻した。普通のヘルメットとは明らかに違い頭を保護するというより、機械のセンサーの末端といった感じだ。
「フレアお客さん?」
「ええ、リー紹介するわ、こちらはコクト」
「朝話したでしょ、昨日私を助けてくれた人」
コクトはフレアを見て「それはちがうだろ、」と心のなかで叫んだ。
「リン・マーカスよ、リーって呼んで」
リーは、少し小柄な女の子で東洋系だが、髪は茶髪に染め長くはなくポニーテールにしているため、けっこうかわいい。彼女の親しい友人達はリーの愛称で呼んでいる。
「ジャン・フィデル・コクトです、よろしく、リー」
「昨日は大変だったでしょう?」
フレアが昨日のことをどのくらい、この子に正直に話したのか気になるが、あえて話題にはしない方がいいと思い「いえいえ、」と軽く話題を流す。フレアもコクトを見て舌をぺろっと出してはすぐ引っ込めてから笑う。
フレアが所属するチームが取り組んでいるのは、ブレイン・マシン・インタフェースの基礎研究であった。簡単に説明すると直接脳で考えたことを、機械に伝えて動かす研究である。
フレア達の夢は、身体に障害を持っている人や、事故で身体に損傷を負った人々にそれを使ってもらい、健常者と変わらない生活を送ってもらえるようにすることである。
そしてもう一つは、人間の脳が持っている情報をまるごとコンピュータに取り込む研究である。それは会話型コンピュータマーメイの機能のその上を目指す挑戦であった。
もちろん、よからぬ目的をもってこの研究成果に注目をしている連中はいる、あまり表にはでないが、各国の軍部である。但し、まだ基礎研究が始まったばかりで、実用化は当分先のこだろうと誰もが思っている。
フレアが、自分達の研究内容を簡単に説明し終えると、フレアのとなりで立っていたリーがフレアの腰あたりをちょんちょんと小突く。
「フレア、お願いして見て」
と小さな声でささやいた。
フレアは「わかった」と言うようにうなずく。そのやりとりにコクトは気付いていない。
コクトは脳の電気信号を解析する装置に興味をもったようで、こいつでマーメイと会話、いや意思疎通ができたら・・・、まるでテレパシーじゃないか!と、一人で関心していた。
「コクト、試したいことがあるのだけど、手伝ってくれない?」
フレアが申し訳なさそうにコクトにお願いすると、コクトは特に何も考えずに
「いいよ」と答える。
フレアとリーが目を合わせて、よかったと笑顔で確認しあっているのを見て、コクトは「あれ、もしかして僕はいいように利用されようとしている?」と考えてしまうが、いまさら、断れるものではない。かわいい女の子二人と仲良くなれるかもしれないと、自分を無理やり納得させる。
「何をするんだ?」
「ここに座って」
フレアが航空機のファーストクラスにあるような座席にコクトを座らせると、その隣にある装置の電源を入れた、ブーンと音を立て起動音がするが、しばらくすると安定したのか音は静かになり、モニタにメニューらしき文字が映し出された。
マーメイとも接続されているらしく、モニタの右上に装着されているカメラ、マイク、スピーカが一式になったマーメイ用の端末も動きだし正常を示すLEDライトが点灯した。
「コクトさん、これもかぶってくれる」
リーがコクトに複数のケーブルが束になって繋げられているヘルメットをコクトにかぶせた。最初にリーが、がぶっていたヘルメットより大きい、おまけに目まで覆いかぶさる。コクトは視界が奪われ真っ暗な闇の中に放り出されたような気がした。
コクトの手の上に、少し冷たいがやわらい感触がした、女の子の手のようだ、冷たい手はコクトの手の体温を奪ったのか、冷たさがなくなった。女の子は冷性が多いからなとコクトは思った。そして天使のささやきも聞こえてくる。
「コクト、やってもらうのは簡単なことよ」
フレアの声だ。闇の中に一筋の光が見えたような気がする。
「今から、まる、ばつ、三角、四角と私が言うから、それを頭の中でイメージして欲 しいの」
「簡単だね、それだけ?」
「ええ、それだけよ」
これぐらいだったら、誰でもいいとできるんじゃないかとコクトは思った。でも良かった簡単でと安心もする。
「コクト、」
フレアがコクトを呼ぶ
「何?実はこの実験はとても危険とか?」
「そんなことわ無いわよ」
フレアの手が、軽くコクトの手を握り締める。
「私と、リーはもう何回も同じ実験をしていて、この機械の癖まで分かっているから実験にならないの、なんの予備知識のないあなたが思い描く図形がうまく読み取れたら大成功ってわけ、次のステップへ進めるわ」
何だそういうことか、とコクトは安心した。
「了解!いつでもいいぞ」
「じゃ、始めるわよ」
フレアの手がコクトの手より離れた、少しさびしい気持ちになるコクトだが、怖いから握っていてとは言えない、幼い子供だったらなーと思ったが、まさか今思ったことがモニタに映し出されたらと考えた瞬間、緊張しはじめた。
なんて恐ろしい研究をしているんだとこの子達はと思った。
「マーメイ、始めるわよ、記録の方お願いね」
フレアもマーメイを利用するんだ、使い慣れると便利だしな、とコクトは思ったが直に何も考えないように努力する。
『分かりました、フレア』
聞きなれた、マーメイの声がした、なぜかそれを聞いてコクトは安心した。
「フレア、アルファ波発生オッケーよ」
リーの声だった。すると体が軽くなるような気がする、地球の重力さえなくなってしまったようだ、それに真っ暗であるはずなのに、そんな感じがしない。とても爽やかだ。
