42 鐘の鳴る家を探しながら夕闇の海辺に
私は、都心の冬の早朝を歩いているらしい。 車は走っていなかった。人影もなかった。ビルの黒い影が道路に斜めの空間をつくって落ちていた。その隙間から青空が見えていた。 犬が空を見上げていた。 遠くで鐘が鳴り始めた。 金属音がいくども響いた。 私は、その鐘の鳴る家をこれまで探してきたのだ。その家の白い入り口はいつも開いているという。でも、どうやってそこに行けばいいのか。鐘の音が頼りなのだが、空から降るように響いてきているだけで、その方角が分からない。そこへ行く道筋がわからない。 頭が痛くなってきた。
ずいぶん歩いた。 夕闇につつまれ始めた海に出ていた。 舟が流れていた。老婆の乗った舟だ。老婆は手を前に組んで正座し、目を閉じていた。舟は太陽の昇る東に向かっていた。 頬に爽やかな風が吹いたようだ。髪が揺れた。額に大豆ほどの大きさの膨らみがあった。微笑んでいると思った。瞑想に入った石仏のようだった。 私は、老婆に手を合わせた。 老婆の小さくなっていく姿を見送った。 胸が痛んだ。かがみ込んで胸を押さえると、手の平に刺さるものがあった。氷だった。 私ハ、コレカラ、ドコニ行ケバイイノデスカ。アト少シダケ、助ケテクダサイ。 風が吹いた。顔から何かがはずれた。 両の手で仮面を捧げるように受けていた。私は、仮面をつけていたのだ。風の柔らかさを頬に感じた。 夕闇の向こうにぼんやりとした明るさがゆっくりと近づいてきた。私が待っていたものらしい。 遠く岬が見えた。灯台に明かりが入った。
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