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作品名:果てしなき清流のように 作者:藤田

第5回   告知(その1)
  ◇ 告 知 ◇
      ー女が手術台にあがるときー

         (その1)

とある夏の夕暮れのことだった。
疲れきった絹子が
勝手口に転がりこんだ。
絹子を抱きあげてベッドにはこんだ。
「救急車を呼ぼうか」
「いい。あした車で、あたしの病院にはこんでちょうだい」

翌朝になった。
オレは車で絹子を病院にはこんだ。
そこは絹子の勤務先の病院だったのだ。

絹子は
ほかのクランケよりも優先的に診察を受ける。
内科医の所見は
「急性肝炎だね」
たしかに
絹子の場合は、その高熱からみて
教科書どおりの急性肝炎かもしれない。
その瞬間
絹子は看護師長の身分から
ただのクランケの立場に急変してしまったのだ。

入院した翌日になった。
唸のため、 内視鏡検査に踏み切る。

その日の夕刻のことだった。
オレは主治医の教授に呼ばれた。
「奥さん、実はキャンサーでした」
「つまり癌だということでしょうか」
「ええ。そうです。俗にいう膵臓癌ですな」
「そうでしたか。膵臓のキャンサーでしたか」
「これは医学上は十二指腸腫瘍といいます」
「はい。わかりました」
「外見的な症状に惑わされまして当初の所見は
急性肝炎ともうしあげましたが、こちらの誤診
でした。お詫びします」
「いえいえ。症状が症状でしたから。
どうもありがとうございました」
オレは深く頭を垂れるばかりだった。

ドクターから癌告知を受けて
オレはまるで
死刑を宣告された被告人のようだった。
なんてこった!
よりもよって膵臓癌とは。
癌告知肯定論者のオレも
貝のように
硬く口を噤むのだった。
病室にもどったオレは
にわか演技のパフォーマンスを決め込んだ。
「検査の結果を聞いてきたんだ」
「教授、なんていってた」
「やはり急性肝炎だってさ」
「そんなら早めに退院できるかも」
「心配無用だ。肝炎ならば、たいしたことァない」
「そうね」
「また、あした来るから」
パフォーマンスがばれないうちにと、オレは病室をあとにした。
ベテランナースの絹子も
これでただのクランケになってしまった。


大学病院のキャンパスをでると
ヒグラシの  もの哀しい
演奏の雨が降り注いでいた。

帰宅したら  留守番電話の赤ランプが
気忙しく点滅していた。
再生のボタンを押すと、内科部長教授の声だった。
「あとでお電話ください」
早速、電話をいれると、太い声の教授がでる。
「弁護士の花城ですが」
「船山ですが。わざわざどうも」
「さきほどのコメントの追加でしょうか」
「ええ、まあ、あの・・・・・」
船山教授のコメントによれば
絹子はオペ不能だというのだった。
患部の位置からみてあまりにも
危険率が高く不能だというのだった。
そうだとすれば
オペによる直接療法はできないのだ。
あとは間接療法の服薬しかないのだ。
しかも
あと半年の命だというのだ。
あと半年しかもたないのか。
絹子の生命のキャンドルは
あと半年で」燃え尽きてしまう。
なんとかしなくちゃならない。
水割りのグラス持つ手が微かに震える。
当面は仕事を棚上げして
全力投球でサポートしなければ
絹子を救うことはできなくなるのだ。

オレは
法律事務所のシャッターをおろした。
不安定な心理状態での運転は危険だ。
JRの定期券で
絹子の病院に通院することにしよう。

絹子の病名は
俗にいう膵臓癌だ。
膵臓の乳頭部に
悪性細胞が形成されているというのだ。
これを医学上では
十二指腸腫瘍と呼ぶのだった。
その癌細胞によって
総胆管が塞き止められてしまった。
このため胆汁の流れが悪くなり
総胆管のなかは
どぶ川状態になっているらしい。
そこで
乳首の腋から肝臓に穴を開け
パイプで胆汁を誘導してドレーン方式の手当をしたのだ。
これで
胆汁はパイプを通して
腋にぶらさげたビニール袋に収集される。
コーヒー色の胆汁は
驚くほどの量で袋に溜まろのだった。
脇腹に胆汁受けの袋を提げた絹子は
みるからに哀れな恰好になってしまった。



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