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作品名:死んでも死にきれないっつうの! 作者:抹茶小豆

最終回   1
閑静な住宅街に、けたたましいクラッシュ音が響き渡る。
少し間をおいて、人だかりができ、やがて救急車やパトカーが到着する。
そんな様子を少年はただぼんやりと空中にふわふわと浮遊しながら眺めていた。
おそらく、その人だかりの真ん中で仰向けになって倒れているのは俺であろう。
その横には変形した自転車が横たわる。

「ってことは俺、もしかして死んじゃったの?」

少年は盛大に頭を振り絶叫する。

「いやだあ、俺はまだ死にたくない!!!」

なんといっても彼はまだ17歳の青春真っ只中で、彼女はいないが、熱烈に好きな人がいる。
その彼女と付き合って、こーんなことや、あーんなことをしたいんだあ!!!

「妄想中悪いんだけどさあ」
黒地にモダンな菊の花をあしらった和服姿の、とってもセクシーなお姉さんがボートを漕ぐオールみたいなのに腰掛けてやはり浮遊している。
お姉さんは缶酎ハイをとりだし、ぐびりぐびりと喉を潤した。

「ぷはあ、この一杯のために生きてるって感じよね。」
口の端を拳で拭い、少し目が座る。
お姉さん、オッサンはいってますから。
「あの、お姉さんは、どなたですか?」
少年はおそるおそるたずねてみる。
「あたしは、まあ、いわば水先案内人てとこかしら。
あんたみたいな死人を迷わずあの世に連れていくのがお仕事ってわけ。」
「水商売の方ではなかったのですね。ってか、俺あの世なんかに絶対いきませんから!」
少年は歯茎を向いて抵抗しはじめる。
「ちょっと、ただでさえあんたのお蔭で余計な仕事が増えたってのに、これ以上手をかけさせないでちょうだい!」
「俺、好きな人がいるんです。まだ告白もしてません。このままでは死んでも死にきれません。」
少年が涙ながらに訴えると、
あ〜うぜえ。
とお姉さんは懐から携帯電話を取り出した。

「あ〜もしもし?ただ今2丁目の事故現場付近で、浮遊霊と接触してるんですが、このままだと地縛霊になっちゃいそうなんですけど、どうします?えっちょっと・・・・。現場の裁量にまかせるって、そりゃあ、いくらなんでもいい加減すぎません?」

むなしく、通話は中断され、お姉さんは高らかに夜空に雄たけびをあげる。

「ちゃんと仕事しろ!この給料どろぼう!!!」

ええ?あの世にいっても給料制なんすか?少年は少しひるむ。
お姉さんは、大きくため息をつくと

「まあ、いいわ。そういうことなら、私も勝手にするわ。」

お姉さんはピンクの手帳をとりだす。

「実はあたし、副業で恋のキューピットもやってるんだけど、これがまたノルマ制で大変なのよう。昨今少子化がすすんでるでしょう?出生率と死亡率の辻褄あわせが必要なんだけど、人口増やすには恋をしなきゃ、だものねえ」

冠婚葬祭なんでもありっすか・・・・。しかもノルマ制って。

「あっちの世界も不況で大変なのよ〜副業でも、やんなきゃ生活成り立たないっつうの」
「色々大変なんですね。鬼太郎たちは墓場で運動会とかやってて、割と楽しそうなんですけどね。『試験も何にもない!』とか言っちゃってるから受験生の俺としちゃあ、ちょっと羨ましかったりもするんですが」
「ルックス的にはどうせなら、『地獄少女』とかを連想してほしかったわ。」
・・・・どうやらお姉さんは、こっちの世界のアニメ事情にも詳しいようだ。
「あんたに時間をあげるわ。今が深夜の0時ジャストだから、今から24時間以内に、彼女があんたのことを好きだと言ったら、あんたを現世に戻してあげる。でも駄目なら、あんたをあの世に連れていくわ。それでいいわね」
「オッケーです!」

少年は拳を握り締める。
24時間・・・・。微妙な時間だとは思う。俺が彼女に告白して、果たして彼女は俺を好きになってくれるのか?彼女のはにかむような笑顔が瞼裏に浮かび、切ない気持ちが溢れる。
時間をかけたなら、俺は彼女との距離を縮める勇気をもてるのだろうかか?俺は頭を振る。攻撃は最大の防御なり。攻めて攻めて攻めまくれ俺!

