都市ルジウェイのコアサークル内、東に位置する都市管理局、局ビル内には通信監視室がある、ルジウェイのコンピュータネットワークを集中管理する所である。
主な役割は都市ルジウェイの心臓部ともいえるデータセンターにあるスーパーコンピュータ群と各拠点に配置されている専用のコンピュータとの通信経路の保守・運用である。
「マイケル、先に帰るぞー」
彼の名はジャン・フィデル・コクト、元マーメイプロジェクトシュミレーションチームの一員でマーメイ本体の開発にも一時期係わったことがある。
年は20代後半、髪の色は黒、瞳は薄い琥珀色で輝いている、本人は自分では多少はいい男の部類に属すると思っているが、ま、どこにでもいるタイプの普通のエンジニアである。
マーメイプロジェクトとは、ルジウェイ建設時と時を同じくして結成されたプロジェクトで、会話型システムマーメイを中心したコンピュータネットワークシステムの構築に関するプロジェクト群の総称である。
コクトは、椅子に座ったまま床を蹴り、隣にいるマイケルの席までスーと流れ着いた。だがそこにはマイケルはいなく、席にある監視用のモニタには、高エネルギー研究所とデータセンターとの通信状況を監視する画面が表示されていた。
コクトは立ち上がって周りを見回したがフロアには誰もいなかった。どうせトイレかコーヒーでも買いに行ったかのどちらかだろうと思った。
コクトは椅子に座り直し、元いた自分の席へ向け床を蹴ろうとしたが、モニタ画面が点滅し始めた。そしてモニタに備え付けれれている小型カメラが「ジー、ジー」と細かい歯車が回る様な音を出して左右上下に動き、何かを探している仕草をしている。
目的のものが見つかったのかコクトのいる方向でピタッと止まった。コクトは自分の後ろを振り返った、誰もいなかった。
カメラが自分を捉えていることは確かだと思った。今度は焦点を合わしている様にカメラのレンズが「ジーッ」「ジーッ」小さな音を立て微調整している。
焦点が合ったようだ、コクトを捉えたまま微動だにしなくなる、まるでじーっとコクトを見つめているようである。
「何だ、俺に用か?」
コクトは思わずカメラに声を掛けてしまった。すると反応は直に来た。
『貴方にメッセージが届いています』
人工音声で合成された女性の声である、人工音声とはいえ品のある女性の声で実際にこのような声の女性がいれば間違いなく美人だ。
「マーメイ、ここはマイケルの席だ、メッセージはマイケルにだろ?」
コクトがそう呼んだマーメイとは、人と音声でコミニュケーションができる会話型システムの名称で本体はデータセンターにあるスーパーコンピュータある。
都市ルジウェイのコンピュータネットワークシステムに接続されている端末のモニタには、必ずマーメイ専用のカメラ、小型のマイク、スピーカが備えつけられていてマーメイは、対話している人に権限さえあれば、コンピュータネットワークシステムに接続されているあらゆるシステムとの橋渡しをしてくれる、なかなか優れたシステムである、コクトはけっこう気に入っていてた。
しかし昔気質のキーボード慣れしている連中にはあんがい不評で、マーメイを使いたがらないエンジニアも多い。
『いえ、貴方にです』
「俺?誰から!?」
『接続します』
マーメイがそう言うと「ピカーッ」と、モニタ画面から強烈な閃光が走った。
「ひっ、・・・」
叫ぶこともできず、コクトはそのまま固まったように気を失ってしまった。
音はしないが眩い光の帯が数本、部屋中を舐めまわすように動いている、ひととおり動き回ると閃光の帯がひとつずつ消えていく、そして何事もなかった様に静まり返った。
しばらくして、マイケルが左手にハンバーグ、右手にコーヒーを持ち鼻歌を歌いながら戻ってきた。
マイケルは、コクトが自分の席で椅子にに座ったまま電源の入っていないモニタ画面を微動だにせず見つめているのを見て、ピッタと立止まり少し後ずさりする。
コクトがマイケルに気付く気配はまったく無いようなのでマイケルはゆっくりコクトに近づき小声で「コクト」と声を掛けるがまったく反応が無い。
ただ事では無いと思いマイケルは手に持っていたコーヒーとハンバーグをモニタの側へ置きコクトの顔を軽く叩いた。
「おい、コクト起きろ、起きるんだ」
2〜3回マイケルに叩かれたコクトは、目をぱちくりと開いた。
「おお、マイケルどうした慌てて」
「ああー、よかった」
「まったく、人騒がせなやつ」
コクトにも何が起こったのか分からなかった、マイケルの席まで椅子に乗って滑ってきたまでは覚えているのだが、それ以降は記憶が無いのだ。
ただ、なぜか目の奥に訳の分からない流線型の残像が残っている、説明する言葉が見つからないので、マイケルには黙っていることにした。
「す、すまんマイケル、疲れてるみたいだ帰るよ」
「ああ、気をつけろよ」
「あっ、それとマイケル俺、明日休みだから」
「わかってるよ、ゆっくり休んでくれ」
コクトは自分の額を数回軽く叩いて、椅子を引っ張りながら自分の席へ戻っていった。
マイケルは自分の席のモニタ画面がひどく焼きつけを起こしているのを見て驚いた。
「コクトのやつ何をしたんだ?」
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