噴水を通り越した向こうから、あわてた様子で真知子が小走りにやってきた。 京子は腕時計を見て、「5分しか遅れていないのに。」とつぶやいた。 真知子は息を切らせながら、「ごめんね。遅れて。」と頭を下げた。 二人はどちらが言うでもなく、繁華街のほうに向って歩き始めていた。 「ねぇ、今日の集まりっていったい誰が来るの?」と京子は屈託なく聞いた。 「私が聞いているのは、F組のメンバーが10人位、とその10人を中心に連絡の取れた人が同じくらいで20人って。誰が来るのかはあまり詳しく知らないわ。」真知子は答えた。 実は今日は簡単な同窓会が夜の7時から催されるのだ。せっかくのお休みの日に出かけるのだから、先に落ち合ってお茶でも飲もう、というのが真知子と京子の待ち合わせの理由だった。 年末も押し迫っているのに、それでなくても忘年会で胃腸の休まる暇がないというのに、なぜこんな時期に集まるのかよくわからなかったが、先日真知子と京子の在籍していたF組の担任が他界し、その告別式に出かけた数人が意気投合して集合をかけたらしかった。真知子はその中の一人、佐緒里から連絡を受け久し振りだからとでかけることにし、京子を誘ったのだった。 「何人かなんて、どうでもいいわよ。知ってる人は来るの?知らない人ばかりだったらつまらないじゃないの。」京子は相変わらず自分勝手な主張をしていた。 「だって、F組の人が10人なんだから、少なくてもその人たちは知ってるでしょう?あとの人だって同じ高校なんだから、知らないって仲でもないじゃない。つまらなくなんてないわよ。」いまさら参加メンバーについて文句を言われ、真知子はむっとして答えた。参加者しだいで来ないというのなら、最初からそういえばよいのだ。京子はいつもこんな調子だ。真知子にすっかり頼り切っている割には、真知子にだけ文句を言う。他の友人にこんな風に言っているのはあまり見たことがない。親友だからと思っているからなのだとわかってはいても、カチンと来ることが最近多いのは更年期が始まっているのかしら。と真知子は考えていた。 「だって、佐緒里だって真知子は誘っても私は誘わなかったんだし。他には特に仲のいい人もいないなんて、なんだかさみしいでしょ。真知子はいいわよ。高校時代から顔も広くて友人も多くて。」こうやって意味もなく絡んでくるのは京子のほうが更年期なのかしらなどと考えながら真知子は聞いた。 「ところで、どこでお茶する? ゆっくりできるところがいいよね。」「同窓会の会場のそばがいいんじゃない。移動時間気にしなくていいし。Hホテルのラウンジにしようよ。」 二人とも仕事を持っている身で、もちろん夫も収入があるのだから、経済的にはゆとりがあり、主婦のお茶にしては値段の張るホテルのラウンジに行くことも全く違和感なく話がまとまった。 「ねぇ、佐緒里って結局子供産まなかったのよね?」と京子が聞いてきた。 「産まなかったのか、産めなかったのか、そこら辺はわからないけど、相変わらず夫婦二人で仲良く暮らしてるようよ。まぁ、子供の話は佐緒里の前では禁句よね。私は子供なんていてもいなくても構わないと思うし、どちらも経験するわけにはいかないのだからいた方がいいかいない方がいいか比べることは絶対に不可能なんだもの。それでも、あなたたちは子供がいるからいいわよね。と言われちゃうと返す言葉もないしね。」 「そうねぇ。でも佐緒里はずっと子供欲しがってたみたいだったのに。いたらいたで厄介だったり大変だったり、苦労も多いわけだけど・・・そうだ、駿ちゃん受験どうするの?」 「うん。結局私立一本になったわ。大学の付属の高校なら高校生活が満喫できるだろうって主人も言うし。私も何度も受験はごめんだわ。駿は友達がたくさん行く地元の高校がよかったみたいだけど、将来のこと考えてって言ったら納得してたみたいよ。だから、今はラストスパートね。今日も朝から塾に行ったわ。私が帰る頃には帰ってきてるかな。ところで、そちらはどうなの。菜美ちゃんは?」 「あの子はなんだかぼんやりしてるから、私が勝手に母校の大学の併設校を選んできたのよ。母親が卒業生だといくらかメリットもあるみたいだしね。いいも悪いもないから 今はラストスパートどころか、もう決まっちゃったムードでのんびりしてるわ。同じ受験生とは思えないわね。」 京子も真知子も同じ年に子供を産んでいたので、いつも話題はその同い年の子供たちのことから始まる。どんなに自分たちが忙しいといってもその話題は木の幹のようなものだ。 二人は結婚した年も同じで、子供の年も同じ。お互いに仕事を持っているが、京子は外資系のコンサルタント会社に勤め、産休を取ったが仕事はやめることなく勤め続けている。真知子は出産とともにそれまで勤めていた機械メーカーを退職したが、子供が小学校に上がった時に、メーカーでの経理の経験を生かして、会計会社に契約社員として再就職した。仕事は会計会社のクライアントの会社に出向いて行って経理処理をするのだが、会社によっては現地での作業ができず自宅に持ち帰ることもある。現状では自宅作業と現地作業が半々くらいの割合だ。家庭を守りながらできるこの仕事が真知子はとても気に入っていた。 「最近新しくクライアントになった会社、ひどくてね。社長が個人的な出費をすべて経費処理しようとするから、もうめちゃくちゃなの。今まではこれでやってきた、の一点張りで。だけど、うちのクライアントになったら、税務署ににらまれるのはこっちになるわけじゃない? 軌道修正するためにカタブツの社長を相手にする方に時間とられて経理の仕事どころじゃないの。これってコンサルタント業だと思わない?」と真知子がこぼせば 「コンサルはね、どちらかというとそういう問題社長の相手をするよりは、何もなさげな会社から、問題をみつけて改善させてあげるところに力を注ぐわけ。問題が見えてないだけに、改善できれば大きな利益につながるし、私たちが存在する意義もあるのよ。でもそんなヘンクツ社長の相手しても、会社から利益が出るレベルは知れてるし、それで私たちにコンサル料払ってたら、何やってるかわかったもんじゃないわね。まぁそうはいっても、そんなレベルの仕事もいっぱいあって、うんざりなんだけどさ。」 と、おたがいの仕事を意識しあいながら、愚痴をこぼしあうのが楽しいのだ。こういう会話は真知子としかできない、と京子は思っている。もちろん職場の仲間とは話し合えるが、それには直接的に利害関係が生じるだけに話題には細心の注意を払う。真知子にはそれが必要ないのだ。ましてや、専業主婦の友達など、話の半分もした日には勝手に「すごいわねぇ。かっこいいわぁ。」と感嘆の声で話を打ち切られてしまうのが関の山だ。なにがかっこいいものか。と思うが、働いていない彼女たちにそういうと厭味に聞こえるという知識を仕入れてからは、黙ってやりすごすことに決めている。 「それにしてもうちの会社のボス、また社内の女の子にちょっかいだしててね。いくら外資だといってもモラルなさ過ぎだと思うのよね。「恋愛は自由だ」って、あなた奥さんいるじゃない。っていくら言ってもぬかに釘。あの人だけは全くどうしようもないわ。」 そういう京子の話を真知子は黙って聞いていた。私が同じような恋愛をしていると知ったら京子はどうするのかしら。
|
|