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作品名:自分が男でなくなる瞬間 作者:藤田

第2回   緊急の措置で排尿
             【緊急の措置で排尿】


 わたしは堅いベッドのうえに仰向けになり、はち切れそうな膀胱に
冷たくなった両手をあて激しい尿意をじいっと堪(こら)える。
 それまで鳴りつづけていたサイレンがぴたりとやんだ。救急車の
スピードが急におちた。
「到着しましたよ」
 ヘルメットを被った隊員がオレを覗(のぞ)き込んだ。
「はい。ありがとうございます」
 わたしは隊員に感謝の眼差しをおくりつつ起きあがりかけた。
「ああ、そのまま、そのまま」
 もうひとりの隊員がベッドに担架を擦りつける。
「よいしょ」
 ふたりの隊員は呼吸をあわせてオレを担架に載せた。
 そのままオレは病院の時間外緊急入り口から緊急治療室へ
はこばれた。
 担架は数人の白衣のグループにバトンタッチされ、オレは堅い
診療用ベッドに移された。
「どうしましたか」
 面長の若いドクターがオレを覗き込んだ。
「はい。昨夜から尿が一滴もでていません」
「ほう。尿閉ですか」
「一刻も速く排尿してください」
 わたしは白衣に哀願(あいがん)した。
「失礼してズボンやパンツをおろさせていただきます」
「はい。おねがいします」
 わたしが腰をうかすと、ベテランのナースが手馴れた手つきで
ズボンとパンツをずりさげ、オレの下半身を丸出しにした。
 もうひとりのナースが両股の間に便器をあてがった。
「ちょっと痛みますからね」
 ドクターがオレのペニスの尖端に触れたらしい。目を瞑(つぶ)って
いたので、ドクターがなにをしたのかわからなかった。ただペニスの
亀頭部に一瞬、痛覚がはしり、尿道に異物を挿入したらしい。
 尿道に鈍痛がはしりぬけた。はじめての体験だった。
 
 これはあとで判明したことだが、友人の心理学者で人間の性行動を
研究している藤原君のコメントによれば、このときペニスの亀頭部の
尿道口から排尿用のカテーテルを挿入し膀胱に連結したものという。
 
 下腹部がなんとなくざわめいた感じとともに、激しかった尿意が
いつの間にかすうっと消え去り、下腹部は至極ラクになった。
 一気に膀胱からカテーテルをとおして尿が排出され便器に流れ
込んだらしい。下腹部の緊張は急に弛緩(しかん)しラクになった。
 ベテランのナースがオレの臍(へそ)のしたに手をあて、膀胱から
残尿を搾りだしてくれた。
「ご気分はいかがですか」
 オレの下腹部から手を離したナースがにたりと覗き込んだ。
「おかげさまでラクになりました」
 わたしは、くっきりした眼差しのナースと視線をあわせた。
「かなりたくさん排尿されました。よかったですね」
「ありがとうございます」
「念のためエコーをとらせていただきます」
 白衣の若いドクターが覗き込んだ。
「はい。おねがいします」
 ドクターはオレの臍のしたからペニスの根っこまできめ細かく
センサーをあててゆく。オレの膀胱や前立腺の周辺が隈(くま)なく
医療用テレビの画像に映しだされているにちがいない。
「お疲れさまでした。これでおしまいです」
「ありがとうございました」
「おズボン揚げますから」
 ナースはオレの下腹部に手をかけた。
「すみません」
「お靴を履いてこの椅子でおまちください」
「はい。わかりました」
 わたしはベッドから降り靴を履いた。
 3人のドクターはデスクを囲み、ひそひそはなしあっている。
どうやら緊急診療の所見をまとめる調整をしているらしい。
 腕時計をみると7時40分をまわっていた。
 5分ほどして若いドクターが書類のはいったケースを持ってきた。
「この診察券と受診票を持って、外来にでていただき、泌尿器科の
専門医の診察を受けてください。診察は9時からです」
「ありがとうございます」
 わたしは受診票のはいったケースを受け取り頭をさげた。
 スタッフに会釈しながら、オレは緊急診療コーナーから外来の
待合コーナーへと向かった。

