〜ゆっくりと12月の明かりがともりはじめ、慌しく踊る街を誰もが好きになる。〜 店内の有線から、毎年この時期になると流れるB’zの定番の曲。 コンビニにてバイト中の北原は、外に置かれているゴミ箱を手際よく洗う。 その曲のように、黄昏は街をコバルトブルーに染めてゆくのだが、北原の心もまたとっぷりとブルーに染まってゆく。 大学受験に失敗し、現在浪人中の北原は、高校のとき付き合っていた彼女と離れたくない一心で、親に無理をいい上京したのだが、先日その彼女にふられてしまった。 クリスマス目前のこの時期になぜ? せめて、このシーズンが終わってからにして欲しかったと北原は思う。 12月24日、今日は年に一度、恋人たちが大っぴらにHできる日。 …いや、そうじゃなくて、西洋坊主の聖誕祭だったけか。
「りんりんりーん、りんりんりーん、鈴が鳴る〜♪」 それは野太いオッサンの声。
ふと顔をあげた北原の前を、明らかに法定速度を守っていないであろう、オッサンとトナカイが猛スピードで走って行くのを見たような気がした。 北原は軽くこめかみを押さえる。
「気のせい、気のせい。 さあ、とっとと商品の陳列終わらせてしまおう」
そういって立ち上がったときだった。 けたたましいサイレンの音が耳を劈(つんざ)き、やはり法定速度を守っていないパトカーと遭遇(そうぐう)する。 「あ〜、そこのサンタクロースとトナカイ、止まりなさい。スピード違反です」 「うるせい!マッポン恐くてサンタができるかっての」 ゴルゴみたいな、いかつい顔をした男がこの時期限定で許される子供たちの夢の結晶であるクリスマスの主役、サンタクロースの衣装に身を包んでいる。 北原が思わず似合わねーと呟いたときだった。
「おい!そこのお前、お前を人質にする。ついて来い!!!」 北原はいきなりそのサンタもどきに羽交い絞めにされ、ソリに乗せられた。 「な…な…なんすか!」 「じっとしてろ。悪いようにはしねえ」 サンタもどきはそういって、北原の顔に果物ナイフを押し付ける。 その鋭い眼力に北原は悟る。 ――――これは、人を殺めたことのある人間だ―――― 北原は思わず生唾を飲んだ。
「りんりんりーん♪りんりんりーん♪鈴が鳴る〜今日は楽しいクリスマスっヘイ!」 サンタもどきの、その場に不釣合いなほどの陽気な歌声が夜空に響く。
そりが、一軒のオンボロアパートの前で止まる。 サンタは徐にプレゼントを取り出すと、 「101木下」と書かれている部屋のインターホンを押した。 部屋の中では、小学校低学年くらいの男の子が一人でゲームをしていたが、サンタもどきを見ると、嬉しそうに走りよる。
「サンタのおっちゃん♡」 「少年♡♡」
そして二人のときが止まる。
「おっちゃん、一年ぶりだね。また会えて嬉しいよ」 「少年のために、サンタさん今年もプレゼントもってきたんだよ」 そういって、サンタもどきは少年にプレゼントを渡す。 「うわあ、ありがとう。開けてみてもいい?」 「ああ、勿論だとも」 少年が包みを開けるとそこには、ミトンの手袋が入っていた。 「ひょっとして手編み?」 少年がサンタもどきを見つめると、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「僕、嬉しい。暖かいよ、サンタさんの心が。 あっ母さん今日も遅いから、よかったら、サンタさんもそこのお兄さんもトナカイさんもご飯食べていって」 そういうと少年は手際よく鍋のカレーを温める。
「僕が作ったから、味は保障できないけど…」 四畳半の小さな和室に置かれたちゃぶ台にカレーライスとサラダが並ぶ。 事情は良く分からなかったが、北原はサンタとともに少年のカレーライスをよばれている。 「うまい」 それはごくありふれた一般家庭のカレーの味なのだが、北原にはなぜかこのカレーがすごく美味しく感じられた。 「僕ね、ずっとサンタさんのこと待ってたんだ。サンタさんがきてくれたら、絶対一緒にご飯食べようって、一生懸命に作ったんだよ」 刹那、表でけたたましいサイレンの音がする。
「そこのサンタクロースに告ぐ!人質を解放して早く出てきなさい」 「ちいっごめんな少年。サンタさんはもう行かなくちゃなんねえ。来年のプレゼントは何がいい?」 少年は曖昧に首を振る。
