第12回 　 百花爛漫のパラダイス

第１２回　　百花爛漫のパラダイス ○　花園弁護士の書斎 　　花園弁護士がデスクに向かい藤原教授の著書に読み耽(ふけ)っている。 　　花園は枝豆を摘まみながら藤原教授の著書「性行動の科学的研究」の頁を捲る。 「ここからは第２章になるんだ。この章のタイトルは[ヒトの肉体と性感帯]とされ ている。なぜ[人]ではなく[ヒト]の文字に置　置き換えたのか。著者たる藤原の意 図はよくわからない。現代人を原始人に置き換え、[ホモ族]としての人間の姿を描 きだそうとしているのかもしれない。おそらく現代人を全裸にして赤裸々に人間の 行動を解明してゆく意図があってのことだろう」　 　花園はビールをすすりながら頁の活字を追いはじめた。 　　　　　　　　　　　　　　　◆ 藤原教授の著書 ◆ 　　　　　　　　　　　　　第２章　「ヒト」の肉体と性感帯 　　　　　　　　　　　　　　　　第１節　性差による肉体構造の差異 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　-Penis と Vagina- １　ジェンダーとしての差異 　　「ヒト」は、もって生まれたときの男女の差異に対応して肉体の構造にも差異があ　 　る。その性行動に直接かかわる肉体の部分が[性器]であるから、この問題は性器の違い 　として具現される。 ２　性器の概念 　　ここに性器とは、動物のうち、有性生殖時に体内受精をする種において行われる交接 　(交尾)行動に関与する器官の総称をいう。 　　性器は一方の個体が生殖子(精子または卵子)を他方の個体の体内に送り届けるための 構造になって　いる。そこで[突起状の器官]をもつ個体と[袋状の器官]をもつ個体とが　 対応関係になる。 ３　「ヒト」の性器 　Ａ　男性の性器(外性器) 　　　日本人の場合、成人男子でペニスの勃起時では長さ１２〜１３ｃｍ、直径３〜５ｃｍ 程度の太さの円筒形状の肉茎が下腹部から突出している。その先端の尿道口からは尿の ほか精液もだされる。 　　このペニス（Penis）の先端部は、子供の当時は包皮で覆われているが、大人になるにつ れ包皮の開口部が自然に緩み、亀頭（先端の膨らんだ部分）の一部または全部が露出して くるのが通例である。 　　　この包皮が剥けないペニスを「包茎」という。 　　　これは性的に興奮すると充血して勃起し、その長さも太さも１・３〜２倍程度になり, 硬くなる。これを「勃起」という。 　　　尤も射精直後から一定の時間は「不応期」となる。これは性的刺激に対して反応しない 時期をいう。 　Ｂ　女性の性器（外性器） 　　　女性はその下腹部に１０ｃｍ程度の陰裂（割れ目）があり、その中に膣（Vagina） 　　がそなわっている。 　　　尿道口（urinara）もこの割れ目のなかにある。外側から順に、「大陰唇」・「小陰唇」 という配列で囲まれている。性器の割れ目の上部には「陰核（clitoris）」がある。 　　このクリトリスは、女性の「性感帯」の代表格ともいわれている。 　　この割れ目の上部より陰核、バルトリン腺、尿道口、スキーン腺、膣という順序で配列 されている。 　 結局、全部で７つの孔がある。 性的に興奮すると性器が充血し無色透明の潤滑液が膣より分泌され、この潤滑液はバルト リン腺などの「愛液」である。 　　　　　　　　　　　　　　　第２節　男性の外性器 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　−Penis− １　性器の類型 　　人間の性器は「外性器」と「内性器」に分類される。 　　ここに外性器とは、体部の外から目で見える部分の性器をいう。 　　これに対し内性器とは、体部の外からは目で見えない部分の性器をいう。 ２　外性器 　　外性器は男女という性の区別に対応してその構造も異なるが、男性の外性器としては「陰茎」 と「陰嚢」があげられる。 ３　陰茎(ペニス:Penis) 　Ａ　概念 　　　ここに陰茎とは、女性の体内で受精させるために男性の下腹部から突き出された円筒形状の 肉茎を形成し　ている生殖器官をいう。 　　　このペニスは男性の精子を女性の生殖器に直接送り込むための交接器官である。 　Ｂ　尿道口の機能　 陰茎の頭部にあたる亀頭の先端に位置する尿道口(urinara)からは、精液を噴出するだけでな く、尿を排出する排尿機能を兼備している。 　Ｃ　ペニスの組織 　　　ペニスの組織は海綿体で構成されており、性的に興奮してくると充血して勃起現象がみられ 　　肉茎は硬くなって女性の生殖器への挿入を容易にする補助機能を発揮する。 　Ｄ　勃起のメカニズム 　　　この海綿体は陰茎の上部に一対の静脈が網状にはしるスポンジ状の組織でペニスの根元から 　　亀頭部(カリ部)の付近まで伸びている。 　　　性的刺激により動脈から海綿体組織に血液が流れ込み、静脈で網状のスポンジ組織に血液が 　　貯蔵され、静脈が収縮する。こうして収縮した静脈により一時的に血液を堰き止めるので勃起 　　という現象が生起される。 　　　これによってセックスの準備が整うことになる。 　Ｅ　ペニスの大きさ 　　　ペニスの大きさには個人差がある。 　　　成人の場合、ペニスの勃起時には長さ１２〜１３ｃｍ、直径３〜５ｃｍ程度といわれる。 　　　ペニスが勃起したときの長さが４ｃｍ以上あればセックスに支障がないことが医学的に実証 　　されている。 　　　ペニスの大きさや形状は、男性の性的能力とは関係がない。 　Ｆ　尿道海綿体 　　　このような「陰茎海綿体」の下部には、これとは別の海綿体もある。 　　　このように「陰茎海綿体」の下部に位置する別の海綿体を「尿道海綿体」という。 　Ｇ　包茎 　　a 概念 　　　ペニスの先端にあたる「亀頭」は当初、包皮に包まれている。その後の成長にともない包皮の 　　先端が緩み、亀頭の一部または全部が露出するようになるのが通例である。 　　　この亀頭を包んでいる包皮が剥けないペニスを「包茎」という。 　　b 包茎の類型 　　　この包茎には次のようなタイプがある。 　　 ア　 仮性包茎 　　　　　勃起時には包皮が剥けるが、通常のときは亀頭部が包皮を被ってしまうタイプを「仮性包茎」 　　　　という。 　　 イ カントン包茎(包茎嵌頓) 　　　　　これは包皮に括れができて、包皮を剥くと痛みがはしるタイプである。 　　　　　包皮それ自体に締め付けを感じるタイプもある。 　　 ウ 真正包茎　　　　 　　　　　これは常時、包皮を剥くことができないタイプである。このようなタイプの包茎は、亀頭を洗う 　　　　ことができないので不潔になりやすい。このためときには「包皮炎」とか「亀頭炎」を発し、その 　　　　包皮が亀頭に癒着したり、排尿時や勃起時に障害をもたらし、セックスにも支障をもたらすことが 　　　　ある。 　　 エ 包茎手術 　　　　包茎はできるだけ早い機会に専門医のオペを受けるのがよい。オペの所要時間は２０分程度で通院 　　　の必要はない。 　Ｈ 露茎 　　 ペニスが勃起していない平常時でも包皮が剥けて亀頭が露出している陰茎を「露茎」という。 　　一定の年齢に達した通常人は、この状態になっている。 Ｉ 陰茎骨折(陰茎折症) 　　 勃起したペニスに無理な力をかけると海綿体を包んでいる丈夫な白膜が断裂し陰茎が曲がってしまう 　　ことがある。 　　 これを陰茎骨折という。 　 こうなると痛みだけでなく、腫れがあり、セックスにも支障をもたらし、排尿も困難になることがある。 そこでこの場合、ペニスの「勃起不全」を防ぐため専門医による緊急の回復オペをする必要がある。 ４　亀頭 　Ａ　概念 　　　この亀頭は「きとう」と読む。この亀頭はペニスの先端に位置する丸い亀の頭によく似ている部分を 　　いい、その上部に尿道口(urinara)が開いている。 　