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作品名:果てしなき清流のように 作者:藤田

第6回   ◇ 告 知 ◇
     ◇ 告 知 ◇

      ―女が手術台にあがるときー

      (その2)

もう見納めかと
秋茄子の花一輪!
絹子の枕元の洋ランの脇に活けたる。
「まあ、きれいね。絹子さんの花」
隣のベッドから
痩せこけた肺ガンの老女が目を見張る。
婦人専用病棟に、紅い夕陽が映える。

弁護士仲間から
癌情報を掻き集める。
福岡弁護士会の宮川弁護士から入電。
桜門大学多摩病院には名医がいるという。
消化器外科の神様ドクターがいるそうだ。
桜門大学多摩病院なら
絹子のオペもできるらしいというのだった。
だったらそこに転入院することにしよう。
けれども
船山教授は転院を承諾してはくれないだろう。
だから
非常手段をとるしかない。
テレビドラマのように
絹子を誘拐して
桜門大学多摩病院に連れ込むしかない。
絹子を誘拐するためには
ナーステーションの手薄の時間帯を狙うしかない。
おそらく
適切な時間帯はまだ起床時間にならない早朝だろう。

絹子の誘拐を決行する朝を迎えた。
オレは午前5時過ぎに車で自宅から出発した。
青梅の自宅から産業道路を経て
国道16号線にはいる。
多摩川を渡ってから八王子に出ると
甲州街道をひた走りに走った。
まもなく
絹子が入院している大学病院に到着した。
大学のキャンパスの木陰に車を隠した。
足早に
エレベーターで婦人専用病棟にあがった。
まだ、早朝のせいか
婦人専用病棟に人影はなかった。
絹子のベッドに接近していった。
怪訝な顔をして
「こんなに朝早くからどうしたの」
絹子は小声でいう。
「急いで廊下にでてくれ」
オレは絹子の耳元で急き立てた。
「どうしたの」
「なんでもいいから、早く来い」
絹子を引きずってエレベーターに向かった。
エレベーターで中央ホールに急転直下!
オレは絹子を引きずって木陰の車に急いだ。
素早く絹子を車に押し込み、すぐ発車した。
人影のない大学のキャンパスから
誘拐犯人が逃げるように脱出していった。
やがて
バス通りから甲州街道へと走りつづけていった。
絹子は後部座席からからだを前に乗り出して
「どうしたの。あなた気がフレたんじゃない」
「いや、気は確かだ」
「どこへ連れてゆくの」
「どこでもいいから、黙ってついて来い」
「あたい、まだ死ぬのはいやよ」
「ばかいううな」
まるで
誘拐犯人が警察の追跡を免れるときのように
ひた走りに走りつづけた。
やがて
桜門大学多摩病院に辿りつく。
腕時計は午前8時15分だった。
「あら、ここ明子の病院だわ」
「明子ってだれさ」
「あたいの看護学院時代の同級生なの」
「そりゃ、都合がいい」

オレは
緊急診療室のドアをたたいた。
すると
ホワイトのナースハットに
2本の黒い線がはいった看護師長らしい女が顔をだした。
「どうしました」
「突然ですが、緊急診察おねがいします」
反射的にオレはぺこりと頭をさげた。
ドレーンの袋をぶらさげた
いかにも哀れな格好の絹子見て驚いたふうに
「あら!絹ちゃんじゃない」
「あら、明ちゃんね。あたし、こんな格好で恥ずかしい」
絹子はそういいながら、思わずドレーンの袋をもちあげた。
「なに言っているの。ナースも人間よ」
「ああ、あたし、もうだめだわ」
そういいながら絹子は診察用のベッドに這いあがろうとした。
「あ、無理しちゃだめよ」
明子看護師長は駆け寄って絹子をベッドのうえに押しあげるのだった。

まもなく
中年の女医がはいってきた。
女医は
スリッパに、赤紫のガウンを纏いドレーンをぶらさげた哀れな
絹子の姿をまじまじとみて、
「脱院ですね」
と、視線をオレの方に向けた。
「はい。脱院と誘拐犯の現行犯です」
オレがはっきり認めると
ドクターも
明子看護師長も
絹子も
みんなクスクス笑いだしてしまった。

ドクターは絹子の胸に聴診器をあてて、
「これなら大丈夫でしょう。ともかく内科病棟に
入院しましょう」
と絹子に微笑みかけた。
「ありがとうございます」
絹子は顎をカクンとひいてドクターに感謝の視線を送った。
明子看護師長は、車椅子をベッドに寄せた。
絹子は上半身を起こした。
明子看護師長は絹子を車椅子に移した。
「ご案内します」
にこりとして看護師長は車椅子を押しはじめた。
車椅子は緊急診療室から長い廊下にでてゆくのだった。

オレは女医に向かって
「実はキャンサーなんですが、まだ本人には告知していません。
よろしくご配慮ねがいます」
と深く頭を垂れた。
「わかりました。ご心配、要りません」
女医はにこりとオレに視線を移すのだった。
オレは急ぎ足で廊下にでると車椅子の絹子のあとを追った。
車椅子に追いついた。
「これでなんとかなりそうだ」
オレは思わずため息をいてしまった。

絹子のベッドは東病棟805号室の窓側のベッドに決まった。
この病室は6人部屋だった。
明子看護師長の計らいで絹子のベッドは窓側の特等席になった。


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