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作品名:果てしなき清流のように 作者:藤田

第2回   2章 生きる 
◆ 詩小説 ◆

[題名]  果てしなき清流のように


    2章 生きる 
 

 ◇ みんな生きてる ◇ 

それは残暑のきびしい 
ある日の昼下がりだった。
ムーンとした熱気が
隣と境界の垣根を掠めた。
オレは
ジョギングを終えたばかりで
全身が汗だくだった。
そのときのことであった。
垣根越しに
金髪の娘が顔をだして
「ねェ、見て、見て!」
と声をかけたのだった。
金髪のメンシェンの
白い 手のひらに載せられた
ヒキガエルの桃子は
お目めをぱちくりさせて
「ハーワー・ユー」
とご挨拶するのだった。
オレも おもわず
「ハー・イ」
と微笑みかけた。

猛暑もやわらいで
秋風の立つころだった。
金髪の娘の
アーミー将校の一家は
アメリカに帰っていった。
金髪のメンシェンは、もういない。
アーミー将校は
二年間の在日勤務を終えて
家族ぐるみで帰米したのだった。

金髪の娘が
いなくなった晩のことだった。
ヒキガエルの桃子は
隣との境界線の垣根を越えた。

書斎でワープロのキーをたたいていると
キンコンカンと
ブザーが鳴り響いた。
勝手口にでてみると
その勝手口の沓脱ぎ石のうえに
ヒキガエルの桃子は
ちょこなんと すわってた。
「ようこそ」
ちょこなんとして みあげる桃子を
丁重に扱うことにした。
オレは
よろこんで
桃子を応接室に招きいれた。
「なにか召しあがる」
桃子に聞くと
「なにがあるの」
桃子は人懐っこくオレを見あげた。
「ちょっと、まっててね」
オレは
冷蔵庫からオオトロの刺し身をとりだし
白い皿に載せて 桃子のまえにさしだした。
「さあ、おあがり」
オレは桃子に勧めた。
しかし
桃子は
オオトロの刺し身に見向きもしないで
そっぽを向いたままだった。
「どうしたの。刺し身は嫌いか」
「あのね。あたい、貧乏育ちだからね。
こういう高級品食べたことないの」
「それじゃ、なにがいいかなあ」
「あたいね。泥臭いものが大好き」
桃子は、きょとんとしてオレの顔を見あげるのだった。
「そう。泥臭いものね。ちょっと待っててね」
オレは、急いで庭におりた。
畑の土をほじくりかえしてミミズを一匹つかまえると
コーヒーの空き瓶にいれて応接室にもどってきた。
「さあ。ミミズが見つかったからね」
割り箸でミミズを挟み、桃子の目のまえにぶらさげると
桃子はあっというまにぱくりと飛びつき、呑みくだした。
「ああ、美味しかった。生きてるもんじゃないと、
あたい食べないの。新鮮でなきァ、食あたりするからね」
「それもそうだね」
桃子はオレの顔を見あげて
「あたいを庭に住まわせてくれる」
と、哀願するのだった。
「ああ、いいよ」
「じゃ、庭にでてもいい」
「でてもいいけど、もっと休んでからにしたほうが
いいよ」
「あたいね。絨毯嫌いなの」
「そう。とうしてまた絨毯が嫌いなの」
「だって土の匂いがしないもん」
「なるほど、土の匂いね」
「もう、庭にでていい」
「ああ、いいとも」
「ミミズごちそうさま」」
「どういたしまして」
勝手口のドアを開けてやると
桃子は いちもくさんに駈け出していった。
桃子は
あっというまに庭のお茶の木の葉陰へと
もぐりこんでいった。

あれから
十年の風雪がながれ去った。
台風一過!
残暑のきびしい昼下がりのことだった。
珍しく
国際電話のベルが鳴り響いた。
あの金髪のメンシェンからの電話だった。
「お隣のおじさん。あたい、結婚したの」
「そう。おめでとう」
「サンキュー」
「ご主人はどんな人なの」
「アーミー将校なの。パパとおなじ」
「そりゃよかった。ほんとにおめでとう」
「ヒキガエルの桃子も元気?」
「ああ、元気だよ。さっきもお茶の木の陰で
ケロついていた。大きくなったよ」
「ああ、よかった。おじさんも元気に過ごしてね」
「ああ、ありがとう」
「ママ、日本に里帰りしたいといってるから、そのうち
そちらへゆきますから」
「ああ、たのしみに待ってるよ。バイバイ」

ゆずり葉は
かん高い声を誇る
アオマツムシの演奏場だった。

樅の木は
哀愁メロディーを奏でる
ヒグラシの檜舞台になってる。

茄子の葉は
てんちゃん
テントの
テントウ虫のレストランだった。

堆肥場は
粋なコオロギの
モダンな高級団地だった。

蕗の葉は
ちょろまかカナチョロの
スイートホームになっちゃった。

紅い団子の木は
あっぽんたんカマキリの
安全な産卵場なのだ。

オシロイ花の根っこは
ありがとおばさん
アリのマンモス地下街になってる。

蒼いミカンの木は
美人アゲハ専用という
高級設備を誇る産院だった。

わが家の
裏の奥深い竹藪は
ちゅんちゅん雀の
堅固な集合住宅だった。

母屋の南側の
わが家の離室の軒下に
入念に仕上げた土造りの巣は
速や飛びツバメの
堅牢でモダンな
定評のある不燃ハウスなのだ。

わが家の南側の
温室のなかは
真冬でも
摂氏十八度と常春の国
洋蘭の
デンフアーレや
デンドロビュームなど
美人ばかりといわれる
洋蘭族の
艶やかで
モダンな
ハイクラスの別荘だそうな。

ビニールトンネルのなかは
ひ弱で
わがままな
スイカ娘の
こっそり隠れた
逢引きの
それはそれは秘密のハウスだった。

かん高い声で
アオマツムシが啼きだした。
もの哀しいメロディーで
ヒグラシも啼きだした。
テントウムシが
茄子の葉を
みんな食べてしまった。
エンマコオロギが
玉を転がすよううに
みごとな演奏をはじめた。
カナチョロは
蕗の葉陰で脱皮して白っぽくなった。
カマキリおじさんは
アゲハのこどもを
一匹残らず食べてしまった。
餌が見つかったと
アリの伝令は地下街に走りこんだ。
二羽のアゲハは
飛翔びながら空中で接吻した。
雀は
竹藪の奥にみごとな巣をかけた。
ツバメは
いちはやく南へと旅立った。
スイカ娘は
夕顔男のもとに嫁入りした。

みんな 生きてる
溌剌と 生きてる
ヒキガエルの桃子も
生きつづけた。
みんな
幸せ 求めて
逞しく生きつづけよう。


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