31 トタン小屋に夥しい光が差し込んだ
大学に進んで、その画面がどのような出来事だったのかを知った。 ちょうど一〇年後、私は同じ問題で青春の一時期を過ごすことになった。そして、私は器用に逃げた。 多くの仲間は学校を去った。絶望した者もいた。それなのに私はうなだれて、すべてが通り過ぎるまでじっとしていた。
……ミンナ仲良ク、楽シク生キテイケレバ、イイノデス。
私は、暗い道を歩いていた。 死んでしまった猫を胸に抱えていた。猫の温かなぬくもりを感じながら、アスファルト道を横切った。坂道を下って老婆の小屋に向かった。 坂道は暗かった。私はスキップをしながら歩いた。 坂道の途中でぼんやりと電灯の明かりが一対の地蔵を照らし出していた。猫を抱いていたから、手を合わせられなかった。地蔵は目を伏せているように顔を暗くしていた。 小屋の脇にきて、猫を餌入れの皿の脇においた。 前脚と後脚をそろえて並べると、眠り込んでいるような可愛い猫になった。固まりになっている毛から土を落とした。 指で猫の横腹を撫でてやった。猫は気持ちよさそうにしていた。 トタン板の戸を軽く叩いた。 奥で人が動く気配がした。 ゆっくりと戸が開いた。 半分ぐらい開くと、老婆が顔をのぞかせた。眠っていたのだろうか、髪が顔の半分を覆っていた。濁った目で私を見つめると、老婆は手招きをした。 戸をすり抜けるように中に入った。私の後ろで戸は閉まった。 一瞬、部屋の中は暗くなった。 部屋全体がごとりと動くように揺れた。 どこからか夥しい光が差し込んできた。私の前に老婆が立って、私を見ていた。 老婆の顔がはっきり見えた。 老婆の瞳は、深い緑色をたたえていた。美しいと私は思った。 髪の毛を手ぬぐいで包み、和服の上に割烹着を着ていて祖母が掃除をするときに似ていた。温かなご飯の匂いがした。 老婆は私の横を指差した。 壁にドアがあった。別の部屋に通じているらしい。 老婆のあとに続いて入った。 その部屋の中はずいぶん広かった。 部屋の壁には彫刻が施されていた。鑿に槌を強く叩きつけたような鮮やかな切り口を見せていた。 幾体もの姿が重ねられて彫られ、表情はさまざまだった。厚い胸板を見せて座る男だったり、悲しげな目を向ける女だったり、眠り込む坊主頭の男だった。 水の流れる音がした。左側に絹に光を当てて揺らせているような、ゆったりと豊富な水量を感じさせる流れがあった。 「アノ溝カラ流レ込ンデイルンダヨ」 「あの女の子が隠れたのは、ここへ続く穴なんですね」 私の問いに老婆は応えずに歩き始めた。 流れに沿って歩き、最初に左に折れる流れの角に石段の降り口があった。 老婆はゆっくり降りていった。 私が老婆の後ろに立つと、笹舟を大きくしたようなかたちのボートが止められているのが見えた。 先端は、原色の幾色もの布が束ねられて飾られていた。私はオールを渡されたが、漕がなくても流れが運んでくれた。 ゆっくり流れた。
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