38 正直な子どもたちが住んだ町
待ち合わせたK線B駅に佐々木はこなかった。伊藤もこなかった。一時間ほど待って、私は小学生のころに過ごした家の方角に歩き始めた。 駅前はすっかり変わっていた。 五〇年以上、前のことだ。駅前にあると聞いた伊藤の乾物店も分からなかった。 商店街の面影はまだ残っていた。角の鮨屋とお茶屋、そして衣料品店が私の記憶のとおりの姿を見せていた。
……天使サマ、助ケテクダサイ。
坂道をゆっくり上った。途中に天使幼稚園はあった。白い教会の十字架が私を見た。かつて日曜日にお菓子がほしくて通った。 「天使様って、いるの」 「正直な子にやってきてくれますよ」 「僕は嘘をつかないようにする」、「私は困った人を助けてあげる」。子どもたちは口々に叫んだ。 「大きくなっても、みんなで仲良くするのよ」。仲良くしますと、私たちは答えた。 髪の毛を後ろに布で束ねたシスターが嬉しそうな顔をして、私たちに天使様の話をしてくれた。言葉に甘い香りが匂った。 転んだ小さい子を抱え上げるとき、首筋が見えた。細かい毛が揺れていた。ときどき泣いているような目をして教会から出てくることがあった。天使サマ、助ケテクダサイ。 いまにも古い教会の大きな扉を押し開けて、子どもたちが飛び出してきそうだった。一番最後に、私が駆けていた。大キクナラナクテイイ。大キクナレバ、嘘ヲツイテ、生キテイカナケレバナラナイカラ。 さらに平坦な狭い道路を数分行くと、野菜畑があるはずだった。しかし、そこは幾棟か連なる二階建て住宅になっていた。 地蔵のあった坂道へ続く角はコンビニエンスストアになっており、ドブは埋められていた。地蔵はどこかへ移されたのだろうか、標札の大きな家の玄関になっていた。その下にあった畑や老婆のいたトタン小屋のあたりはコンクリートの集合住宅になっていて、スーパーマーケットもなくなっていた。 電話で佐々木は何度も念を押したはずだ。 時間も違っていなかった。もしかしたら、彼らはどこで私を見張っていたのかもしれない。私がどのようになっているかを確認したかったのかもしれない。オ前タチハ、俺ニ何ヲサセタイノダ。何ヲ思イ出セトイウノカ。
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