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作品名: 作者:抹茶小豆

第3回   延長線上の我ら
あれから、10年の歳月が経過し、少女は25歳になった。
無論少女だけでなく少年達も25歳なわけで、そろそろ結婚適齢期を迎えようとしていた。
中学生カップルが別れずに、結婚にいたるなど、絶滅危惧種の朱鷺の繁殖より難しい話なのだが、なぜだか総二郎と美希は今もまだ続いている。

美希の左手の薬指には、総二郎からもらった婚約指輪が精彩な輝きを放ち、存分に存在感を発揮している。

「えっと、式の話なんだけど」

総二郎は箸を止め、鞄から式場のパンフレットを取り出す。
会社帰りに近所の和食の創作料理屋で待ち合わせ、こうしてごはんを一緒に食べているわけなのだが、結婚式の話になると美希の胃がちくちくと痛んだ。

「式は二人きりで挙げたいわ」

そんな心底からの願望を一応伝えてはみるものの、決して総二郎は首を縦にはふらない。

「そういうわけにはいかないよ。
僕にだって仕事や親族間の付き合いがある。
勿論君の家族や親族とだって、これからもうまくやって
いかなきゃならないんだから、それ相応のことはきちんとしておかないと」

総二郎は少し困り顔になる。

美希の携帯に着信が入る。
妹の美羽からだった。

「あっお姉ちゃん?
 式場決まった?」

 「まだよ」

 「だったら、一緒に式挙げちゃわない?
  結局、総二郎さんと一樹さんが兄弟で、お姉ちゃんと私が姉妹なんだから、親戚も2回集まるの大変じゃない。
だったら、合同でW婚ってどう?」

え?嫌、絶対嫌。
「ちょ、それは、ちょっと!!!」
一瞬の間の後、通話は一方的に打ち切られた。

引き戸が開かれ、店に一組のカップルが入ってきた。
「あっお姉ちゃん!」
女は嬉しそうに美希たちに手を振った。

「それ、いいね」
総二郎と美羽は意気投合し、勝手に話しを進めている。
あたしは終始下を向き、一樹はすごいピッチで日本酒を飲んでいる。
30分後には話はすでに決定となり、お互いの両親に一方を入れた。
両家の親は費用が節約できるのを手放しで喜び、すでに何軒かの親戚には電話をしてしまったということだった。
もう後には引けない。
あたしは一樹の日本酒をひったくり、一気に飲み干した。

結婚式場の華やいだ雰囲気は、誰しもの心を晴れやかにする。
着飾った招待客の群れ、広いロビーに、はしゃぐ子供たち。
式当日、控え室には花嫁が二人。
妹の美羽はこの上なく晴れやかな表情で挨拶に来た親戚に応対している。
美希は胸につかえた棘が未だにとれていない。
彼女には10年間誰にも秘め続けた感情があった。
この期におよんで、傷心な自分を自嘲する。
鏡に映った自分の顔が妙に情けない。
不意に鏡に人影が映る

「総ちゃん、どうかな、似合う?」

美希は少しはにかんでみる。
刹那、鏡に映った総二郎の顔が少し歪んだように見えた。
美羽はウエディングドレスを友人達のもとに見せに行き、偶然メイクさんや美容師さんたちも席をはずしている。
「ああ、似合うよ」

そう言って総二郎はそっと美希を抱きしめた。

「総ちゃん?」

不自然な間の後

「・・・・ばか、俺だよ」

と鏡の中で舌を出す。

「はあ?一樹!!!」

「美希きれいじゃん、ドレスよく似合ってるよ」

一樹に抱きすくめられ、美希は少しとまどう。

「あ・・・ありがとう」

それは一樹にずっと言ってもらいたかった台詞だった。
涙が頬を伝う。
マスカラがとれて黒い涙の跡がつく。

「今更かもしれねーけど、やっと言えた。
 この台詞言えるようになるまで10年かかっちまった」

一樹は今まで見たなかで、一番穏やかな顔をしていた。

「お前、ちゃんと幸せになれよ。
 お前は俺の大切な幼馴染で、今日からは俺の家族になるんだからな」

美希はメイクが崩れるのもかまわず、号泣した。

メイクさんが戻り、その顔を見て唖然とする。

「すびません、式の前で感情が高まってしまって」

美希はずびーっと鼻をかんだ。
スタッフは泣きはらした顔美希の顔を早急に冷やし、手際よく処置を施してゆく。
さすがはプロだ。
ものの10分も経たないうちに、美希はなんとか見られる顔になった。

チャペルではパイプオルガンで厳粛にアベマリアが奏でられ、2組のカップルが登場した。
ステンドグラスに日が当たり、十字架が浮かび上がる。
片言の日本語をしゃべる外国人が、誓いの言葉を促す。

「汝、汝の病めるときも健やかなる時も、
汝の夫、橘総二郎を愛すことを誓いますか?」

その言葉は、美希の心に重かった。
だけど、一生涯その隣に立つ総二郎を愛そうと思った。

「はい、誓います」

光の十字架をしっかりと見据え、美希は本心からそう誓った。


「あっ、お姉ちゃん?
 不動産屋さんがね、マンションを買わないかって言ってきえるのよ。
 二戸同時に買ってくれるんなら、値引きに応じてくれるっていうし、
 家賃を払い続けるのも、もったいない話でしょ?」

嫌だ、そっとしておいて。
何が悲しくてあいつとあんたの家の隣に住まなきゃならんのですか!
新婚で、それなりに上手くいってるんだから、もうお互いに干渉するのはやめましょうよ!!!
というのがあたしの本心で、

「あっ、総二郎さんにはもう電話いれたから。
 随分乗り気だったわよ」

妹は一方的に通話を切った。

夕食の晩酌を熱燗で差し出すと、例によって総二郎はことのほか乗り気だった。
「いいじゃないか、是非明日見に行こうよ」
「今はまだ新婚なんだし、二人の時間を大切にしたいわ」
「そう?でも家賃だってばかにならないし、子供ができたら何かと人手が必要だろ?
 なら、兄さん夫婦の隣に住んだら、お互いに安心じゃない?」
総二郎は美羽から送られてきたFAXに目を通す。
「この立地で、この値段。
 これを逃すと二度と手に入らないだろうね」
美希に口を挟む余地はなく、翌月にはそのマンションに引越した。

美希たちの部屋は10階に位置する。
さすが総二郎のほれ込んだ物件とあって、日当たり、景観、風通りなど申し分なかった。
引越しの片付けを終え、隣にお邪魔する。
美希たちの引越しを祝うべく、一足先に越してきた美羽たちが食事に招いてくれたのだ。
リビングの奥に寝室が位置し、大きなWベッドが据えられていた。
美希はなんとなくそれを見て赤面してしまう。
リビングのテーブルの上にはすでに美羽の手料理が所狭しと並んでいる。
「たくさん食べてね」
美羽が屈託なく笑い、料理を取り分ける。

終始和やかに食事は進み、午後9時を回るころには美希たちは自室へと引き揚げた。
総二郎はリビングで横になりテレビを見ている。
美希は疲れていたので、寝室で横になっていた。
うとうとと夢見心地の最中に、微かに音がする。
誰かのあえぎ声?
そして思い出す。
この壁を隔てて真向かいが、一樹と美羽の寝室であったことを。
美希は全身が火照るのを感じた。
一樹に抱かれる美羽。
美希は嫉妬を覚えた。
隣の部屋に、ドア一枚を隔てて夫がいる。
美希は一樹に抱かれる自分を想像し、声を殺して絶頂に上り詰めた。


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