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作品名:老婆の弔い 作者:仁科治

第5回   5 「小6男子」の老婆殺し
5 「小6男子」の老婆殺し
 

 「老女(82)を金槌で殴り殺す」「小6男子」。朝刊の四コマ漫画の脇に大きな見出しが踊っていた。
 「本当にあの子がそんなことをするとはいまも思えません」。テレビで担任の女教師は音声を変えられて驚きを語っていた。右手の爪で左手の指先を執拗に掻いていた。
 「クラスではいつも明るくて信頼されていて、指導的な立場で、よく頑張っていたと聞いています」。校長がマイクに語っていた。
 「学校では心配のない子に入っていたと思います。わが校ではいじめに神経を使っていますから」。隣で教頭らしい女が記者の質問に答えた。画面には校名が書かれた校門が大きく映し出され、校庭、そして最近増築されたという白壁の校舎へと移っていった。
 どのテレビ局もほとんど同じ内容をレポーターは伝えていた。違うのは男か女かということぐらいで、みな正義感に満ちて同情心を競い合うように顔をしかめて喋っていた。声をひそめる抑揚まで同じだった。
 「信じられません」、「どうしてなんでしょう」、「まじめでした」、「勉強もよくできたのに」、「いじめられていると助けてくれました」。少年を知るクラスの友人が顔をぼかされて話していた。少年の住むアパートの前に立っていた。
 「少年の心の闇に何が潜んでいたのでしょうか。それでは……さん、お願いします」。女のレポーターが話を結んで、映像は老婆の家の前になった。

……老婆ハ金槌ヲ振リ回シタ。

 「面倒見のいい人でしたね」
 「だれにでも声をかける気さくな人でしたよ」
 「道の清掃をよくしてくれていました。私たち町内会の者は助かっていました」
 八二歳の殺された老女をよく知っていると紹介された近所の主婦はハンカチを口に当てて、涙声でマイクに答えていた。
 老女の家の玄関前に立たされたのか、自分でやってきて話しているのか、老女の生前の人となりを熱心に話していた。その足元にセロファンにくるまれた花束がいくつも積み上がっていた。
 カメラは新たに花束をおく近所の子どもたちの姿を映し、再び主婦に向けられた。カメラが自分にまた向けられたわかると、「あの人が、近所の子どもにあんな殺され方をするなんて」とその主婦はハンカチで目を覆った。
 「山田さんじゃないの」
 テレビに見入っていた妻が喉の奥が乾いたような声をあげた。
 近所で起きた事件だった。妻の関心も強く、知り合いの家に上がり込んでいろいろな話を聞き込んでいた。テレビの視聴も熱心だった。
 画面の成り行きを見守っていた妻は妙な顔をしていた。
 ハンカチを口に当てていた女を私もよく知っていた。
 この事件が起きる以前から老女に関する話もいろいろ聞かされていた。決してその女が涙声で語るほど老女に好感を持っていたとは思えない。むしろ、憎しみに近いものを持っていたのではないか。妻の話からそう思えたし、私も何度か、殺された老女の玄関先で口論をしているその女を見かけたことがあった。身振りから明らかに老女を非難している様子だった。
 「あの人、変な人ね」。妻はそれ以上、言わなかった。
 老女は近所の鼻つまみだった。
 玄関先で野良猫に餌をやっていて、近くの住人から苦情が出ていた。
 町内会では幾度も注意していた。
 文書や忠告では埒があかないとみて、町内会長と山田さんという主婦、そして妻も含めて役員数人が正式に町内会として申し入れに行った。そのときは、老女が金槌を振り回して話にならなかったと妻が話した。
 しかし、「山田さんがしつこくしすぎるのよ、せっかく話がまとまりかけたのに、ばあさんを責めるように言うんだもの。だから、あのばあさん、逆上しちゃったのよね」と言った。
 朝と夕方の二回、玄関前の通りは煮魚の匂いが漂った。
 数匹の野良猫が尾をたてて、道にあけられた餌を取り巻いた。
 毎日のことだった。その脇を通行人がよけながら歩いた。食べ終えて猫の姿がなくなったあとも、道には重ね塗りされたような黒いしみが残っていた。ときどき、細い骨を振るわせて、腐ったような臭いの風が吹いた。
 「道なんか、だれが掃除をしたというのよ」
 台所で妻が大きな声をあげた。
 町内会では週二回、ゴミ当番がその道を掃除することになっていた。
 町内会に少年の母親もいた。青白い顔の母親と少年が一緒に箒で掃いている姿をいくどか見かけた。母親といる少年は楽しそうに箒を使っていた。
 「魚の骨が土にこびりついて、箒の先ではなかなか取れないのよ。毎日、餌をもらえると思うと、猫も贅沢になるのね。残すのよ。好きなだけ食べて、いなくなる。こっちがそのあとを掃除する。そんなことはばあさん、知らない顔をしているのよね。なんとかならないかしら。気分が悪くなる」
 妻は当番がやってくるのを嫌がっていた。
 当番はたしか二週間に一度の割でやってきたようだ。カレンダーに赤丸の印が等間隔につけられていた。右下に黒い文字が書かれ、それは一緒に掃除する者の名前で、山田という文字を私はよく見た。
 妻は山田から電話を受けて、その老婆のところに何度も行ったようだ。
私は画面を見ながら、「小6男子」の少年を考えていた。


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