第22回 前戯的な愛撫
〇 花園家の日本間 20畳ほどの部屋に青畳が敷かれ、床の間の近くに炬燵がおかれている。 部屋の中央には牡丹の花模様をあしらった来客用の布団が敷かれている。 花園弁護士と藤原教授が炬燵を囲んで対座している。 藤原教授は吸い残りの煙草を灰皿に揉み消した。 「キスに伴う弊害を防ぐためには、口腔の手入れだけには神経質になって、 少なくとも就寝前とか性行動にはいる前には、きちんとすることが自分の 愛するパートナーに対するエチケットですな」 藤原は花園と視線をあわせる。 「そりゃ。そうでしょう。それでは、前戯的性行動の基本的なマナーについて コメントねがいましょうか」 「そのマナーとしては心理的な側面と行動的な側面が考えられます」 「主観的な心的活動が客観的な現実の行動として具体化されるんですからな」 「この視点が人間の行動を研究対象とする心理学の基本です」 「それでまず心的マナーとしては」 「ええ。最愛のパートナーとの愛撫行動にはいる前には、まずメンタルな側面 において相互に意思の疎通をはかることが重要です」 「なるほど。わかります。そのためには」 「そのためには、脱衣をしながら、あるいはベッドにはいりながら、さらには ベッドにはいってから、なにげなく多少エッチなセリフを交えながら語り合う ことが大切です」 「なるほど。わかります」 「語り合うことによって、これからのふたりだけの時間は、互いに手を取り合っ て[幸せの花園を浮遊しよう]という意思の疎通状態が形成されてゆくはずです」 「なるほど。このような心理的なマナーこそ性行動のスタートラインなんですな」 「まあね。次に行動的な側面ですが。もとより前戯的な性行動における愛撫は[適 切な力の入れ方]によってなされなけばなりません」 「ほう。なるほど。わかります」 「これを[前戯的愛撫力]といいます」 「その愛撫力の具体例としてはどんなものがありますか」 「まずペニスの亀頭部を愛撫する場合ですが。乾いたままの状態で扱(しご)いたり 摩擦したりしてはなりません。ペニスが勃起してきて性感が高まると亀頭部の天辺 の尿道口から自然に[カウバー腺]が分泌されてきます」 「ああ。あの透明なぬるぬるした分泌液ですか。それはわしも体験しています」 「そこでパートナーは、中指のハラでこの透明なぬるぬるした分泌液を亀頭部に広 げるように延ばしてゆきます。すると亀頭部は分泌液で潤い滑らかになります」 「わしもそれをやってます」 「それをしないで分泌液をそのまま放置しておくと、分泌液は滴になって床に垂れ 落ちてしまいます」 「わしも、そういう経験があります」 「ですから、垂れ落ちないうちにその分泌液を有効に活用する工夫が必要です」 「たしかに。分泌液を無駄にしない工夫ですな。でもこのカウバー腺だけで不十分 のときはどんな工夫が考えられますか」 「それはたとえばセックス用のゼリーとかローションを潤滑剤として亀頭部に塗す ことになります。尤(もっと)も唾液によっても亀頭部は潤いますが、しばらく摩擦 してゆくと、あまり好ましくない香りが臭ってくるのが難点です」 「それはわしも経験してます」 「ローションを塗して摩擦してゆくうちに亀頭部が乾いてくることがあります。そ のときにはローションを追加するか、それをしなくても霧吹きをすれば、乾燥を遅ら せ亀頭部を滑らかにすることができます」 「その手法はわしも実行しています」 「いずれにしても、夜のベッドタイムにはコンドームとローション、それに可愛らし いスプレーとしての霧吹きは性愛行為の必需品として枕元に準備しておくことを推奨 (すいしょう)します」 「アレルギー体質の人でもローションを用いて大丈夫でしょうか」 「ええ。ただ念のためローションは遠慮なく専門店に相談して、そのケアによって、 自分の皮膚に適合したものをセレクトするのが安全でしょう」 「わかりました。ところでタマを愛撫するためのテクニックのようなもんは」 「ああ。ペニスの下に垂れ下がる睾丸の愛撫ですか。これは神経質になる必要があり ます。この部位はわずかな刺激にも敏感ですから」 「そうですな。それだけにこのタマを愛撫するときはソフトな気遣いが大切でしょう」 「おっしゃるとおり。この部位の愛撫は最も[前戯的愛撫力]が問われることになります。 ですから性愛のおおきさをパートナーに伝えようとしてきゅうっとタマを握り締めるな ど過度の圧迫をしてはならない」 「そりゃそうでしょう。握りしめられると男性は飛び上がってしまうし、過度の圧迫を されると、いいようのない不快を伴う鈍痛を与えてしまうでしょう」 「ですから指のハラでソフトに撫でまわすとか、そっと手の平にタマを載せて軽く持ち あげる程度の愛撫力が望ましい」 「舌で持ちげるのはどうですか」 花園はせせら笑いをする。 