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作品名: 作者:抹茶小豆

第2回  
「お姉ちゃん、どうしよう私・・・・!」
美希は英語の教科書から目を離すと、勢いよく部屋に飛び込んできた妹の美羽に視線を移す。
「何?どうしたの?」
美希は握っていたシャーペンを机の上に置いて、妹に向き直る。
「私、今日橘先輩に告白されちゃった!」
「橘先輩って、どっちの?」
美希の心臓が跳ねる。
「もちろん、兄の一樹先輩よ」
美希の思考回路が一時停止を告げる。
なんですと?
美希は天井を見上げた。
「ちょっと、やだ
 お姉ちゃん何で泣いてるの?」
美羽が取り乱す。
「え?あたし泣いてんの?」
美希は必死で取り繕う。
「ちがう、ちがう、目にゴミが入っただけ、
あはは〜 嫌だなあ。もう」
それが美希の精一杯だった。
部屋を出て、少し外の空気が吸いたかった。
今が夜でよかったと思う。
通行人に泣き顔を見られなくてすむから。
ええい!今日は思う存分泣こう!
いっぱい、いっぱい泣いて、コンビニでチョコレートケーキを買って帰るのだ。

「今日はあたしの失恋記念日」

そうつぶやいて強がってみても、やっぱり涙はとめどなく溢れ、頬を伝う。
涙腺が壊れたかと思うくらい、盛大に泣けた。
そして大いに失恋の余韻にひたり、それこそ幼稚園時代から始まる自分と一樹の思い出に浸りきった。

「おい!ブス美希!!!」
そうだ、小っちゃい頃から一樹は口が悪く、よくそういって美希と喧嘩ばかりしていた。
そのくせ、美希がいじめられると、野良犬であろうが、年上の悪ガキであろうが、誰彼かまわず立ち向かっていった。

「おい!ブス美希!!!」

自転車の前カゴにバスケットボールを突っ込んで、一樹が目の前に佇んでいる。

「げっ、お前もしかして泣いてんのか?」

一樹は少し後ずさる。

「あたし、失恋しちゃったんだ」

そういうと美希は少し楽になったような気がした。

あたしがずっと好きだった人は、実はあたしの妹が好きで、
 付き合うことになっちゃった」

「ちがう、そうじゃない!
 俺はお前が・・・・!
 だけどお前が総二郎のことが好きだっていうから・・・・あの・・・・」

一樹は耳まで赤くなって下を向く。

その時――――

「兄貴!コーラなかったから、アクエリアスでいい?」

総二郎が満面の笑みで、二人の間にあらわれる。

「あっ美希ちゃん」

そう声をかけ、心配そうに美希の顔を覗き込む。

「どうしたの?泣いてたの?」

美希は咄嗟に顔を背け、否定する。

「あっ違うの。そうじゃなくて
 目にゴミが入っただけ」

一樹はプイと顔を背け、自転車に乗る。
「ごゆっくり!」
不機嫌にそう言いおいて、走り去ると唇をかみ締め、低く呟く。
「あんの、バカ女!」


終業式を終えて、美希は帰路につく。
とりあえず服を着替え、さきほど大量にもらった夏休みの宿題を机の上に並べ、軽く中身に目を通す。

「さてと、どれから片付けようか」

刹那、部屋の扉がすごい勢いで開く。

「お姉ちゃん!どうしよう」

美羽は紅潮した頬を汗に濡らし、肩で息をしている。

「な・・・なに?
 どうしたの?」

「お姉ちゃん、私ね、一樹先輩にデートに誘われちゃった」

美希は一抹の寂しさを覚えたが、努めて冷静を装い美羽を見つめる。

「美羽は一樹のこと、好き?」

「そりゃあ、好きよ。
成績優秀、眉目秀麗、運動神経抜群が三拍子そろってて、
一樹先輩女子の人気すごく高いんだよ」

美羽は熱っぽく瞳を潤ませ、完全に王子に恋する姫になりきっている。

「絶対、誰にも渡さないんだから!!!」

美羽は拳を握り締める。

「で、あんたたちは一体何処でデートとやらをするの?」

「花火大会に一緒に行こうっていわれたの」

「そっか、よかったじゃない」

美羽は美希のTシャツの裾をしっかりと握った。

「ちょっと、やだやめてよ。のびちゃう」

「お姉ちゃん、お願い!一緒に行って」

美希の思考回路が停止する。

「はい?なんであたしが???」

美羽の手に力が入る。

「だから、Wデートしよ。
 お姉ちゃんと総二郎先輩、
 私と一樹先輩のWデート」

「はい?」

「だって、男の人とデートなんて初めてで、恐いんだもん」

美希は眩暈を堪えつつ、盛大にため息をついた。



日が翳り、少し気温が少し低くなったころ、美希は隣の庭にいた。
総二郎はホースで庭に水を撒いている。
プランターに植えられたミニトマトが赤く色付き、
総二郎は、食べごろのものをひとつとって美希の口に放り込んだ。

