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作品名:老婆の弔い 作者:仁科治

第36回   36 老婆は殺されるのを待っている
36 老婆は殺されるのを待っている


夢の中であの案山子が逆さに吊されていた。
 稲が干された木の柵に足を縄で縛られていた。私を見ると笑った。白い布に墨で目鼻が書かれた顔だった。私は問いかけた。
 「情念というものをどう思いますか」
 「解決のつかないものだと思う」
 「あなたは何によって生きているのですか」
 「俺は流されているだけだ」
 頭が熱い。痛い。
 逆さの案山子はこの状態もまんざらではないと笑った。来年からこの田圃も稲を植えることはない、だから俺も必要なくなった、偉い奴らの考えたことだと悲しそうな顔もした。田は夕陽に凍りついた鈍い光を宿していた。

 ……僕タチハイイコトヲスルンダヨ。

 「できないよ」
 私の計画を聞くと、佐々木は一瞬おびえた顔をした。
 伊藤も明らかに逃げ腰だった。基地できょう実行しようと私は言って、その方法を二人に話したからだ。
 「糞を捨てに行くばばあの後ろからこっそり行って、背中を軽く押すだけでいいんだよ。簡単だよ。そのあと、ゆっくり逃げればいいんだ。暗いから、だれにも見つからないし、ばばあは頭を打って、それっきりさ」
 「Fちゃん、どうしちゃったんだい、急に。Fちゃんじゃなくなったみたいだ。鬼みたいな怖い顔になって。もっと、優しかったじゃないか」
 伊藤が泣き出していた。
 私が強引に老婆殺しの実行を主張したからだ。まるで伊藤にそれをやらせるみたいに受けとったのだ。
 「死んだら、どうするんだよ。人殺しになるんだぜ、俺たち」
 佐々木までおかしなことを言い出した。
 「殺すんだろ、どうしてもやらないと駄目なんだ」
 「どうしてだよ」
 「あのばばあはね、待っているんだよ。だれかが殺してくれるのを待っているんだ。僕たちはいいことをするんだよ」
 老婆殺しをきつい調子で主張する私を二人は恐れた。いくども同じ押し問答をして、結局、あした相談しようということになって、その日は解散した。私はなぜかそうなるだろうと思っていた。
 佐々木と伊藤が逃げるように基地を出て行った。その後ろ姿を見送って、私は仰向けに寝転がった。
 土と草の匂いが周りから押し寄せてきた。身体を横にすると、段ボールの紙の感触が頬に伝わってきた。冷たくて快かった。
 少し眠った。


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