〜序章〜
「何か、したいね。」
鏡子のその一言から、僕達の青春は終わりへと歩き始めた。
〜一章〜 新宿の駅からもそれほど遠くない、少し洒落たバーで、野口は会社の後輩であるSと酒を飲んでいた。時刻は午前3時半、すでに終電もない。街は夜の顔を隠し始め、朝を迎えるまでの時間の狭間の、不思議な静けさに包まれていた。 「付き合わせて悪かったな。」 野口がつぶやくように言うと、 「いえ、とんでもない。野口先輩とゆっくり話しができて、とても良かったですよ。」と、口では言いながらも、Sはやはり眠そうであった。 無理もない、一晩も飲んでいたんだしな。野口はそう思いながら、 「お勘定。」 とカウンターに声をかけた。 「付き合ってもらったお礼に、今日のタクシーは俺が持つわ。」 会計を待っている間、今にも眠りそうなSに声を掛けた。 「いえ、とんでもない。私は漫画喫茶とかで、朝まで待って、始発で帰るので大丈夫です。家の方向も逆ですし……」 今にも眠りそうなくせに、先輩には元気に話すんだな。 野口は感心したような、かわいそうな様な気持ちにもなったが、 「ほら行くぞ。」 と足元もおぼつかないSを引っ張って、駅前にタクシーを探すために向かった。
「ホントにありがとうございます。」 車中でSがあまりにもしつこく繰り返すので、 「もういいって。気にするなよ。俺が誘ったんだからさ。」 と明け方には似つかない、はっきりとした口調で告げた。 「そうだ、それじゃタクシー代だと思って、一つ昔話を聞いてもらおうか。Sが来週結婚するってのも、何かの縁かもしれないしな……」 ふと、ある記憶が浮かんできたのだ。それは、この明け方の空気のせいかもしれないし、Sの結婚のせいかもしれないが、それは誰にもわからなかった。しかし、まるで大事すぎるが故に、うまく扱えない宝物のように、長い間この記憶が彼を取り巻いてきたのだった。あまり話して喜ばれる類の話でも無いし、実際、今までに人に話したことは無かった。 「あれ?そういえば、野口先輩、まだご結婚されてないですよね?野口先輩なら相手には不自由しないと思いますけどねぇ。」 確かに、野口の会社は『合コンしたい企業ランキング』や『高給取りランキング』などに名前を連ねる会社であり、野口自身も、見た目や性格に問題がありそうにはみえなかったので、このSの質問は至極当然のものだった。 「まぁ、ちょっとした理由があってね。俺ももう32だから、あれは、そうだな……10年以上も昔の話になるのか。」 しかし、そう喋り始めた途端、明け方のタクシーの車内で、しかも酔っ払いを相手に話すような話題じゃないかな、という思いが沸いて来た。困った様に横を見ると、Sはいつのまにか寝てしまったようだ。 やれやれ、まぁ思い出しちまったし、こんなときじゃないと、もう全てを思い出すことも無いだろうな。野口は自分にそう語りかけるように、静かに語りだした……
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