、雲ひとつ無い青空の下でのんびり仰向けになっているような気分だ。そこえ天使の声が聞こえてくる、フレアが、まる、しかく、・・・etc、と言っている。
実験は成功しているようだ、フレアとリーの喜ぶ声が聞こえる、コクトはあまりにも気持ちがいいので意識が遠のいていく自分をコントロールできなかった、眠ってしまったようだ。
「成功って言ってもいいんじゃない、少し雑だけどちゃんと読み取れてるよ」
リーがうれしそうに、フレアに話しかけている。
モニタにはゆらゆら揺れながらも、コクトが思い描いていると思われる、まるい円が写し出されていた。
「うん、やったね」
フレアもうれしそうに答える。
「私、リーダに報告してくる、」
リーは、ここにきて初めての成果らしい成果が出たものだから、うれしくてしょうがないらしい、とにかく誰かに報告したかったようだ。
フレアが「あっ」と何かに気付いたように「リー、ちょっと待って」とリーを呼び止めた。
「なあに?」
リーが、くるっとフレアの方に振り返る。
「リー、コクトのことは黙っていてくれる、別に悪いことをしているわけではないけど、変に勘ぐる人もいるから」
少し上目遣いなって、フレアを見るリー、ピンときたのか、にやりとフレアを見る。
「分かってる、リーダはフレアに気があるからね、心配しないで、黙っておくから」
そう言うと小走りに消えていった。
「まったく」と腕を組むフレア
ジーとフレアに照準を合わせるマーメイ、まるでリーと同じレベルでフレアを見ているようだ、もちろんそんなことはありえないが・・・。
モニタの映像がぼやけ始めた、それを見てフレアはコクトの頭につけられている、スキャン装置のセンサーを外そうと手を掛ける。
「コクト、ありがとう、うまく行ったわ」
電圧が急に変化でもしたのか、モニタ画面の映像がブーンと音をして揺らいだ、モニタに映し出されている丸い円が崩れ「ザー、ザー」と電波を受信していない時の昔のテレビ画面と同じ状態になった。
フレアはモニタに備え付けられているマーメイのカメラを見て、マーメイに確認する。
「マーメイ、どうしたの解析機能がダウンしたの?」
『いえ、まだスキャン中です』
「え?」
フレアはモニタにゆっくりと浮き上がってくる、流線型の象形文字とも似たような映像に目が釘付けになった。
「こ、これがなぜ?・・・」
するとコクトの方にも異常がではじめた、悪夢にでもうなされているかのように、うー、うーん、と、うめき声を出し始めたのだ。
「マーメイ、システムを停止して、スキャンをやめるの、早く!」
『停止します』
単調な声でマーメイが、指示を復唱する。ヒューと音がすると直にモニタが真っ暗になり、解析装置の処理中を示すLEDライト群がおとなしくなった。システムは停止したようである。
フレアはコクトの頭よりヘルメットを取り外し、両手でコクトの肩を揺らしながら「コクト、大丈夫!」と数回コクトに呼びかける。
最初は反応しなかったが、しばらくするとうーんと唸りながらも、やっと目を覚ましたようだ。コクトの額と手のひらには冷や汗が滲んでいた。
コクトは上半身だけ起き上がり、右手で頭を抑え「・・・、また悪い夢でも見ていたのか?」とつぶやくと、フレアの顔が目の前にある、一瞬で目が覚めた、よくよく見ると、フレアの手が自分の両肩を掴んでいる。「・・・・、あっそうか!フレアのテストに協力してたんだった」と頭の中で今の状況を整理する。
「ごめん、フレア、つい眠ってしまった見たいだ」
「どう?テストはうまくいった?」
「もう、」と一言いうと、両肩を掴んでいたフレアの手から力が抜け、ゆっくりとその手がコクトの背中までまわる、自然にフレアの顔はコクトの顔の横に落ち着き、コクトをやさしく抱きしめた、そして「よかった、」と小さな声でつぶやいた。
コクトは上機嫌で、自分の愛車のオープンカーに乗り込みフレアに洗濯してもらった服の入った袋を助手席へ放り投げた。エンジン始動のボタンを軽くポンと叩く、すると車の状態を表すLERライト群が点燈し、車が正常に始動体制に入ったことが確認できた。
車からビルの3階窓を見るとフレアが手を振っているのが見えた。コクトもそれに答えてから、車を発進させた。
上機嫌の理由は、今度は二人の休みが合った時に会う約束をしたからである、「デートだぞ、ルジウェイに来て早5年んー、おい!いいだろう」と車のハンドルを叩く、車にはコクトしかいないため、誰も返事してくれるとは思えなかったが、返事が返ってきた。
『よかったですね、コクト』
人工の音声で合成された女性の声であった、車に装備されているマーメイ端末のスイッチがオンになっていた。コクトはカーナビ代わりにマーメイをいつも利用していたからだ。
「あちゃ、マーメイのスイッチを点けっ放しにしてあるのを忘れてた!」
なぜかコクトの顔が赤くなる、もちろんマーメイがそのことを誰かに言いふらすことはありえないが、で、ある。
フレアはコクトの車が既に視界から消えているのにまだ窓の近くに立っていた、コクトが最後に見せたあの流線型の形をした象形文字とも似たような映像イメージのことを考えていた。
「なぜコクトがあのイメージを持っているの、昨日といい偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎる、まさか・・・・、ありえる訳がない」 フレアは、雑念を振り払うように頭を横に振った、映像が何を意味するかフレアは知っている様であった。
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