第25回 佐保子の哀願
○ 花園家の応接室 かなり広いスペースの応接室の奥は乳白色の絹を張った衝立で仕切られ、書斎 になっている。 応接室の表ドアを開けると豪華な応接セットが配置されている。 ソフアーを背にした壁側にはスタンドピアノがおかれている。 黒いピアノの蓋が開けられ、譜面台にはソナチネの楽譜が開かれている。 佐保子がトレーニンをしたあと、蓋を締め忘れたものらしい。
奥のドアが開いて、ピンクのカーデガンを纏(まと)った佐保子が入ってくる。 佐保子は絹張りの衝立の脇を抜け、でんとした花園弁護士のデスクに向かった。 デスクのうえには一冊の書籍がおかれている。 そのブルーの表紙には「性行動の科学的研究」という金文字が刻み込まれていた。
「あたしこの間、藤原先生の著書をこっそりと読んでみたんだが、今日はセックス本番 の男女という異性間のセックスに続いて、ダブル型性行為のうち、ちょっと違和感がす るけど、[同性間の性行為]についての節を読んでみよう」 佐保子は栞(しおり)を抜いて著書のページを捲った。
# 藤原教授の著書 #
第4節 同性間の性行為
1 同性愛に関する基本概念 (1) 同性愛 ここに「同性愛」とは、男性同士または女性同士の間における親愛とか、性愛、 その「性的指向」を含む、より広い「ライフスタイル」をいう。 (2) セクシャリティ(性的指向) A ホモセクシャル このような「性的指向」ないし「ライフスタイル」を有していることを「ホモ セクシャル(homosexual)」と称する。 これがマイノリティとしての性的指向である。 B ヘテロセクシャル これに対し「異性を愛する」性的指向を「ヘテロセクシャル(heterosexual)」 と称する。 これがマジョリティとしての性的指向である。 C バイセクシャル さらには「異性を愛する」とともに「同性をも愛する」というセクシャリティ も存在する。 これを「両性愛(bisexual)」と称する。 D アセクシャル このほか「性的対象をもたない」というセクシャリティも存在する。 これを「無性愛(アセクシャル(asexual)」という。 尤も、これを「エイセクシャル」と呼ぶ例もある。 (3) 同性愛者 この同性愛には「男性同士の場合」と「女性同士の場合」が考えられる。 A 狭義のゲイ 男性同士の性愛者を「ゲイ(Gay)」と称する。 これは後述の「レズビアン」と区別される狭義におけるカテゴリーである。 この「Gay」は英語の「gay」に由来する。 英語のgayは「陽気な」とか「派手な」とかいう形容詞である。 このほか、広義においては「同性愛者のすべて」を含めてGayと呼ぶこと もある。 B レズビアン これに対し女性同士の性愛者を「レズビアン(Lesbian)」と称する。 (4) 同性愛者の定義 本著では、同性愛者を右のように理解したが、実は、この同性愛者をどの ように定義づけるかは難しい。 この点、以下のような考え方があるからである。 A 生来説 同性愛者とは、同性愛感情の素因を有する人と解する。 これは、その人の生育環境が同性愛感情を育む要因を有しており、もしも 良い出逢いに恵まれたならば、異性愛感情を抱いた可能性を有する人と考え るのである。この場合は同性愛感情の素因を有する人を同性愛者とする。 B 経験説 この説は、同性愛感情を有する人、または同性愛感情を有していた経験者 を同性愛者とする。 C 性行為説 この説は同性間の性行為の経験を有する人を同性愛者とする。 D 性欲説 この説は、同性に対して性欲を感じる人を同性愛者とする。 2 男性同士間の性行為 (1) 前戯以前の愛撫 この性行動については、基本的に男女間における愛撫行動とおなじことになる。 ただこの場合、双方とも「真正ヴァギナ」を有しないことからくる具体的行動の 差異は生ずる。 (2) 前戯的性行動 これについても基本的には男女間における「前戯行為」と差異はない。 ただパートナーは男性であるから「真正ヴァギナ」の刺激はありえない。 (3) 本番の性行為 これについても「男女間の性行為」に準じて工夫すればよい。 A 正常位 この体位をとるときは、一方は仰向けになり、開脚しないで両脚を伸ばし、 股間を僅かに広げる。その上に他方が覆いかぶさる。 もとより「真正ヴァギナ」は存在しないからペニスの挿入は、受け身に なった男性の「股間」ということになる。 このときペニスだけでなく、股にも潤滑剤を塗布すれば滑らかな感触によ るピストン運動ができる。滑らかすぎてペニスが「股間」から脱去すること もありうるが、これを避けるために腰の使い方によるピストン運動をデリケー トに調整する工夫をすればよい。 このようにして最初の性行為が一回転したならば、今度は選手交替で双方が 入れ替わり正常位の体勢をとって次の性行為に転向することになる。 B 後背位 一方の男性は膝と肘をついて四つん這いになり、お尻を突出した体勢になる。 これに対し他方の男性はその背後で膝を立て「股間」にペニスを挿入する。 尤もペニスの挿入の対象「股間」ではなく、「肛門」に挿入することもある。 この場合は「アナル・セックス」となり、「肛門」が「膣」の代用となる。 ただ「肛門直腸の内壁」は傷つきやすく、大腸菌やHIVなどの感染症の危険が ある。そこで「肛門」を清潔にしておくなどの配慮が大切となる。 C 騎乗位 一方の男性は、仰向けになり両脚を伸ばし、「股間」を僅かに広げた体勢に なる。その上に、他方の男性が騎乗する。騎乗した男性は膝で上半身を支え、 傾斜した姿勢でパートナーの「股間」にペニスを挿入する。 D このほか「側位」などの体位もありうる。 3 女性同士間の性行為 (1) 前戯以前の愛撫 この点は、男性同士の場合とおなじく、基本的には「男女間における愛撫行為」 の場合と共通している。 ただこの場合は、双方とも肉体的にはペニスを有しないから、ペニスを対象と した愛撫行為は考えられない。 (2) 前戯的性行動 この点についても「男女間における性行為の場合」と基本的にはおなじである。 しかし双方ともペニスを有しないから、ペニスを対象とした愛撫行為は考える ことができない。ただアダルトグッツなどを愛撫して性的興奮をアップすること は考えることができよう。 (3) 本番の性行為 A 正常位 この場合、一方の女性は仰向けになり、開脚する。その上に他方の女性が覆 いかぶさる。双方の「真正ヴァギナ」に潤滑剤を塗布し膣周辺を滑らかにして おく。双方の「真正ヴァギナ」を擦りあわれ、腰を使って双方のクリトリスを 擦り合わせながら回転運動をしてゆく。 アダルトグッツのペニスをパートナーの「真正アギナ」に挿入し、覆いかぶ さったまま片手で相手の「真正ヴァギナ」にヴァイブレーションをかけてゆく のもひとつの効果的なテクニックともいえよう。 B 後背位 この場合、一方の女性は膝と肘をついて四つん這いになり、お尻を突き上げ る。これに対し他方の女性はその背後に膝をつき、お尻に自分のヴァギナを擦り 付け、回転運動をはじめる。自分のヴァギナにもパートナーのお尻にも潤滑剤を 塗布しておくことを推奨する。 背後にへばりついた女性は、回転運動をしながら、自分の両手を四つん這いに なった相手の乳房に触れたり、クリトリスにも触れてソフトに刺激してゆく。 このようなテクニックを効果的に駆使すれば、双方とも同時にオルガスムスに 昇りつめることができよう。 C 騎乗位 女性の一方は仰向けになり、両脚を開脚する。その上に他方の女性は上半身を 立てたままの姿勢で馬乗りになる。受け身になった女性は、自分のヴァギナの脇 に「模型ペニス」を立てて両手でそれを保持する。 馬乗りした女性はその「模型ペニス」を自分のヴァギナに挿入し上下にピスト ン運動をしてゆく。