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作品名:自分が男でなくなる瞬間 作者:藤田

第3回   秘湯の里
                                                                         秘湯の里    


わしは、ペニスの亀頭部の尖端の外尿道口から尿道を通して膀胱の
入り口までカテーテルをさしこまれてしまった。尿道や膀胱はカテーテル
という科学物質で造られた異物を挿入されて、さぞや違和感を感じている
にちがいない。オレは『しばらくの辛抱だから我慢してくれ』と尿道や膀胱ら
に云いきかせた。
 
 泌尿器科の外来で教授の診察を受けたその日の夜、浴槽に首まで浸かり
オレは受診のときの状況について、もういちど反芻(はんすう)してみた。

 診察室の堅いベッドのうえで便器をあてがわれ排尿してもらった直後の
ことであった。
「とにかくパイプは嵌(は)めたままにしますが。よろしいですね」
 教授は飴色のゴムパイプを摘みあげた。
「はい。やむをえません。覚悟はできました」
「ちょっと、触診のため肛門から指をさしこみますから」
「はい・・・」
 わしは、渋々承諾するしかなかった。
 白衣の教授は薄い手袋をした中指をおしげもなくオレの肛門に突っ込んだ。
「こりゃ、だいぶおおきいな」
 独り言のように呟(つぶや)いた迫力のある教授の額に数本のシワがよった。
「教授、なにがおおきいんですか?」
 わしには教授のセリフの意味が皆目(かいもく)わからなかった。
「前立腺がかなり肥大してますな」
「前立腺肥大!。男にしか備わってない臓器といわれるあの前立腺ですか」
「まあね。念のためエコーを撮(と)りましょう」
「下半身をひろげますからね」
 ベテランのナースはオレの下半身を丸裸にした。
 エコーの電源がはいり、教授はオレの臍(へそ)のしたにセンサーをあてた。
センサーの位置はなんども変更された。オレの膀胱とかその下部の前立腺
などの現状がまじまじと医療用テレビの画面に投影されているらしい。
「これで、おしまいです」
 教授は自分のデスクに向かいパソコンのキーをたたきはじめた。
「どうぞ、こちらへ」
 教授に勧められオレはズボンのチヤックを絞めながら円椅子に掛けた。
「前立腺がかなり肥大してることが確認されました」
「はあ。この肥大と尿閉とかかわりがあるんですか」
「ええ。尿閉の原因は前立腺の肥大にあります」
「なぜ、そういえるんですか」
「膀胱のすぐしたに位置する前立腺が肥大して尿道を圧迫したために、
尿が通れなくなり尿閉となったわけです」
「尿道は前立腺のなかを通ってるんですか」
「ええ。内尿道はその周囲から前立腺に囲まれていますから、前立腺の
細胞が肥大すると尿道が圧迫され、尿のでがわるくなったり、最悪の場合
には尿がまったく排出されなくなります」
「そうですか。そうすると尿道は前立腺の関所を経てペニスのなかの外尿道に
繋(つな)がっているんですか」
「ええ。というわけで当分、カテーテルのパイプは装着したままにしましょう」
 教授はパソコンのキーをたたきはじめた。

 わしは、風呂からあがり、お盆にプレミアムビールを載せ書斎にはいった。
 ビールをひとくち飲み干してから、反芻したとおり、欠落した受診時の状況を
日記帳に追記してゆくことになったのだ。
                           