「ん、美味しい」

美希が微笑む。
どこから見てもそれは幸せそうなカップルだった。

「そう?よかった。
 去年は皮が分厚くてあまり美味しくなかったから、
今年は肥料を変えてみたんだ」

そして、美羽の事の経緯を話した。

「ごめんね、総ちゃん。
 変なことに巻き込んでしまって」

「なんで?僕は嬉しいよ。
 おかげで美希ちゃんと一緒に花火が見られるんだから」

気の毒そうに総二郎を見つめる美希の耳元に

「美希ちゃんの浴衣姿、楽しみにしてるよ」

と囁いてよこした。
予想外の総二郎の行動に、美希は思わず赤面してしまった。


湯船の中にオイルを垂らすと、なんともいえない芳香が広がった。
お母さんの友人のフランス土産らしいのだが、今日は特別に使用許可がでた。
美希は洗髪を終え、念入りに身体を洗う。
湯船に浸かる美羽が、じっと美希を見つめる。

「いいなあ、お姉ちゃん
胸大きくて」

美羽は湯船のお湯を器用にすくい取り、掌でピッと飛ばす。

「あっこら」

水滴が美希の顔にかかる。

「やったな〜」

美希は背後から美羽を羽交い絞めし、そっと美羽のふくらみの頂に触れる。

「どれどれ?
 でも前より少し大きくなったんじゃない?」

「本当?」

美羽は顔を輝かせる。

美希はバスタオルを身体に巻いてすばやく髪をアップに結い上げる。
奥の和室では、すでに母が娘二人分の浴衣を用意している。
紺地に大輪の牡丹がデザインされてあり、それと同じ深い紅の帯を締める。
数年前、祖母が仕立ててくれたものだ。
その横に美羽の浴衣が衣紋賭につるしてある。
白地に薔薇がデザインされ、ピンクの帯にレースをあしらったものを一緒に結ぶそうだ。
この日のために美羽が両親にねだり買わせたらしい。
美希はなんとなくそれを見やり、小さくため息をついた。
美羽はもう一枚浴衣をもっている。
自分と同じときにおばあちゃんが仕立ててくれたものだ。
おばあちゃんが美羽の為に仕立てた浴衣を美羽はまだ一度も着たことがない。
美希はおばあちゃんの浴衣が少し可愛そうだと思った。

一足先に支度を終えた美希はなんとなく庭に出てみた。
日はだいぶ翳ってきたものの、まだ西日がきつい。
ちょうど、家からでてきた一樹を目が合うと、一樹はぎこちなく美希の傍に行き下を向く。

「あの、似合うかな?」

美希はなぜだか、一樹にそう聞いてみたかった。
一樹はプイと横を向き

「ふん、馬子にも衣装だな」

とぶっきらぼうにこたえる。
美希はしゅんと肩を落とす。

「そっか」

一樹は美希の予想外の反応にうろたえる。

「い・いや、あの、それは似合わないってことじゃなくて、
むしろ、似合ってるっていうか、ああうまく言えねー
お前はいつだって、かわ・・・・い・・・い」

一樹は赤面し口ごもる。

「美希ちゃ〜ん!
 すごく可愛い、よく似合ってるよ」

一樹が凍りつく。

総二郎は庭でつんだばかりの真紅の薔薇を器用に美希の髪に結わえた。
それは、色白の美希によく映えた。

一樹が鼻を鳴らす。
「何やったって、かわらねーよ
 ブスはブスだ」

「ちょっと、兄貴!」
そこに準備を終えた妹の美羽が姿を現す。
「お〜美羽ちゃんはやっぱり可愛いなあ、
 姉のブス美希とは大違いだ」
と悪態をつく。
「何よ、悪かったわね。 バカ一樹!
あんたこそ優しい総ちゃんとは大違い!!!
ば〜か!ば〜か!!」

美希は顔をしかめ舌を出す。

だけど今手をつないでいるのは、総二郎とあたし、一樹と美羽。
そのくせ視線はずっと一樹を追っていて、全身がアンテナになってる。

――――そしてその関係とやるせなさは、10年後の今も続いている――――


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