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作品名:老婆の弔い 作者:仁科治

第28回   28 猫の曲がった爪が指の腹を裂いた
28 猫の曲がった爪が指の腹を裂いた


 頭の端が重かった。
 目玉を少し動かしても、後頭部に針の先端が突き刺さるように痛んだ。
 ゆっくりと目を開けると、だれもいなかった。
 夜だった。また、眠ったようだ。私は今どこにいるのだろう。

……俺ヲ殺セルカイ。

 あいつがにやりと笑った。
 映像に私が映っていた。小学生の私ではなく、六〇歳をすぎた私が画面のなかにいた。
 私は怯えていた。ドウヤッテ生キテイッタラ、イイノデショウカ。隣で影が囁いた。
 目の前に薄い膜が私を遮っていた。
 膜は強い弾力を持っていて、身体ごとぶつかる私をはね返した。「オ前ノ罪ダ」。あいつは言った。
 「夢だ」。イイヤ、コレガオ前ガ積ミ上ゲテキタ罪ダ。
 私は振り向くと、老婆の小屋の前に立っていた。
 トタンの戸を叩いた。
 拳を打ち続けていた。釘の頭が皮膚に引っかかって皮がむけた。青い肉が赤い血の小さな粒を吹き出せた。
 突然、奥から苛立った声がした。
 「中ニハ入レナイヨ。帰ッテクレ。……」
 最後の言葉が聞きとれなかった。呪文のような言葉だった。
 私は戸を押した。
 両手を揃えて、そのまま体重をあずけた。しかし、コンクリートの壁を押しているように重く動かなかった。
 トタンの戸がぼんやりとかたちを失っていった。足下で茶色の猫が私を見上げていた。
 ドウダイ、俺ヲ殺セルカイ。
 猫が鼻に皺を寄せて口を縦に開けた。
 細かい尖った歯が並んでいた。
 右手を伸ばして猫の頭を撫でようとすると、曲がった爪の先が指の腹を裂いた。
 猫は身を反らすと、畑の中へ走っていった。途中でこちらを向くと、小さな口を開けた。殺レルカイ。
 指を見ると赤い筋が浮かび、それは山のように膨らんできて、雨のかたちになって下に落ちた。痛さは感じなかったが、心臓の音が指の先で強く響いた。
 私は猫に爪を立てられた傷の上を左手できつく押さえた。鼓動は指に強く響いた。手首に血の筋が流れた。
 私は歩いていた。
 すっかり暗くなった秘密基地の前に来た。
 基地の横に隠してあった針金を引き出した。
 少し錆びていた。私の背の三倍ぐらいの長さがあった。
 一方の先端に小さな輪をつくった。そこに反対側の針金の先を差し込んで大きな輪をつくった。
 自分の首に巻いてみた。冷たかった。ゆっくりと強く締めていくと、喉の下の骨が押されてせき込んだ。
 耳の奥で心臓の音が高まった。私は丸い輪を首からはずした。
 コレデ全テガ終ワル。ソウスレバ開ケテモラエル。


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