              ◇ 2008年8月18日花園弁護士の日記・了◇



    【秘湯の里・清津峡谷(1)】

             ◇ 上信越国立公園清津峡温泉郷 ◇

○ 清津峡温泉郷の峡谷
  秘湯の里・清津峡温泉郷の峡谷をごうごうと急流が流れくだる。
  峡谷の一角にはそそりたつ岸壁にしがみつくようにホテル緑風館が建っている。
  ごうごうと流れ降る川の水音がホテルのロビーにまで響いてくる。
○ 緑風館・桔梗の間(特別室)
  藺草(いぐさ)の香り高い畳20畳ほどの部屋の中央に紫檀(したん)のテーブルが
 でんと配置されている。その奥の窓側にはソファーがおかれている。
  花園弁護士と藤原教授が部屋の窓側のソファーに凭(もた)れ、窓外に連なる
 峡谷の風景に見蕩(みと)れている。 
  桔梗の間の襖がするっと開いて和服姿の若い仲居が料理をはこんでくる。
「お待たせいたしました」
  チャーミングな瓜実顔の仲居は紫檀(したん)のテーブルのうえに料理をならべ
はじめる。
「どうも」
 常連客の花園弁護士は、顔馴染(かおなじ)みの仲居と視線をあわせる。
「花園先生、しばらくでした。よくいらっしゃいました」
 瓜実顔の仲居は愛くるしい眼差しでにんまりと微笑(ほほえ)む。
 もうひとりの童顔の仲居もおおきなお盆から料理をテーブルにうつしてゆく。
 山菜料理をメーンとした品数の多い料理が紫檀のテーブルを賑(にぎ)わわせる。
「それでは花園先生。いつものようにお酌はご自分でなさってください」
 瓜実顔の仲居は畳に指をついて起ちあがる。
「ごゆっくりなさいませ」
 童顔の仲居も畳に手をついて起ちあがる。
「ああ。どうも。あとはこっちでやるから」
 花園はソファーで腰を浮かせる。
「ああ。女将は顔をださなくてもいい」
 花園は仲居の背に声を浴びせる。
「はい。女将さんは、踊りの発表会で街にでかけてまだ帰っていません」
 瓜実顔の仲居はちらっと、うしろを振り向く。
「そう。相変わらず日本舞踊に凝(こ)ってるんだね。どうもどうも」
 ふたりの仲居は桔梗の間から消えてゆく。
「それでは藤原くん。メシにするか」
 浴衣姿の花園はテーブルに向かう。
「ようし。お待ち兼ねのメシにするかな」
 藤原はソファーで腰を浮かせテーブルに向かう。
 花園と藤原はテーブルを挟み、座椅子のついた座布団に座る。
 花園は麒麟麦酒専用のおおきな栓抜きでぱっと王冠を跳ねあげる。
「さあ。ここは昔ながらの古典的ラガービールしかでないんだが」
 花園は藤原のさしだすグラスに七分三分の泡立ちで酌をする。
「そうか。ここは秘湯の里といわれている温泉郷だから古典的なラガーの
ほうがいいんじゃないかな。君はビールの注ぎ方にうるさいからオレは酌を
遠慮しておこう」
「ああ。ビールとコーヒーだけは、自分でやらないと気がすまないんだ」
 花園は自分のグラスにも七分三分の泡立ちで神経質にビールをそそぐ。
「そいじゃ乾杯にしよう」
 花園はグラスを掲げる。
「乾杯!」
 藤原もグラスを高く掲げる。
「この温泉郷は上信越国立公園の一角なんで、海抜700メートルという
山岳地帯なんだ。越後山脈に連なる山間地帯なんだが」
 花園は紫色をした山菜を醤油にひたして口にはこぶ。
「ほう。それで山菜料理がメーンというわけか」
「まあな。その紫色のおひたしは、天然のアケビの新芽なんだ。雪が溶けて
春の陽光を浴びて燃えあがった新芽を摘み取ったばかりの新鮮な山菜なん
だが。地元では『木の芽』と呼んでいるんだ」
「なるほどね。アケビの新芽か。『木の芽』とはよく云ったもんだ。」
 藤原は紫色の新芽に箸をつける。
「ほう。噛み締めると、ほんのりとした苦さ、ほろ苦い味が格別だね」
「オレは手酌でいくから。君も自分でやってくれないか」
 花園はグラスに手をかけ、ぐっと飲み干す。
「ああ。手酌というのもオツなもんだ」
 藤原は自分のグラスにビールをそそぐ。
「ところで。君は心理学者のくせに『地球人の性行動』を研究してるが。その
研究の集大成として『性行動の科学的研究』という著書を刊行するらしいが。
今宵は、その地球人の性行動についてアドバイスして欲しいんだ」
 花園は藤原と視線をあわせる。
