14 秘密基地で睨んでいた女の顔
私は布団に寝ていた。 障子から差し込む明るさで、一〇時を過ぎているのが分かった。 妻が掃除機の音をさせていた。少年の事件があってから、日曜の朝は早く起きることもなくなった。胸が痛い。押しつけられていたように息苦しい。 私たちの老婆殺しの計画はいつから始まったのだろうか。 佐々木と伊藤の記憶は小学六年の夏以来、ぷつりと絶えていた。 一ヵ月ほど前に同窓会の便りが届くまで、まったく忘れていた。しかし、それで当時を思い出したわけではなかった。そこには同級生の名簿が載っていた。もちろん、私の現住所も載っていた。以前、叔母からお前の住所を同窓会のお友だちに知らせておいたと連絡があった。 名簿が届いたあと、数日して佐々木から電話があった。それで、佐々木と伊藤が私の過去から甦った。 佐々木は自分の近況を三〇分ほど話した。 くぐもった声で近く会いたいと言ったあと、「あのころは面白かったな」と親しそうにつけ加えた。 私たちは、学校がひけるとそのまま秘密基地に集まることもあった。 毎日、老婆を殺す計画に熱中していた。 どうやって分からないように殺すか。佐々木がもっとも過激に主張し、伊藤はそれに同調した。私は、できると思っていなかった。 学校ではそんな話はしなかった。廊下などで会うと目配せしたり、親指を立ててみたりして秘密基地での集合を合図した。 私たちだけの秘密だった。 画用紙をくりぬいてバッジをつくって、ポケットに入れていた。「暗殺団」と真ん中に書いた。金色の色鉛筆で縁取るのが私は好きだった。 バッジは不思議な力を持っていると思った。 宿題を忘れたのが発覚しないようにバッジを握って祈ると、教師に指されなかった。ジャングルジムでいい場所を確保できるように願うと、その日は別のグループがいなかった。そんなたわいのないことを自慢し合った。 佐々木は地方都市の大学を卒業し、従業員二〇〇人前後の螺子製造工場に就職したと話した。そののち、その会社の労働組合の専従で働いていると言った。伊藤は乾物屋を継いで、駅前で店を開いている、けっこう繁盛していると言った。 「Fちゃんがさ」 私は当時、Fちゃんと呼ばれていた。 「秘密基地に持って来たろう、あの新聞。俺はあれを忘れられなくてね。新聞に載っていたあんな顔。俺、知らないうちにさ、ずいぶん影響を受けたんだと思う。それと、あのあと、Fちゃんは急にいなくなっただろう。だから、あの新聞のこと、よく教えてもらえなかったしね」 胸をはだけた女が彼女の前に立つ多くの男たちと警官たちを睨んでいた。額に鉢巻きをして、その隣にも同じ顔をした女たちが両腕を互いに組み合っていた。 うちの母ちゃんより怖かった、と佐々木は言った。 後ろにも同じ女の顔が並んでおり、幾本もの旗が掲げられていた。背中に子どもを負ぶった女もいた。 同じ顔をした男たちに交じって並んでいたのだ。そして、二つの人のかたまりが憎しみだけを頼りに睨み合っていた。 それは、私の家に送られてくる新聞だった。 私が秘密基地に新聞を持っていったのは、アメリカから来た漫画映画の記事を佐々木と伊藤に見せたかったからだ。 四年という時間をかけ、莫大な費用を使い、そして美しい歌に合わせて踊る妖精が登場する映画だった。私は叔母と住み込みの従業員たちが話すのを息を詰めて聞いていた。頭の中はその物語の想像で一杯だった。 その思いがかたちをとったのは、その新聞だった。叔母と従業員が見入っていて、今度の休みに観に行くことになっていた。美容院は火曜が休日だったので、私は行けなかった。さすがに祖母も学校は休ませなかった。だから、私はその新聞を祖父からもらうことにした。 記事の左上に写真が載っており、少女が眠っていた。豊かな髪が肩から胸まで伸びていて、左手にバラの花束が添えられていた。 少女の頭の上に花の冠が飾られていた。三角帽子をかぶって顎髭のこびとたちが、眠る少女を心配そうに見ていた。
|
|