Ｂ　尿道口 　　　この尿道口は、排尿口として機能するほか「鈴口」とも呼ばれ、精液を噴出するし「カウバー腺液」 　　の出口にもなる。 　Ｃ　カリ部の訓練 　　　ペニスの先端の「亀頭」とその下部の「肉茎」との境界線には段差がある。 　　　こ段差がある部位を「カリ部」という。 　　　この「カリ部」の刺激に対する訓練が少ないと「早漏」の原因になるともいわれる。この早漏は刺激 　　が少ないのにもかかわらず短時間で精液が漏出してしまう現象をいう。 　　こためパートナーに性的快感の満足を与えられないという不都合を生じる。 　　　そこで射精を遅らせてパートナーに性的快感の満足を与えるため日頃からカリ部の刺激による訓練が 　　大切となる。 　　　カリ部ののトレーニング方法としては、性行動におけるカウバー腺などの「愛液」の補助用として使 　　用されるローションを亀頭部全体に塗してから右手の５本の指で亀　　頭を包むように真上から摘み、 　　指先がカリ部に触れる位置でカリ部を撫でまわすように軽く刺激することを推奨する。 　　　これはモニターによる実験により実証されている。 　　　尤も刺激が長すぎると、そのまま射精してしまうこともあるので、適度の刺激を工夫して欲しい。 　Ｄ　性感帯の代表 　　　このカリ部には亀頭部の性感帯が集中している。 　　　性感帯としての亀頭部全体の性感の８０％は「カリ部」に集中しているので「カリ部」は性感帯の 　　代表ともいわれる。この点は芳醇な性生活のために識っておくほうがよい。 　Ｅ　男性の名器 　　　それだけに「カリ部」は重要な部位となるが、その形状については個人差がある。 　　　この「カリ部」と「肉茎」との段差がおおきいほど男性の性器としては「名器」といわれる。 　　　パートナーに与える力が鋭くなるからである。 　Ｆ　亀頭の役割 　　　この亀頭はペニスが勃起しても「肉茎」ほど硬直しない。だからペニスを膣内に挿入してピストン 　　運動をつづけても、膣の内壁や子宮を傷つけるおそれを緩和する役割をはたしていることになる。 　　　この亀頭もペニスの勃起時には毛細血管により「張り」が増加し、射精時には膨らむ。 　　　こうして亀頭は男性の性的快感をえやすくする役割も担っている。膣に挿入したペニスのピストン 　　運動により膣内の凹凸や膣口での刺激を受け入れるからである。 　　　　　　cf 動物の場合、時間的には先に射精した先着の牡の精液を膣内から履きだす排出作用を営む。 　Ｇ　亀頭・包皮炎 　　　これは亀頭や包皮に小傷ができ、雑菌や真菌が感染して発症する病気である。発病すると亀頭や包皮に 　　発赤・爛れ・軽い痛みなどを感じるようになる。 　　　この場合には、抗生物質や真菌軟膏によって治療する。 ５　陰嚢 　Ａ　概念 　　　ここに陰嚢は「いんのう」と読む。 　　　この陰嚢は、「精巣」と「精巣上体」とを包んだ袋状の生殖器官をいう。つまり精巣と精巣上体との 　　上位概念である。 　Ｂ　機能 　　　この陰嚢は、精子の保護機能を備えている。 　　　そもそも「精巣」は、精子の製造工場なのである。そこで製造される精子は熱に弱い。その精子にとって 　　は体温よりも、やや低めの温度が適温とされる。精子に適した温度は摂氏３２度から３４度とされている。 　　　この適温を保つため、陰嚢の表面には、伸び縮みができるように細かい皺ができている。 　　　この皺はラジエーターのように温度調節器の役割を担っている。外気が寒いときにはその襞が縮んで精巣 　　をからだに引き寄せる。これに対し外気が暑いときには皺が伸びて精巣をからだから遠ざける。 　　この皺により、それだけ陰嚢の表面積も広がるので効率よく放熱することができる。 ６　ペニスの勃起 　Ａ　勃起の概念 　　　ペニスの内部は、２本の「陰茎海綿体」と「尿道海綿体」で構成されている。 　　　刺激により性的に興奮すると各種の神経系が複雑に絡み合い「陰茎動脈」に血液が流れ込み、スポンジ状 　　の海綿体には血液が充満する。