 わたしは泌尿器科の外来で受診することになった。
 緊急診療室から廊下にでて、一般の外来診察コーナーに移動した。
 
 白い壁に掛けられた黒い縁取りをした壁時計の長針がぴくりとうごき
午前9時になった。
「松村さん。1番の診察室へおはいりください」
 マイクからドクターの声がながれた。外来の診察がはじまったらしい。
 どうやら診察予約のないクランケはあとまわしになるらしい。
 
 まもなくチリチリとした尿意に襲われた。
 慌(あわ)てて待合室から廊下にでて奥のトイレに向かった。
 白い便器のまえに起ち放尿の姿勢になった。だが、尿は一滴も滴らない。
ふたたび尿閉の状態になってしまった。
 急ぎ足で待合コーナーに引き返した。
 もうどうにも我慢できなくなった。
「看護師さん。もう我慢できません」
 わたしはすくっと起ちあがり、通りかかったナースを呼び止めた。
「はい。すぐ診察しますから。いらしてください」
 若い童顔のナースは先に起った。わたしはナースのあとにしたがった。
 廊下の奥の1番の視察室に案内された。
「ベッドにおあがりください」
 ナースに指示され、オレは靴を脱ぎ堅い診察用ベッドにあがった。
「また、でなくなりましたか」
 エネルギッシュな風格のドクターが覗(のぞ)き込んだ。
「排尿して2時間経ちましたが1滴もでません」
「そうですか。パイプを嵌(は)めっぱなしにするしかないかな」
「ズボンとパンツをさげますから」
 瓜実顔のナースがオレの下半身をまるだしにした。
 別の看護師が両股の間に便器をあてがった。
「ちょっと我慢してください」
 ペニスの亀頭部に違和感がはしった。尿道に鈍痛が湧いた。
この痛覚は2度めの体験だ。
 ドクターがオレの尿道にカテーテルを挿入したらしい。
 下腹部がざわめいた感じがして激しい尿意がすうっと消失して
ゆき、ラクになった。
「しばらくパイプは嵌めっぱなしになりますから」
 ドクターはにたりとしてカテーテルの尖端をもちあげてみせた。
ペニスの亀頭部に違和感がはしった。
 忌々(いまいま)しいおもいが全身をとおりぬけた。だがどうにも
ならあい。ドクターやナースのなすがままになるしか逃げ道はない。
「もう、すみましたから。起きあがって結構です」
 ナースに指示され、オレは起きあがり、靴を履き、ドクターの
左脇の丸椅子に掛けた。
「ええと、2週間後に尿道造影をします」
 ドクターは、パソコンにデータを入力した。
「それでは、次回は9月1日午後2時に放射線科にいらしてください。
造影がおわったあとでこちらに来てください」
 ドクターは受診票と診察券、予約票をさしだした。
「どうもありがとうございました」
 わたしは起ちあがり、ドクターに頭をさげて診察室から廊下にでた。

 帰宅してすぐトイレにはいった。
 白い便器のまえに起ち、放尿のポーズになった。ペニスの亀頭部
の尖端で外尿道口はゴム製の茶色いパイプを銜(くわ)えている。
15センチほどのパイプの尖端にはプラスチックのキャップが嵌められ
ている。そのキャップを抜けば尿が排出される仕組みになっている。
オレは左手でパイプを支え、右指でキャップを抜いた。
 すると、よく澄んだ綺麗な尿が威勢よく放出された。
 異物を銜えさせられた亀頭部の尿道口に鈍痛がはしった。
 これが排尿痛というものかもしれない。尿道が異物を銜えさせられ、
カテーテルを一刻もはやく抜いてくれと反発してるのかもしれない。
 それでも、とにかく尿閉の恐怖は消え去っていた。
 地球人は、総理大臣でも、代議士でも最高裁長官でも、都道府県知事
でも、医師でも、僧侶でも、牧師でさえも、弁護士でも、だれもが口腔から
食物を摂取し、これを消化して栄養を吸収し、排泄物を下半身から流出させ
てゆく。これこそ地球人が生きてる証だ。
 オレは尿閉を肌身で体験して、ホモ族が生存してゆくプロセスにおける
排泄のメカニズムの重要性を痛感した。


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