「まあね。花園弁護士のこれからの性生活の役にたつんならね。なんでも
聞きたいことはどしどし質問してくれないか」
「君にも知らせたようにオレは猛暑のさなかに突然、『尿閉』になった。その
前日の夕方までは、よく澄んだ大量の尿が、太く円い帯状で勢いよく放出され
ていたんだ。ところが一眠りして起きたときには、突然、尿は一滴もたれなく
なってしまった。たいていの場合、尿閉になるまえに、尿の出がわるくなるとか、
放出の勢いが弱くなるとか、太かった尿の線が細くなったり、2本に分かれたり
するという前兆がみられるんでしょう。それなのにオレの場合、なんの前ぶれも
なく、突然、尿閉になってしまった。なぜそうなったのか。いまだに理解できない」
「そもそも尿閉という症状は、前立腺肥大症の第3段階、つまり最終段階に起き
る現象なんだ。これに対し君のような場合、その前の第1段階および第2段階の
症状を飛び越えて一気に第3段階の尿閉になってしまった。例外の場合だね」
「なるほど、例外的な場合か。それにしても、なぜ、オレの場合だけその例外に
なったんかね。まったく判らん」
「そうだね。前立腺肥大の場合における症状というものは、まず尿の出がわるく
なったり、尿が近くなったりするのが通例なんだがね」
「ところがオレの場合、8月17」日の夜は麒麟麦酒で発売して間もない特製の
プレミアムビールをたのしみ、入床前には太く力強い尿がでていた。それなのに
その深夜から18日の朝にかけて突然、尿閉になってしまった」
「そうらしいね。さっきもコメントしたように、その尿閉という症状は前立腺肥大症
としては末期的な最終段階の症状なんだ。それ以前に君の場合、尿が近くなった
ことはなかったかね」
「そりゃ、ビールやコーヒーを飲んだあとには尿も近くなるが、普段は3時間に1度
くらいだね。夜もトイレには起きたことがない」
「そうすると頻尿ではなかった。それでくどいようだが、放尿の状態にはなにこう
変化に気づきませんでしたか」
「さっきもいったようにそういう変化はまったくなかったね」
「それでは、尿の放出状態がとぎれとぎれになったことは」
「とぎれとぎれにね。そんなこともあるんかね」
「ええ。それがあるんですよ。はっきり云えば、これまで勢いよくジョウジョウと排出
されていたものが、弱々しくシューシューと間隔をおいてくる。これは第2期の状態
なんだがね。そのようなシューシュー状態はなかったかね」
「あ、そうだ。いわれてみれば、尿閉の1週間ほど前から1日に1回ほどだったかな。
間歇泉(かんけつせん)のようなことがあったな」
「その状態が前立腺肥大症の第2期症状なんだ」
「なるほど。そうとは識らなかった」
「さらに尿がまったく出なくなり、いわゆる尿閉となる。この尿閉こそ前立腺肥大症の
末期的症状なんだ。第3期のね」
「それにしてもオレの場合、そうした第1期・第2期の症状を飛び越えて、いきなり
末期的症状になったんはどういうわけかね。素人のオレには理解できない」
 花園は首を傾げながらおおきな黒い吸い物椀の蓋に手をかける。
「はなしがはずみ、箸がやすんだままで、お吸い物が冷めたかな。このお吸い物は
地鯉を味噌でくつくつ煮込んだ、ここの名物の『鯉こく』なんだ。冷めないうちに味わ
うことにしよう」
「なんだって。『鯉ヘルペス』事件以来、鯉は食べられなくなったんじゃないか」
 藤原教授は目をしろくろさせ、黒いおおきなお椀の蓋に手をかける。
「まあね。普通のお客さんにはだせないんだが。ここの女将がオレの教員時代の
教え子なんでね。生簀(いけす)で育てた自家用の鯉を生簀から掬(すく)いあげて
鯉こくにしたてあげてくれたんだ」
「それはありがたい。もう一生、鯉は食べられないと諦(あきら)めていたんだが」
 藤原教授はお椀を両手で捧げ拝むようにしてひとくち啜(すす)る。
「おお! こりゃ絶妙の味だ」
「ところで、前立腺が肥大すると、なぜ尿の出がわるくなったり、最悪の場合には
尿閉になったりするんかね。オレのオペを担当した教授のコメントは、あまりにも
早口で、素人のわしにはよく読み込めなかった」
「いずれにしても泌尿器科のドクターは、医者としての専門的な知識だけでなく、
