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作品名:自分が男でなくなる瞬間 作者:藤田

第8回   筍狩り
               第8回  筍狩り


○ 羽村堰
  多数の花見客が桜並木の下を散策している。
  桜の古木の枝が垂れ下がり地面すれすれでそよ風に揺れている。
  早咲きの桜がちらほら散りかけ、花弁がひらひら舞い落ちてくる。
○ 花園家の門前
  白光がする生地に黒砂を散りばめた花崗岩の門柱に[弁護士 花園]と金文字で刻まれ た表札が浮かびあがる。
  門柱の奥には広い芝生の庭が垣間(かいま)見られる。
○ 花園家の庭
  芝生の奥にはグリーンの竹林がつづいている。
  エプロン姿で赤紫の頭巾(ずきん)をかぶった花園佐保子が親竹の根っこに角を覗かせ た若い筍をピンクのハンドショベルで掘り起こしている。
  掘り起こした筍は白い笊(ざる)に放り込む。笊には薄紫の皮をかぶった筍が数本放り 込まれている。
  佐保子は筍狩りをつづける。
  庭の片隅で新芽を延ばしはじめた柘榴(ざくろ)の枝では鶯(ううぐいす)が囀(さえ  ず)っている。
○ 花園家の応接室
  花園弁護士はどっしりとしたおおきなデスクに向かいワープロのキーをたたきつづげ る。
  ソファーに身を鎮(しず)めた藤原教授が大学ノートに書かれた花園弁護士の日記帳を 開いている。
  藤原教授は背筋を延ばすと日記帳のページを捲(めく)る。



               # 花園弁護士の日記 #


 2008年11月6日

 その朝6時近くに、わたしは610号室からトイレに向かった。
 白い便器の前に起った。パイプを嵌(は)められたペニスを左手で摘み、右手でパイプのキャップをはずすと、よく澄んだ尿が勢いよく放水された。{前立腺]の切開部は止血したらしい。
 トイレをでて廊下の奥の窓から窓外を見下ろした。
 桜門大学多摩病院の6階から見た風景は、いつもJR中央線の電車から眺めている風景とはちがっていた。
  わたしの瞼(まぶた)には、JR中央線から数百メートル離れた武蔵野の一角に8階建ての大学病院ビルが浮かびあがる。
 その病院の近代建築ビルから200メートルほど離れた高架式モノレールが低速度で走行してゆく。

「おはようございます。検温の時間になりました。みなさま、ご自分のベッドでお待ちください」
 ナースステーションからの放送が病棟にながれた。
 わたしは610号室へ向かった。
 ベッドにあがり目を瞑(つぶ)った。
「花園先生。検温です」
 童顔のナースはわたしに検温器をわたした。わたしは脇の下に検温器をさし込んだ。
 ナースはほかのクランケにも検温器をわたしてゆく。
 目を瞑っていると人の気配がした。
「花園先生」
 目を開けると別のナースが起っていた。わたしは検温器をナースに手渡した。
「36度8分ですね」
 ナースはいい残して隣のベッドに向かった。
 検温がすんで間もなく十朱幸代型のナースがあらわれた。
「うごきやすいようにパイプを固定しましょう」
 ナースは惜しげもなく毛布を捲りカテーテルのパイプを剥き出し、ホワイトテープで左脇腹に固定した。
「これで動いてもずりさがるおそれはなくなりました」
「どうも」
 ナースはにこりとして立ち去った。

「みなさま、朝食の時間になりました。歩ける人は廊下の配膳車までお越しください」
 ナースステーションから電波がながされた。
 突然、病棟が騒がしくなった。
 わたしは一段落してからベッドに起きあがり廊下の配膳車に向かった。
 もう配膳車の周りには人影はなかった。わたしのお膳だけが配膳車の三段目の棚に残されていた。
 お膳を支えてベッドに戻った。
 ベッド用のテーブルにお膳を載せた。ベッドにあがらないで白い丸椅子に掛けて箸を握った。
 まだ普通食にはなっていなかった。いわゆる[L術後食]だった。メニューは5分粥(がゆ)に大根の具がはいった味噌汁、温泉卵、減塩海苔、佃煮(つくだに)、牛乳、野菜のスープ煮だった。
 食欲がでてきてメニューのすべてをぺろりとたいらげる。