そして陰茎静脈が収縮して充満した血液を堰き止める。 　　　するとペニスは太く長く膨張して硬くなり上向きに起ちあがる。この現象を「勃起」という。 　　　朝、起きたばかりのとき、ペニスが勃起していることがある。これを「朝立ち」と呼ぶ性用語もここから 　　くるらしい。 　Ｂ　勃起によるペニスの変化 　　　勃起のメカニズムについては前述したが、勃起によるペニスの変化については個人差がある。 　　　平常時に比べ、ペニスの太さも長さも１・５倍から２倍になるのが通例とされる。 　　　ペニスが勃起したときには、陰嚢や精巣も起ちあがる。 　　　その起ちあがりの状態は、自分で自己観察すればよくわかる。 　Ｃ　直接刺激以外の感覚による勃起 　　　ペニスを直接刺激しなくとも、視覚、聴覚、嗅覚、空想などによる刺激によってもペニスは勃起する。 　　　とくに視覚による効果がおおきいのが男性の性的興奮の特徴である。 　　　たとえば「早漏」を防ぐために「カリ部のトレーニング」をするときなどには、アイドルのヌード写真 　　などをもちいるのが効果的である。 ○　花園弁護士の書斎 　　花園弁護士がデスクに向かい藤原教授の著書に読み耽(ふけ)っている。 　　花園はデスクから離れ、その背後の絹張りの衝立(ついたて)から抜け出し、ソファーに身を鎮め天井を見あ 　げ腕を組んで考え込む。 　・・・・そもそも「性器」といえば、本来のセックスエリアに通じるはなしになる。そうだとすれば本著の この章を読めばからだのどこかにむず痒さを感じるかもしれない。しかしだからといってこの記述を猥褻的な 記述だと評価すべきではあるまい。藤原の表現は、最高裁の判例にいわゆる「いたずらに性欲を刺激または興奮 させる」類の記述とはみられないからだ。それにしてもこの程度の 　知識は、成人にとっては最低限度の性知識として必要であろう。 　わしもこの一節により啓蒙されるところがあった。 　　これまで女性の陰部には膣と尿道という孔があるとはおもっていたが、全部で７つも孔があるとは考えた ことがなかった。 　おそらく「・・・腺」という、いわゆる「愛液」の出口としての孔なのであろう。 　それに「亀頭部」と「肉茎」との境界線に段差があることは識っていたが、「男性の名器」など考えたことは なかった。あとで風呂にはいったときに自己観察してみょう。 　わしは古い農家の薄汚い便所で１２歳のとき、初めてオナニーをしたときから「カリ部」の快感は識っていた。 けど、「カリ部のトレーニング」なんてことはしなかった。 　わしはどちらかといえば性感の鋭敏なほうかもしれない。佐保子を「オーガズムの泉」に導くだけのテクニック には自信があった。 　ああ、ビールが効いてきたせいか、眠気がしてきた。 　ちょっと仮眠をとることにしよう。・・・・ 　　花園弁護士は、うっと背伸びをするとソファーに凭（もた）れこんだ。 　　すると、たちまちドリームの世界に溶け込んでいった。 ○　信濃川の上空 　　鳳（おおとり）のように翼をはやした花園が信濃川の上空を飛翔（ひしょう）してい　る。 　　花園は下流に向かって飛翔をつづける。 　　眼下には百花爛漫のパラダイスが展開される。 ○　河川敷の原っぱ 　　かなり広い河川敷の原っぱに色トリドリの花が咲き乱れている。 　　百花爛漫の原っぱに花園が舞い降りる。 「おっ、こりゃ、また、素敵な花のパラダイスだ」 　　叫んだ花園の目のまえでは翼を窄(すぼ)めた美貌（びぼう）のエンジェルが微笑んでいる。 　おもわず花園は、ぞくぞくしながらエンジェルにちかづいてゆく。 ○　花園家の応接室 「あなた、夕食ができました」 　佐保子の甲高(かんだか)い声で花園弁護士はドリームのパラダイスから呼び戻された。 「あっ、夢だったか。それでは飯にするか」 　　花園は起ちあがる。 　　壁時計の長針がぴくりとうごき午後７時になる。 ○　羽村堰の堤 　　葉桜がそよ風に揺れている。