地球人の性生活を識りつくしているはずだから、『前立腺オナニー』の弊害など
も懇切にコメントできるはずだが」
「ほう。その『前立腺オナニー』ってもんはなんのことですか」
「これはね。しらない人のほうが多いかもしれないが。本来、性哲学を遡れば
セクシャリテーに辿りつく問題になる」
「ほう。性哲学ね。セクシャリテーか」
「その人のセクシャリテーによっては、特定の男性または女性をパートナーとする
性生活を指向するマジョリテーとしてのまともな性生活を建前とする人のほかに、
いわばマイノリテーとしての性生活を指向する人たちの中には、まともな性生活
とは異質の性行動を好むものがいるんだな。こういう人たちのうちには『前立腺
マッサージ』をエンジョイすることがある。これを『前立腺オナニー』ともいうんだ」
「ほう。そんなもんがあるとは識らなかった。君のコメントも、わしには、判ったよう
でもあり、判らないようでもあるが」
「この概念は、あまり聞きなれないことばだが。特殊な性行動のひとつであること
にはちがいない」
「その性行動もいわゆる自慰の一形態のようにもみられるが」
「まあね。マスターベーションの概念で括(くく)れないこともない」
「その性行動は実際にはどんなアクションをするのかね」
「あまりおおきな声で云いたくはないが。肛門から中指を挿入すると、前立腺に
触れることができるんだ」
「ほう。前立腺ってのは、そんな位置に存在してるんかい」
「まあね。腎臓の下部に位置する栗の実のような形をした、男性にしかない臓器
なんだがね。前立腺とは男性が男であるという証(あかし)になるんだ」
「ほう。男性に特有の臓器か。けど自分の肛門に自分の中指を挿入することは
テナガザルでもないかぎり、かなりむずかしいんじゃないかね」
「まあね。からだの柔軟な人は別として、通常はセックスをエンジョイする者同士が
交互に手を貸すことになるのでしょうな。自分の指を挿入することができない場合は、
人にやってもらうしかない」
「女性のバギナに男性がペニスを挿入するときのようにかい」
「まあね。とにかく肛門から指を挿入して前立腺をマッサージするわけだ。すると
電気ショックを受けたような鋭い快感がえられ、射精することもできるらしい。仮に
射精しないときでもオーガズムに達することがあるという。このような特殊な性行動
なんだから識らくてもよい」
「パートナーがいるくらいなら、バギナとペニスの結合という、まともな性行動という
選択肢もあるはずだが」
「そう考えるのが一般人の感覚なんだが。マジョリテーとしてのね。けど、そこが
セクシャリテーの問題になってくるんだね。そうした性的指向を好むマイノリテーも
現実には存在しているんだ。男のパートナーも男だったりするケースもある」
「そうしたマイノリテーの気持ちも判らないわけではないが。人間の性感帯はほかにも
あるはずでしょう。男性ならペニス、女性ならバギナとりわけクリトリスといった、
もっとまともな部位もあるでしょうに。だとしたらなにも前立腺を刺激することもある
まいに」
「それにもかかわらず敢(あ)えて前立腺を選択するのには、それなりの理由がある」
「どんな理由ですか」
「それは、さっきも云ったように、地球人の性感帯のなかでは前立腺がもっとも強烈な
電気ショックをうけたような特殊な性感をエンジョイできるからでしょうな。一度、それ
を体験したらば、その味は忘れられないという。おそらく絶妙な性感なんでしょな」
「地球人の性行動という人間の本能にかかわるはなしに熱中していて、料理のほうは
置き去りになってしまった。その焼き物の魚は岩魚という淡水魚なんだ」
 花園はその岩魚にかぶりつく。
「ああ。よく澄んだ清流にしか棲息(せいそく)しないというあれか」
「鯉もさることながら、岩魚も珍魚のひとつだ」
「その貴重な珍魚を食べて精をつけるか」
 藤原教授も岩魚にかぶりつく。
「それにしても、さっきのセクシャリテーなんだが。ことばとしては判るが。その実質が
よくわからないな。具体的にコメントしてくれないか」
 花園弁護士は自分のグラスにビールをそそぎながら呟(つぶや)く。
「そのセクシャリテーということばは、すでに日本語になってるとも云えるが。その実質は
