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作品名:老婆の弔い 作者:仁科治

第16回   16 老婆殺しの相談は綿密に
16 老婆殺しの相談は綿密に


 「きょうの偵察は失敗だった。でも、ばばあが糞を捨てに行くのはわかった。あの時間に捨てに行く。それがわかったので、成功だった」
 「健ちゃんは飛行隊長みたいだ。俺らの計画はうまくいくよね」
 伊藤が佐々木を称えた。
 少年雑誌の戦争漫画の主人公はみんなのヒーローだった。両腕を広げて曲芸飛行の真似をして校庭を走った。仮想敵は鉄棒だったりジャングルジムだったり、隣のクラスの男子だった。ときどき手こずった。
 「俺らは、ばばあをどうやってやるかだ。きょうみたいになっちゃ駄目だ。しっかりと計画を立てて、やるって決めなくちゃダメだ」
 佐々木はきつい目で伊藤を見た。父親によく似ていた。
 「そうだよね、どうやって殺すかだ」
 伊藤は握り締めた両方の拳を震わせて言った。
 「勇気をつけなくっちゃ。だから、もう一度きちんと偵察をしなくちゃならないんだ。そして一番いい方法を考えるんだ」
 「そうだね」
 コンジョウガ弛ンドル、キヲツケ! 私の頭の中で野太い教師の声が響いた。その教師は朝礼のときにいつも旗を掲げる柱の下に立って、私たちに号令をかけた。
 頑張れとか、一生懸命にやれとか言って私の肩を強く掴むことがあった。四年の担任だったが、私を見掛けると必ず声をかけてきた。
 初めは理由がわからなかったが、その教師が私の家に来たことがあった。叔母と見合いをしたと祖母が言った。笑い顔をつくっているらしいのだが、私には怖い顔にしか見えなかった。
 朝礼で私語をすると、隠れて待っていたように飛んできて男女の別なく頭を叩く。みんなから一番嫌われている嫌な奴だった。だから、逆にご機嫌を取る奴もいて、教師の周りに集まった。たいがいは密告のような陰口で、その教師は生徒の情報通でもあった。本人は生徒に人気があると信じ込んでいるのもおかしかった。
 教師の叩き方は巧妙だった。傍目には注意をするように軽く叩くように見えたが、拳骨だったから意表を突かれて座り込む女子もいた。そのあとコンジョウガ…と、同僚の教員に自慢げに話した。

……殺シテシマエバイイノサ。

 「あのおばあさんが捨てているものは、ほんとうに糞だろうか」
 「ばばあ、で、いいんだ」
 佐々木は私を睨んだ。彼の父親がいつもしている仕草だった。
 私たちが佐々木の家に彼を迎えに行くと、悪さしちゃ駄目だぞと、野菜や果物の並んだ店先から声をかけてきた。伊藤が、はいと小さな声で答えていた。天井から売上金を入れるざるが下がっていた。
 伊藤と佐々木の家は同じスーパーマーケットの二階にあった。裏から階段を使って上っていく。私はまだ家の中に入ったことはなかったが、階段の下に細いドブが流れていて、それは老婆の小屋の前を流れるドブに流れ込んでいた。
 スーパーは通路を挟んで両側にいろいろな店の品物が並び、ひととおりのものが揃った。私も祖母のあとについて行った。おつりを小遣いにもらえることもあったが、いくつものガラスケースに入った食べ物をみるのは楽しかった。コンクリートの床にはいつも水が撒かれていて、それも気持ちがよかった。
 夕方はお客を呼ぶ大きな声で賑やかだった。
 伊藤の店は米や味噌だとか乾物がおかれていて、樽からすっぱい匂いがしていた。日が暮れてから伊藤の店に行くと、裸電球の下で伊藤の両親が働いていた。
 影があっちに行き、こっちに来たりしていて、夢を見ているような感じになった。母親は頭に手ぬぐいをかぶり、背中で襷にした紐を結んでいた。父親は濃紺の厚い布地に白く「米」と書かれた前掛けをかけていた。
 私の家は美容院だった。
 Fちゃんのところ、いい匂いがするよな、と佐々木と伊藤はうらやましそうに言っていた。私はきつい匂いのむっとする感じが好きになれなかったが、店内には若い従業員がいて、客も女の人だったから、私はその華やいだ様子を自慢に思っていた。スーパーからはちょっと離れていたが、三人はいつも一緒に遊んでいた。
 祖母と私はスーパーで買い物をすませると、細い路地を抜けて老婆の小屋の前の道を通って帰った。ふくらんだ買い物袋を私が持った。坂道の途中で一対の地蔵の赤い布切れが揺れて、いつも笑ったような顔になった。


 「もう一度、確かめてみようか」
 「どうするの」
 「見るしかないな、しているところを」
 いつも佐々木の意見で話はまとまった。強引ではない。私たちの好奇心をそそるように話したはずだ。


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