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作品名:老婆の弔い 作者:仁科治

第11回   11 五〇年前のモノクロ映像
11 五〇年前のモノクロ映像


 あいつは私の手を取って、「オ前ノ罪」と書かれた看板のおかれた建物の入口に連れていった。部屋の中に二人の子どもがいた。私を見て笑った。
 正面に白い布が張られ、映写機の準備がされていた。
 あの流れに沈んだ少女と、老婆を殺した少年だった。
 フィルムが突然、五〇年近く前の風景を映し出した。モノクロの映像は、少し雨を降らせながらカタカタと鳴った。

……僕ハ捨テラレテシマッタ。

 雨が降り出しそうな空の下で、水平に土手が伸びていた。
 夕暮れだった。ぼんやりした影が動いていた。一人は男だった。もう一人は女で、小さな影は子どもだった。男は屋台を引き、女がその後ろを押していた。そのあとから子どもが歩いていた。
 「もう疲れたよ」。女は何度も言った。「もう嫌だよ」と立ち止まった。
 「しかたないだろう、そいつがいるから。食わせなきゃならないんだよ。俺たちだって、そうだろ」。男が振り向いた。
 「ほら、押せよ」。男はげんこつをつくった。それでも、女は動かなくなっていた。
 自転車が屋台を追い抜いて、走っていった。耳あてのある帽子をかぶっていた。どこかで見たことがあった。
 「待ってよ」。女が自転車に叫んだ。
 女は自転車を追って走り出した。男は女をとめようとして追いかけた。しかし、追いつけなかった。女と自転車はどんどん男から離れていって、見えなくなった。
 おいていかれた男は「おでん」と書かれた看板をはいで、女が走り去った方角に向かって投げた。両手の拳を握りしめて怒鳴っていた。
 しばらくすると、屋台の引き手を川に向けて蹴落とした。屋台は土手をはねるように夕暮れの中を転がっていった。子どもは震えていた。
 屋台の落ちた土手の下に大きな白木の箱が二つ、斜めに並べられていた。そこから手首が見えていた。人が眠っているようだった。それは下のほうから這い上がってくる影で仄白く見えた。
 少し離れたところにも荒縄に縛られた地蔵が二体寝転がっていた。地蔵は目を閉じて、胸の前で両手を組んでいた。まるで罰にたえているような姿だった。
 雨が降ってきた。
 しだいに強くなり、地蔵の身体に黒い染みが広がっていった。木の箱に乾いた音が激しく鳴った。空を見上げると、顔が濡れた。急ゲ。間ニ合ワナクナルゾ。


 苔蒸した石柱が立っていた。墓石だった。
 白い運動帽子をかぶった子どもがこちらに向かって歩いてきた。
 顎ひもが耳にひっかかっていた。右手に綿アメを持っていた。毛糸のベストを着て、運動靴を履いていた。
 私に笑いかけてきた。
 オイテイカレテシマッタ。捨テラテシマッタ。私の横をすり抜けた。雨はさらに強くなっていた。
 木造の大鳥居が背を反らすように立っていた。両脇から結ばれた荒縄が垂れ下がり、下を通る者の首を掬いとろうとしているようだった。
 石段があった。その向こうに廃屋が建っていた。さらに奥に進むと、背の高い萱に覆われた洞窟があった。
 老人の横顔が見えた。杖に身体を凭せかけるように座っていた。
 眠っているようだった。
 岩肌は白ばんだ苔に覆われ、触れるとかさかさと鳴った。指先に砂粒のような粉が残った。
 「どこへ行けばいいのでしょうか」。老人は答えなかった。石仏だった。風がかすかに萱を揺らしていた。
 道は棚田に続いていた。
 どの田も刈り取られ、薄い氷が張っていた。冬が近づいているのだろうか。氷の下で気泡が凍りついていた。


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