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作品名:老婆の弔い 作者:仁科治

第18回   18 霊柩車に乗った金髪の人形
18 霊柩車に乗った金髪の人形


 私は授業が終わると、掃除当番をサボって、家に帰らずそのまま基地に来てしまった。
 佐々木はもう来ていた。
 いつものように漫画を読んでいた。
 ランドセルが脇にあった。その横に私のもおいた。最後にやってきた伊藤はスルメを持っていて、佐々木と私に裂いて配った。学校が昼までだったので、急に腹が空いているのがわかった。
 秘密基地は竹藪の中にあった。
 細い竹藪の中につくったので、細い竹に体を押しつけると隙間は広がった。その周りに段ボールを当てて体をのせて座っていると、竹籠のような感じになった。広げようと思えばどんどん広がった。段ボールが目隠しになっていて、近寄らないと外からわかりにくかった。
 基地の真ん中に佐々木の家から持ってきたみかん箱をおいていた。
 三人のうち必ずだれかが食べ物を持ってきて、食べながらそこで夕食が近づくころまで過ごした。
 佐々木は果物が多かったし、伊藤は干物だった。
 私は、店の女の子が休憩時間に食べる菓子を祖母からもらっていた。
 私のビスケットは人気があった。中に固まったクリームが入ったものだと外側を丁寧にはがして食べて、最後に白い甘さをゆっくりと齧った。
 チョコレートのときは喚声が上がった。私は、いつも三人が等しくなるように菓子をもらうようにした。
 あの日は、伊藤が持ってきたスルメだった。
 生のスルメは歯が痛くなった。前歯では噛み切れなくて、少しずつ切れ目を入れてから奥歯の頑丈な歯でちぎった。犬が地面に顔をこすりつけて骨を噛んでいるのと同じ格好になった。
 ゆっくり噛んでいると、スルメは細い筋状になって、唾が口いっぱいに広がっていく。舌でその感触を楽しんでいると耳の上のところがしびれて痛くなる。うまいなあと佐々木が言う。私もうまいと思った。
 佐々木も伊藤も漫画を持ってきて読んだ。
 ときどき口の中に指を入れてかき回した。指先についたものを見るときだけ漫画から目を放し、確認するともう一度、口に戻して吸った。夕方から暗くなるまでずっとそうしていることもあった。
 あの日も、みんな漫画を読んでいたが、いつもと違っていた。
 私は漫画の陰から佐々木と伊藤の顔を見比べていた。口に入ったスルメはなかなか柔らかくならなかった。
 私はこのままずっと時間がたってしまうのだろうかと思っていた。佐々木が両腕をあお向けて背伸びをした。それを合図に私と伊藤は漫画を脇においた。
 「明るいうちにばばあが何をしているかを調べてから、もう一度ここに帰ってきて作戦を練ろう」
 「いなかったら……」
 珍しく伊藤が佐々木に聞き返した。いつもなら、うんといって私のほうを確認するように見るのだが、佐々木の返答を待っていた。
 「いつも、いるんだ。小屋の奥でじっとしているんだよ。汚い猫と同じなんだよ。人に迷惑をかけて生きているから隠れているんだ」
 私は伊藤に苛立って言った。私の声は喉の奥から絞りだすように響いた。
 佐々木がおやという顔をした。伊藤は顔をゆがめて笑った。
 スルメを奥歯で磨りつぶすように噛むと、濃い汁が口の中に広がった。それから、また黙ったまま互いの漫画を交換し合って読んでいた。私の言葉で立ち上がるきっかけをなくしてしまったのか、佐々木は動かなかった。
 漫画に落ちる竹の葉の影が長くなった。漫画が読みにくくなった。
 「行こうか」。佐々木が言った。ようやく、私たちは基地を出た。
 太陽が斜めから暑さをたたきつけてきた。
 畑の角を曲がってアスファルトの道を横切った。日射しで溶けてまだ固まっていない黒く粘ったものが靴についてきた。
 きたねえなと佐々木が唾を吐いた。伊藤もまねて唾を何度も吐き出した。靴先を地面にこすりつけても離れない。無理に地面を掻くと乾いた土がまき上がって、汗をかいた膝に泥色のしみをつくった。嫌ダナ、ナンデコンナコトシテ生キテイクノダロウ。背後に黒い影を感じた。
 緩やかな勾配のアスファルト道を上って来た黒塗りの車が近づいてきた。
 天井に飾りが付いていた。運転席に黒い帽子を被った運転士が座っていた。一瞬、どこかで会ったような気がした。
 私たちの横を通るとき、運転士は私を見た。銀紙を張り付けたような目が光った。
 急ガナイト、間ニ合ワナイゾ。
 運転士は私に言うと前を向いた。
 横顔は衣装を着せられて並んでいるデパートのマネキン人形の顔だった。ハンドルを握っている手袋が白かった。
 向こう側に影のようにまるい目をした金髪の人形が座っていた。叔母が購読している雑誌に載っている結婚式の衣装を着ていた。こちらを見ていた。
 佐々木と伊藤には、運転士の声は聞こえなかったようだ。
 「あれ、霊柩車っていうんだ。死んだ人を運ぶんだとおやじが言っていた。あの後ろに死体が入っているんだって」
 佐々木の声が耳元でした。


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