「舌による愛撫はソフトだからよいのですが。そもそも舌によよって睾丸を愛撫すること は、技術的にかなりむずかしい」 「そうでしょうな。それでは、女性に対する愛撫として女性器の[陰核]を愛撫するときの テクニックはどうですか」 「ええ。このクリトリスを愛撫するときは、手で愛撫するときは軽く触れるだけでよい でしょう。この部位を指で包皮から剥き出しにしてから、クリトリスの尖端に中指のハラ をあて円を描くようにソフトに触れてゆくとクリトリスは膨張してきます」 「なるほど。クリトリスも男性のペニスのように膨張するんだ」 「ただ圧迫が強すぎると女性はびっくりして不快感を与えてしまいます」 「うちの佐保子がわしにセガムように、クリトリスを舌で愛撫するのはどうですか」 「ええ。たしかに陰核の愛撫は、指よりも唇や舌で愛撫するのがよいでしょう。指で愛撫 するときには分泌されてきた[愛液]を指のハラで陰核全体に広げてゆくとか、あらかじめ ローションをクリトリスに塗しておき潤滑な状態にしてから愛撫するのが望ましい」 「なるほど。それではクリトリス以外の部位を愛撫する手法はどうですか」 花園は藤原教授と視線をあわせる。 「クリトリスのほかといいますと、小陰唇、大陰唇、膣前庭、膣口、尿道口などの愛撫と いうはなしになります」 「まあ。そうなりますな」 「それらの部位を愛撫するときの前戯的愛撫力はどうですか」 「まずこれらの部位は指で愛撫することができます。その部位が乾いた状態で愛撫するの は禁物です。愛液が分泌されてきたときは、それを指のハラで全体に延ばしひろげてゆき ます。愛液だけで不十分なときには、ローションを垂らし滑らかに広げてゆきます。これ らの部位を舌で愛撫すると唾液である程度は潤滑になります。そしてこれらの部位が潤っ てきてから指のハラでソフトに愛撫してゆきます。もっとも唇や舌で愛撫してゆくほうが 望ましいといえます。けど尿道口を舌で愛撫することては避けたほうがよい」 「それでは女性の乳房・乳首を愛撫する前戯的愛撫力はどうですか」 花園は語気を強めた。 「この部位は性感が鋭いので愛情が強すぎてぎゅうっと握り締めてはなりません。この点に ついては個人差があるので、強く握りしめることを歓迎する女性もいないとはいえません。 しかし一般的にはソフトな手触りが歓ばれます。そこで両手により爛漫と咲き誇る薔薇の花 や牡丹の花を包むような感じでソフトに愛撫してゆく。まず左の乳房を両手で包み込み頬ずり をします。そして乳首を舌で愛撫してゆく。左の乳首の愛撫が済んだら、こんどは右の乳首の 愛撫にうつります。やがて両方の乳首を左右から同時に愛撫してゆく。舌で愛撫するときは手 でソフトに乳房を包み、唇をつけたり、舌で舐めてゆきます」 「なるほど。わかります」 「乳首や乳房の性感はすべての部位が同一ではありません。個人差はありますが、乳房の左右 の部位と乳房の上部、下部、斜め下、斜め上では、それぞれ異なる性感を覚えることが実証さ れています」 「あっ、それね。佐保子の場合、乳房の斜め下の部位が質のよい性感だといってます」 「ほう。モニターによる実験例とおなじですね。君の愛撫力もたいしたもんだ」 「まあね。わしも夜のベッド・アクションには自信があるんだ」 「そりゃ頼もしい。ですから君とおなじように、日ごろのトレーニングによってパートナーと なる女性の[性感の分布と部位による差異]を詳細に感知しておくことが望ましい。そのうえで 彼女の性感度に対応して最もふさわしい部位を愛撫してゆく工夫が必要です」 「そういうわけだ」 「その愛撫も単調の手法ではなく、その強度とか、触り方にアクセントをもたせたり、触る部位 の選択を変えたりするテクニックを体得してゆかなければなりません。ときには乳首を軽く噛む [甘噛(あまがみ)]も変化のひとつとしてもちいるのもよいでしょう」 「なるほど。そうなんだ。セックスアクションも奥が深いんだ」 花園弁護士は腕を組んだ。 「それでは、実験例をひとつ紹介しておきましょう。仰向けになった女性の上に膝をついて覆い かぶさり、セックスの本番における[正常位]の姿勢になり、両手を左右の乳房にあてがって左右 に垂れる乳房を軽く揉みながら下から上に向けやや強く押し上げるパターンを繰り返すと女性が ううんと唸(うね)りだすほど強い性感を与えることがモニターによる実験例により実証されて います。佐保子さんにもやってあげてみてください」 「わかりました。早速実験してみましょう」 「ローヤーの性行動も一歩前進!!」 「ところで乳房のない男性にも愛撫の手法は考えられますか」 「ええ。男性には乳房はなくても乳首は残されています。男性の乳首もすべての部位が同一の 性感を有しているわけではありません。