「みなさま、回診の時間です。ご自分のベッドでお待ちください」
 ナースステーションから電波がながされた。
 まもなく回診のいわゆる白衣の「大名行列」がはいってきた。
「いかがですか」
 執刀医の教授がわしをみおろした。
「はい。おかげさまで楽になりました」
 教授は隣のベッドに向かう。
「おだいじに」
 中山看護師長が教授のうしろにつづく。
 6人のベッドをまわりきると白衣の「大名行列」は廊下へ消えていった。
 壁時計の長針がぴくりとうごき11時になった。

 うとうとしてしまった。
「花園先生。点滴です」
 目を開けると十朱幸代型のナースが点滴ボトルを吊るした点滴スタンドを押してきた。
 ナースはわたしの手首に注入用の針を刺し込んだ。彼女は馴(な)れた手つきでボトルの下部のリールを摘み、垂れ落ちる点滴量の微調整をする。
「ボトルの点滴液はなんですか」
 わたしはナースをみあげる。
「ええ。今日は[ヴェーンF]です」
「なんのことか、わかりません」
「おわかりにならなくても結構です」
 ナースはにたりとして立ち去った。

 壁時計の指針がうごき12時15分をまわった。
「みなさま。昼食の時間です。動ける人は廊下の配膳車までお膳をとりにきてください」
 ナースステーションから電波がながれた。
 突然、病棟は騒がしくなってきた。クランケはわれもわれもと配膳車に食らいつく。
 自分の名札のついたお膳を探し、押し合いながら配膳車の棚を覗き込むのだ。
「これこそ生きてる証拠なんだ」
 わたしは目を瞑って口のなかで呟いた。
 やがて病室は静寂をとりもどした。
 童顔のナースがお膳を届けてくれた。点滴の最中だったからだ。
「花園先生。ごゆっくり」
 ナースはベッド専用テーブルのうえにお膳を載せ立ち去る。
 わたしは起きあがり、お膳を覗き込む。
 はじめて全粥(ぜんがゆ)になった。300gらしい。甘鯛の照り焼き、焼きネギ、茄子のそぼろ煮、野菜にゴマ酢、それにハンペンとミツバの清汁といくらか家庭料理に近いメニューにかわった。
 食欲がでてきてぺろりとたいらげた。

 満腹になったせいか、睡魔に襲われ寝込んでしまう。
 ドリームの世界でトイレにはいってゆくと白衣のナースとぱったり。
「ここは女性用か」
 と叫び目が覚めた。
「花園先生。どうなさいましたか」
 十朱幸代型ナースがわたしをみおろしていた。
「あっ。夢だったか。トイレにはいったらぱったり」
「ぱったり。どうしました。いまからあの処置室にゆきましょう。点滴は一時中止です」
 彼女は点滴ボトルのリールを閉め、わしの手首から点滴用の針を抜きとった。
「なにをするんんですか」
「しものほうを綺麗にしますから」
「お尻のクリーニングですか。わかりました」
「では、ご一緒しましょう」
 ナースは先にたった。
 あわててベッドを降りナースのあとを追う。
 廊下にでてナースステーションの脇にでた。ステーションの脇を右折したその奥が処置室になったいた。
「さあ、どうぞ」
 ナースは処置室のドアを開けた。
「すみません」
 かなり広いルームの奥に洋式の便座が備わっていた。
「便座におかけください」 
 ナースにいいわれて、わたしは便座にかけた。
「まずしものほうは丸出しになさってください」
 わたしはパジャマの下半身とパンツを脱ぎすて脇の籠のなかに放り込み、便座に座った。 
 顔に白いマスクをかけ医療用の薄い手袋をはめたナースはまじまじとわたしをみつめた。
 いくらかはにかんだ。 
「失礼いたします。陰部を洗浄いたします」
 ナースはわたしの前に屈(かが)みこみ、携帯型シャワーでわしの陰部を軽く流し、石鹸を眩(まぶ)し軽く擦(こす)りまわした。
 すると陰部に快感がはしり抜けた。
「恐縮です。まるでアダルトビデオですな」
「けど、これも仕事ですから」
 陰部に快感がはしり、ペニスが膨張してその尖端のパイプが強つくなるのを覚えた。
 そのあとで別の携帯型シャワーで陰部の石鹸の泡を濯(すす)ぎはじめた。ぴくりと快感がつよまった。
 携帯型シャワーを巧みに操作して彼女はわしの陰部を丁寧(ていねい)に洗浄してくれる。
「ああ。生まれてはじめての経験で、爽(さわ)やかになりました」
「はい。これでおしまい」
 彼女はわしの背中をぱんとたたいた。
「ああ、残念。もうすこしクリーニングつづけてもらえませんか」
 わたしは美女のナースにせがんだ。
「先生、ご冗談を」
 ナースはけらけら笑いながらわしの陰部をタオルで拭いてくれた。
「あら、やはりあそこ、おおきくなってるわ」
 わしの前にしゃがみ込んでいる彼女を抱き締めたいという衝動にかられた。
 けど、じっと堪える。
 これでおしまい」
 わたしは便器から降りた。
「病室へもどりましょう」
 ナースはあるきだした。
 わたしはそのあとを追った。