外のパトカーのスピーカーから喧しい怒鳴り声が響く。 「サンタクロースに告ぐ!人質を…」 「すまねえ、せっかく会えたのにもう行かなくちゃなんねえ」 「サンタさん、行って。みんなサンタさんのこと待ってるんだもんね」 少年は精一杯明るい声でそういった。 サンタは裏口の窓から外に飛び出すと、サンタの袋から巨大なバズーカを取り出し、警察の群れにぶっ放す。
「オラオラ、どけどけ〜!」 数台のパトカーが横転している。 「次行くぞ、次」
猛スピードのそりが夜の街を翔る。 煌く星々の間を抜けて、次にたどり着いたのは大学病院であった。 少女は窓辺に寄りかかり、空を見つめている。 サンタの姿を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。 「サンタのおっちゃん♡」 「一年ぶりだな。入院生活つらかっただろう」 少女は静かに首を振る。 「おっちゃんが、励ましてくれたから、もう全然平気だよ」 「そっか、サンタさん美由紀ちゃんに今年もプレゼントもってきたぞ」 「わあ、嬉しい。開けてみてもいい?」 「ああ、勿論だとも」 「これはひょっとして心臓?」 「ああ、そうだ。去年美由紀ちゃんドナー提供者が欲しいっていってたもんな」 「うん、ありがとうこれで元気になれるよ」 サンタは微笑む。
「ちゃんと24時間以内に移植してもらえよ」 そういい置いて、サンタは病院を後にする。
北原は恐る恐る聞いてみる。 「あの心臓、どっからもってきたんすか? ひょっとして、そのために人を殺めたとか…」 サンタもどきの目が鋭く光る。 「ばかやろう!誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんてのは、本当の幸せなんかじゃねえ。 あの心臓はな…」 北原はゴクリと生唾を飲む。 「俺のだ♡」 そういって服の前ボタンを外してみせる。その皮膚には確かに生々しい手術のあとがあった。 「ええ?ちょっとあなた無理しすぎ」 「いいんだよ、どうせ俺心臓3つくらいあるし」 「ええ?くらいってなに?くらいって!」 そんな必死の北原の呼びかけもむなしく猛スピードのそりは夜空を翔る。
「あっ3丁目の西田さんの家が燃えてる」 人だかりの真ん中で、夜を焦がす煙と炎。 その家は北原の勤めるコンビニのお客さんの家だった。 穏やかなおばあちゃんが、よく牛乳や調味料を買いに来ては、世間話をしていったものだった。 サンタは野次馬の中に降り立つ。 娘さんと思しき人物が悲痛な声を張り上げる。 「だれか助けて!母がまだ家の中にいるんです」 炎の勢いは強く、消防隊員もその中にはいることを躊躇(ちゅうちょ)している。 サンタは上着を脱ぐとそこにあった防火用水を頭からかぶった。 背中には桜吹雪の刺青が舞っている。 「このめでたい日が、誰かの命日になっちまうなんて、つまらねぇ話じゃねえかよ」 サンタクロースは燃え盛る炎の中を入っていった。 「サンタさん、行っちゃだめだ。危険だよ!」 北原が叫ぶが、その声は届かない。 北原の目に涙が浮かぶ。 「あんたはめちゃくちゃだ。 だけど、あんたは死んじゃだめだ。 あんたは多くの人に必要とされているから!!!」 北原は猶も叫ぶ。
やがて火の子の中から、おばあさんをおんぶしてその男があらわれた。 「ばかやろう!この世に簡単に死んでいいヤツなんていねーよ。 必要とされてねーヤツもいねえ」 「お母さん、よかった〜!!!」 娘さんが母親の無事を喜ぶ。
北原の頬を涙が伝う。 「…よかった」 そう呟いたときだった。
パトカーのサイレンの音が響き、警官が銃を構える。 「サンタクロース!公共物破損、及びスピード違反etcの罪で現行犯逮捕する!」 こうしてサンタはその手に手錠をかけられ、連行される。 「あっとお巡りさん、すいませんが最後にひとつだけあいつにプレゼントを渡したいんです」 「しかたねえな。渡して来い!」 「北原、お前にもプレゼントがある」 「サンタさん…」 「クリスマス前に彼女にふられて、たくさん悲しい思いをしたな」 「いえ…でもあなたに会えて本当によかった」 サンタはサンタの袋から、女の子をとりだした。 北原は絶句する。 「お前がずっと欲しかった念願の彼女だ」 じゃあな、とサンタは男前にパトカーに乗り込んでゆく。
「ちょっとまてぇ〜 この彼女、顔が朝青龍じゃねえか!!!」
〜立ち止まってる僕の傍を誰かが足早に、通り過ぎる荷物を抱え、幸せそうな顔で〜
|
|