個人差はありますが、乳首の左右の脇、乳首の上部、 下部、そして乳首の斜め下、斜め上、乳首の真正面など乳首の部位ごとに性感が異なるのが 通例です」 「なるほど。個人差はありますか」 花園はカーデガンの裏に手を突っ込み自分の胸を確かめる。 「なるほど。それで実験例はありますか」 「いまから具体的にコメントしてゆきます。まず左右の乳首の両脇は性感が鋭い。両腕の手首の 柔らかい部位を乳首の両脇にあて擦りあげながら腰を使ってピストン運動をすると膣にペニスを 挿入したとき以上の性感がえられます。ピストン運動に対応させて両方の乳首の左右の脇を手首 で前後に擦ればさらに強い性感がえられることがモニターの実験により実証されています」 「ほう。まるでセックス本番なみだね」 「そして乳首の上部はさらに性感が鋭い。両方の乳首の上部に両手首をあて[八の字型]に擦りな がらピストン運動をすれば[ペニスを膣に深く挿入したとき]の性感がえられることも実証されて います」 「なるほど。そうなんだ。凄い!!」 「乳首の左右の斜め下に両方の手首をあて[逆の八の字型]に擦りあげながらピストン運動ををすれ ば、ソフトな性感が湧いてきて[ペニスに膣を浅く挿入したとき]のソフトな性感がえられるます。 これも実証されています。さらに乳首の左右の斜め上の部位についても、斜め下とおなじソフトな 性感がえられることがモニターにとる実験例によって実証されています」 「そこまで実験例があるんですか」 「なんといっても乳首のうちで最も性感が鋭敏な部位は[乳首の真正面]なんです。実験例をそのまま 赤裸々(せきらら)に述べておきましょう。まずペニスを勃起させ膣に挿入するときのように腰を据え、 わたしの提唱する[エアバギナ]にぐいとペニスを挿入します。もしペニスの勃起が緩みかけていると きは、ひとまず両方の手首を乳首の両脇にあてがい、その部位をピストン運動に対応させて前後に擦 るとペニスは堅く勃起してきます。こうしてペニスが勃起して硬くなったら、手首を両方の乳首の 真正面に直角にあて、円を描くように擦りながらピストン運動をつづけます。しだいにピストン運動 の速度を加速してゆ きましょう。すると乳首に鋭い性感が感じられ、性感は急速にアップし、ピストン運動の加速ととも に性感はクライマックスに接近してゆき、あたかも射精寸前のような性感が湧いてきます。この場合 におけるテクニックは、そのままマスターベーションの手法としても活用できます」 「ほう。際(きわ)どいはなしになってきましたな」 「このように男性の乳首は、乳首の両脇、その上部、その下部、その斜め下、その斜め上、その真正面 と、部位が異なるごとに性感もデリケートに異なることがモニターによる実験例により実証されました」 「なるほど。よくわかりました。素晴らしい研究ですな」 「まあな。全身の皮膚を愛撫するテクニックとしては、性感帯を中心にしながら、全身の皮膚をソフト に愛撫してゆきます。これは触覚を活用した前戯的愛撫といいましょう。このほかにも耳朶、耳穴とか 瞼(まぶた)を愛撫するには、主として舌でソフトに愛撫してゆけばよいでしょう」 藤原教授はシガレットケースから煙草を抜き取る。 「わかりました。ええと前にもちょっとでてきたようですが。ペニスを勃起させるコツを簡潔にコメント してくれませんか」 「ああ。そのためには視覚とか触覚を活用するのがよい」 「男性に特有の感覚を有効に活用すると」 「ええ。まず視覚を活用する手法としては、アイドルのヌード写真を見るとか、恋人の写真を見るとか、 性的な表現をした動画を見るのがよい。これらをじっと見つめているうちに性的快感を覚え、ペニスが しだいに勃起してきます。これはモニターにより実証されています。そして触覚を活用するためには 性感帯とされる部位の皮膚に刺激を与えることです。この手法は先に述べた乳首の愛撫もその一例に なります。腰を据えてセックスにはいるときの姿勢になり、両方の手首の内側の柔らかい部位を脇腹に あてソフトに脇腹から乳首にかけて50回程度擦すりあげながらピストン運動をしてゆきます。すると 性感がアップしてペニスが勃起してきます」 「わかります。それでは急速にペニスを勃起させうには」 「そのためには触覚を活用します。まず[立ち位]でセックスをするときのように腰を据え、両方の手首の 内側の柔らかい部位を左右の乳首の斜め下に強く押し付けたまま擦りあげます。それにあわせてペニスを 突き出すピストン運動をすれば20回程度でペニスがおおきく膨張してきます。この手法だといつもより 太く硬くペニスが勃起することも実証されています」 藤原教授はライターでタバコに点火した。
〇 花園家の庭 夜の帳(とばり)がおろされ鎮まりかえっている。
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