 自分のベッドにもどるとナースはわしの左手首に点滴用の針を刺し、点滴ボトル下のリールをまわした。
 点滴液はぽとりぽとりと垂れおちはじめた。
「おだいじに」
 ナースは微笑みながら立ち去った。

 うとうとした。
 時の経過はわからなかった。
「花園先生。点滴おしまいです」
 童顔のナースがわしをみおろした。ナースはボトル下のリールを閉め、わしの左手首から針を抜いた。
「おだいじに」
 ナースは言い残して立ち去っていった。
 点滴がおわってさっぱりした。

 壁時計の指針がうごいて午後7時30分になった。
「みなさま。夕食の時間です。動ける人は廊下の配膳車までお越しください」
 ナースステーションから電波がながれた。
 病棟は俄(にわ)かに騒がしくなった。
 わたしは目を瞑った。
「配膳車の周りには人だかりがしているにちがいない。すこしあとからゆくことにしよう」
 わたしは呟いた。
 スープをすする音。
 箸をおくトーン。
「クランケにとってただひとつの愉しいひとときなんだ」
 呟きながらベッドを降り配膳車に向かった。
 配膳車の3段目の棚に花園の名札がついたお膳が残されていた。
 お膳を支えてベッドにもどった。
 ベッド専用テーブルにお膳を載せ、白い丸椅子にかけた。
 蓋付きの丼が目にはいった。蓋を取ると銀飯が盛られていた。術後はじめての米飯220gだった。
 ふうっとため息を吐いた。
 ほかに白菜ツナスープ蒸(む)し、お浸(ひた)しはほうれん草のすり潰し、富士のリンゴと家庭料理に近づいていた。
 むさぼるように食べつくしてしまった。

 夕食後、自宅に電話をいれた。
「あ、佐保子か。今度来るとき、アフタシエーブローションを持ってきてくれ」
「わかりました。お寝みなさい」
 電話はそこで切れた。

 9時消灯。
 仄暗い病室で天井をめつめる。
 いつのまにかドリームの世界に溶け込んでいった。

○ 花園家の庭
  芝生の奥にはグリーンの竹林がつづいている。
  エプロン姿で赤紫の頭巾(ずきん)をかぶった花園佐保子が親竹の根っこに角を覗かせ た若い筍をピンクのハンドショベルで掘り起こしている。
  掘り起こした筍は白い笊(ざる)に放り込む。笊には薄紫の皮をかぶった筍が数本放り 込まれている。
  佐保子は筍狩りをつづける。
  庭の片隅で新芽を延ばしはじめた柘榴(ざくろ)の枝では鶯(ううぐいす)が囀(さえ  ず)っている。
○ 花園家の応接室
  花園弁護士はどっしりとしたおおきなデスクに向かいワープロのキーをたたきつづげ る。
  ソファーに身を鎮(しず)めた藤原教授が大学ノートに書かれた花園弁護士の日記に読 み耽っている。
  藤原教授は背筋を延ばすと日記帳を閉じる。


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