「じゃあ、契約を行います。」
不意にお姉さんの唇が俺の唇に触れる。
「やめてください。セクハラです・・・あん♪」
「やかましい!さっさと現世にもどれ!」
お姉さんが俺の頭を蹴り飛ばす。
気がついたら、そこは俺の部屋で、いつもと変わらない目覚めだった。
あれは夢だったのか?とパジャマを脱ぐと、鎖骨のあたりに黒い蝶の形の痣が出来ていた。
「あれは、夢なんかじゃない。」

俺は唇をかみ締めた。

校門の前で、友人の土井が友人の土井が鞄で軽く頭を小突く。
「御幣島!」
いつもと変わらない日常のなんでもない風景。
しかし俺にとっては、今日で最後になるかもしれない特別な日なんだ。

「土井・・・・。俺が死んだら、お前、俺の為に泣いてくれるか?」

少し潤んだ瞳で土井を見つめると

「お前、なんか映画でもみたんか?」

と少し怪訝そうな顔をする。

「えっと、一時間目は英語か」
不意に頭に名案が浮かぶ。
俺は、俺の意中の人、鴫野はるかの席に近づく。

「ね、ねえ。鴫野さん。Likeてどういう意味かな?」
「『好き』、でしょ?」
鴫野はるかは、可愛く小首を傾げる。
やった!やったぞ。彼女に『好き』って言わせたぞ。
俺は空中に向かってガッツポーズをする。
今日のお姉さんは、制服姿におさげなのだが、いかにも怪しいお店の店員さんか、某イベントに出没するコスプレのお姉さんにしか見えない。
お姉さんは思い切り顔をしかめ胸の前で腕をバツの字にする。

「だめ〜今の不可!」

俺は小さく舌打ちする。

昼休み、俺は購買で買った焼きそばパンをほおばり次の策を考える。
ただ今の時刻午後12時45分・・・・ってことは俺に残された時間はあと11時間と15分ってことか。
俺は友人どもの輪を抜けて、クラスの女子数人と手作り弁当を食べている鴫野はるかの前に立つ。
頭が沸騰して、心臓が口からでちまいそうだ。
男になれ!俺!生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ!と必死で自分を叱咤する。

「鴫野今日放課後時間あるかな?」

教室中が一瞬妙な静寂に包まれ、その後盛大な野次が飛ぶ。
彼女は弁当に入っていたであろうおにぎりを喉に詰まらせ、目を白黒させている。水筒のお茶を飲んでようやく一息ついたようだ。

「今日4時に正門で待ってるから!」

まともに彼女の顔が見れない。多分今俺は茹蛸になっている。

夏休みも間近、半袖のブラウスにチェックのスカート姿の彼女は、すでに校門の前で俺を待っていてくれた。
彼女が俺を待っていてくれた。そのことが妙に嬉しくて、彼女と過ごせるこの瞬間が幸せで、俺はにっと笑って彼女の手を取り走り出す。

「え、ちょっと御幣島君?」
「鴫野、俺と遊園地行こ」
「はい?」

鴫野はただきょとんとしている。
改札で切符を購入し、鴫野に渡すと、

「なんか、デートみたいだね。」
と鴫野が赤面する。
そんな顔されちゃったら、俺、もう・・・・。うおお死んでもいい。って駄目か。

「どうして、御幣島君は私を誘ったの?」
今だ!チャンスだ!サマージャンボ宝くじ・・・いや・・・。
そのときプラットホームにアナウンスが響き渡る。
「えーただ今到着の電車は〜」
だあああ!もうちょっとだったのに。

電車の窓から遊園地の観覧車が見え、鴫野のテンションが上がる。
「ねえ、御幣島君。私あれに乗りたい」と彼女が指差したのは俺の苦手な絶叫マシーン。
一体あれ何回転するんだ?俺は遥かに続くジェットコースターのレールを見つめる。
鴫野の表情はくるくるとよく変わり、その横顔を見つめながら、しみじみと可愛いいと思った。

「私ね、音大志望でずっとピアノのレッスンに通ってるんだけど、いつも先生に怒られてばかりだったの。休みの日もピアノばっかり弾いていてちっとも遊びにいけなくて、だから今日こうして御幣島君とここに来れてすごく嬉しい。」

うれしい
うれしい
うれしい・・・・。

頭の中で彼女の言葉がこだまして、空から天使が舞い降りる。
彼女は俺のことを一体どう思っているんだろう?
観覧車の中で空を見つめながら、彼女の気持ちに思いを馳せる。
もうじき日が沈む。夕日があたりをピンク色に染め、俺の心もピンク色に染める。
今は夕焼けに染められた観覧車に、大好きな彼女と二人きり。
カップルだったら、ここでキスとかしちゃうんだろうか。いや、でもそれはなんでも早すぎ・・・か。ああでもキスしてえ。