この場合、「模型ペニス」ではなくバイブレーションを活用 してもよい。 この姿勢でいわば「疑似性交」が完了したら、今度は選手交替で入れ替わり、 おなじパターンで性的快感を満喫しあう。 D 変型正常位 一方の女性は仰向けになり、両脚を開脚する。他方の女性はその片方の股に 跨り、自分のヴァギナを擦りつける。股にヴァギナを擦りつけたまま、腰を使っ てピストン運動や回転運動をしてゆく。下になった女性は上になった女性の乳房 を刺激してゆけば、性的快感がいっそうアップされる。 この性行為が完了したら、選手交替で入れ替わる。 E クンニ型 一方の女性は仰向けになり、両足を広く開脚する。他方の女性はその股間に頭 を埋め、フェラチオまたはクンニの要領で舌や唇を用い、開脚した女性の性器、 とりわけクリトリスを愛撫してゆく。オーガズムに昇りつめるまで愛撫してゆく。 オーガズムが鎮まったたら、選手交替で上下を入れ替える。 F 食指挿入型 一方の女性は仰向けになり、両脚を開脚する。他方の女性はそれに覆いかぶさ り、膝と左手で自分の体重を支える。 右手の食指を相手の「真正ヴァギナ」に挿入し食指をペニスのようにして刺激 してゆく。 それとともに唇で相手の乳房を刺激してゆく。乳房の刺激と食指による刺激を 巧みに連動することを推奨する。 こうしてオーガズムに達したら、それが鎮まってから選手交替で上下が入れ替 わり、おなじようなパターンで他方の女性をオーガズムのクライマックスに昇天 させる。 すでに本番の前の愛撫により双方のヴァギナは愛液で濡れているはずだが、よ りいっそう潤滑にするために潤滑剤を「真正ヴァギナ」や食指に塗布しておくほ うがよい。 G 相互食指挿入型 一方の女性は仰向けになり、両脚を開脚する。他方の女性は潤滑剤のローション をパートナーの「真正ヴァギナ」に塗布する。相手の食指にもローションを塗って あげる。覆いかぶさるはずの女性は自分の「真正ヴァギナ」にもローションを塗布 し、右手の食指にもローションを塗布する。そして膝と左手で体重を支え、右手の 食指を相手の「真正ヴァギナ」に挿入し、食指をペニスのようにして刺激してゆ く。 これに対応して、下になった女性は、上になった女性の「真正ヴァギナ」に食指を 挿入し、ペニスのようにして刺激してゆく。 このテクニックで愛撫を続ければ双方とも同時にオーガズムに到達することがで きる。 (4) 後戯 いずれの体位で本番が終わったときでも、その後における愛撫として「後戯」と しての愛撫をすべきことは、男女間の性行動と変わらない。
○ 花園家の応接室 かなり広いスペースの応接室の奥は乳白色の絹を張った衝立で仕切られ、書斎 になっている。 応接室の表ドアを開けると豪華な応接セットが配置されている。 ソフアーを背にした壁側にはスタンドピアノがおかれている。 衝立の奥のデスクに向かって佐保子が藤原教授の著書を読んでいる。 佐保子は栞を挟んで著書を閉じる。 うっと背伸びをした佐保子は衝立の脇を通り抜けソファーに凭れ、天井をみあげる。 〇 佐保子の独白 あたしこの節のようなことは、あまり思ったことがなかったわ。でもその生身の人間 のセクシャリティとしては、こういう世界も存在しているんだわ。その当事者の気持ちだ けは、あたしにも判るような気がする。 果たしてうちの先生はどうなのかしら。外における先生の性的アクションについては なにも判らない。ただ、夜の行動についてはごく普通の配偶者間のセックスアクション だとおもう。 「あたし好きな女性ができちゃったの」 なあんて言ってうちの先生をからかってみようかしら。 「ねえ。アレやって頂戴!」 なあんてエッチなポーズで哀願してみようかしら。 佐保子はけらけら笑いこける。
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