判ったようでわからない、というのが大方の言い分でしょう。この性概念はその人の人格
そのものないしは心理構造にもかかわってくる複雑な問題だから、あとで整理してコメント
するよ。とりあえず、ここでは『性的指向』と云っておくことにしましょう」
「ほう。性的指向か。そう言い替えてもやはりもやもやしてるんだな」
「まあね。ニュアンスのある概念だからね」
「いずれにせよ、性哲学は奥が深いということだけは理解することができた。それ
で例の『前立腺マッサージ』の性感が電気ショックをうけたような絶妙なもんだと
すれば、その性感に溺れて、来る日も来る日も、その絶妙な性感をエンジョイ
するメンシェン(人間)もでてくるとおもわれるが。その性感を濫用(らんよう)しても
別に性生活上に弊害(へいがい)は起こらないもんでしょうか」
「いいところに気づいたな。その指摘については、考え方がわかれるんだ。
あんまり前立腺を刺激しすぎると、前立腺が肥大してくるという考え方もある」
「なるほど。そうするとその考え方は、前立腺肥大の要因はなにか、という命題に
関する『刺激説』というわけか」
「まあね。前立腺肥大の要因はまだその真相が解明されていないといったほうが
たしかかもしれない。実はね。前立腺肥大症が増加してきたのは、日本経済が
高度成長期にはいってからの現象なんだ。これに対し終戦直後から昭和30年
代ころまでは、逆に前立腺が縮小するという症例がおおかったという指摘もなさ
れているくらいなんだ。だからなぜ前立腺は肥大するのかは、未解決なんだな」
「そうなんかね。それにしても、貧困の時期には縮小していた前立腺が高度の
成長期にはいると、なぜ肥大するようになったんですか。わからん」
「その点についても曖昧模糊(あいまいもこ)というしかないんだが。ひとつの発想
は、要するに経済の高度成長にともない市民の生活が豊かになった。日本人の
食生活も欧米なみに洋風化してきた。いわば食生活もアメリカナイズされてきた
せいではないかとみられている」
「ほう。その発想にタイトルをつければ『生活習慣説』ということになるかな」
「さすが、ローヤーだけに学説の見分け方が秀れているね」
「おだてたところで、なにもでないよ」
「なにも期待はしていないから」
「そうするとオレの場合、『前立腺マッサージ』とか『前立腺オナニー』など一度も
やったことがないのになんでまた前立腺が肥大したんかな。わからん。ただ、
ひとつだけ生活習慣が要因といえなくもない」
「おそらく君の場合はそんなところでしょう。ただ加齢も要因のひとつとして考え
られなくもない」
「そうだね。そろそろ熟年者の仲間入りをする年齢になったからな。でもさあ。
加齢がどうして前立腺肥大に結びつくんですか。よくわからない」
「それはね。現実的に泌尿器科のクランケの場合、前立腺肥大症の患者が
70%以上を占めているからだ。もっとも40歳代のクランケもいるらしいが」
「なるほど。そういうことか」
「そろそろメシにしないか。飲んでばかりいて生活習慣病になると困るから」
 花園弁護士は苦笑しながらテーブルのうえの鍋下のガスレンジに点火する。
「メシのおかずはスキ焼なんだ。地鶏に地兎、それに葱、人参、サトイモなど
のほかに焼き豆腐など、いずれも魚沼地方の産物ばかりなんだ。それにメシは、
正真正銘(しょうしんしょうめい)の魚沼産コシヒカリだからね」
「ほう。日本一の銀メシか」
 藤原教授は自分のグラスにビールをそそぐ。
 花園は鍋にスキ焼の具をいれ、調味料を垂らしこみスキ焼を仕立てはじめる。

〇 清津峡温泉郷
  絶壁に沿って信濃川の上流にあたる清津川の急流が流れくだる。
〇 ホテル緑風館の全景
   そそりたつ絶壁にしがみつくように緑風館がグレーの夜の靄(もや)に
   つつまれている。
〇 清津峡谷の夜景
   そそりたつ堅い岸壁。
   岩に衝突して砕け散る急流。
〇 峡谷の上空
   狭い峡谷の上空に淡(あわ)い三日月が浮かんでいる。
〇 清津峡温泉郷の全景
   夕闇のなかに秘湯の里・清津峡温泉郷が佇(たたず)んでいる。
     


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