「ねえ、御幣島君見て夕焼けだよ。」

彼女は夢見るような眼差しでその光景を見つめる。

「空はね毎日私たちの上にあるのに、一つだって同じ形の雲はないんだよ。それってさあ、凄くない?」

俺が、彼女の気持ちに思いを馳せキスについて煩悩と死闘を繰り広げている最中、彼女は自然のなんたるかについて思いを馳せていたのか・・・。ちょっとがっかり・・・みたいな。
いやちょっと待て、ひょっとすると彼女はあえて俺を傷付けないためにわざとそっち方面の話を避けていたのか?今日俺につきあってくれたのも同情心とか、さあ。

「ねえ、御幣島君、次はあれに乗ろうよ!」
それは小さなボートに乗り込んで、おとぎの国を探検するというスチェーションのものだった。賑やかに人形が歌ったり踊ったりと忙しい。
俺たちも、さながらおとぎの国に迷い込んじまったのかなあ。
彼女にどうしても言いたくて、でもいえない一言が、喉の奥につかえた魚の小骨みたいに不快で、痛む。
俺、さあ。もうすぐいなくなっちゃうんだ。
彼女をみつめ、心の中で別れを告げてみる。
俺が死んだら、君は俺の為に泣いてくれる?
いや、やっぱり君には、いつも笑顔でいてほしいや。

時計が午後10時半をまわると、館内に終了のアナウンスが流れた。鴫野は自宅に電話をし『今友人の家で勉強してる』と嘘をついた。
「ごめん。鴫野もう一箇所だけつきあって。」
鴫野は俺を見上げ、「いいよ」と笑顔で応じてくれた。
地元の駅にとめていた自転車の後ろに彼女を乗せて、俺は必死でペダルを漕ぐ。そこの角をまがり、通い慣れた通りをぬけると少し、きつめの坂があるのだが、その坂を上りきると海が見える。
たくさんの船の明かりが煌く。それは闇に宝石をちりばめたような美しさだった。

「わあ、きれい」
彼女は小さく歓声を上げる。

ただ今の時刻午後11時55分。
俺は覚悟を決める。

「鴫野、海は好きか?」
鴫野はうっとりとその光景を見つめる。
「うん、大好きだよ」
「空は?」
「好き」
「ハンバーガーは?」
「好きだよ」
「じゃあ、俺は?」
「す・・・え?御幣島君?」
「俺は、鴫野が好きだ!鴫野は俺のこと、どう思ってるんだ?」

遠くで午前0時を告げる汽笛の音がした。タイムオーバーか。
御幣島の体を光の粒子が包み込み、やがて蛍のように頼りなく舞って、闇に溶けていく。

「御幣島君・・・・?」

鴫野の瞳が大きく見開かれる。
その時鴫野の携帯が鳴った。

「あっはるか?良かったやっとつながった。クラスの連絡網まわしてくれって、担任の松山先生から連絡があったんだけど」
それはクラスメイトの佐々木順子からだった。
「御幣島君が事故で亡くなったそうよ。」
「そんな・・・」鴫野の声が凍りつき、体が震える。
私は確かにさっきまで御幣島君と一緒にいたのに。
鴫野の頬を涙が伝う。それはあまりにも盛大で、同時に鼻水も垂れてしまう。

「御幣島君、私も御幣島君が好き!」

夜の海に向かって少女は絶叫する。

「だから・・・帰って・・きて」

少女はその場に蹲りむせび泣く。

空中で一部始終をみていたお姉さんが不意に時計を見る。
ただ今の時刻午前0時24分。
う〜ん微妙。

某病院の死体安置室にて。
御幣島の母親は、息子の亡骸にすがって号泣している。
「お願いだよ、高弘。もう一度目を開けておくれ・・・」
刹那、御幣島の瞳がかっと見開かれる。
「ぎゃああああ!ばけもの!」
おかんの悲鳴が響き渡り、そこいら中にあるものを手当たり次第に御幣島に投げつける。
「いてて、母ちゃんやめてよ」

あはは、死後硬直で体中がバキバキいってら。
でも、なんでか、俺、生きてます。

「ま、今回はサービスということで!」
夜の街をお姉さんが浮遊しながら、缶ビールを口に運ぶ。
「いやあ、仕事の後のビールは格別に美味しいねえ」
どうやら、ご満悦の様子である。


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