それは深夜の公園の便所での出来事である。
その日は同僚の送別会で、強かに酒を飲んだ。 なんとか終電には間に合ったものの、すでに0時を回っている。 男は上機嫌の千鳥足で人気のない道を歩く。 その路地を曲がると、閑静な住宅街には少し不釣合いな 鬱蒼と木が茂る不気味な公園があった。
卍公園と呼ばれているその公園は、昼間でもあまり人が来ない。 この場所は、昔処刑場だった。 低地だったこの辺りは昔よく洪水に見舞われ、多くの人が害を受けた。 地元のある有力者が、この町の民を救うために水門を作ったのだが、 時の政府の逆鱗に触れ、一族皆殺しの憂き目にあったのだ。
公園の奥には小さなお墓があり、地元の信心深いおばあさんが いつもお花や線香を供えにやってくる。 今でも年に一度、地元をあげての盛大な慰霊祭が行われているのだが、 それを怠ると祟りがあると言われているちょっとした心霊スポットだ。
男はふと足を止める。
「やばい。飲み合わせがわるかったか!」
腹部の痛みが強まり、便意が男の中枢神経を麻痺させていく。 自宅までは、まだ少しある。 男は少しためらう。 公園の隅には小さな便所があった。 赤いスプレーで「たすけて」と血のように書かれた外壁に、 男は涙目になる。
蛍光灯が切れかかっているのか、 頼りない明かりがついたり消えたりを繰り返している。 生暖かい風が首筋を撫でる。 ちょっとアヤシイおじさんに「ふぅ」っと息を吹きかけられたような、生臭い匂いが混じり不快この上ない。
立て付けの悪いドアが風で軋み、 「ぎぃぃぃぃ」と不気味な音を立てる。 鏡には赤い口紅で 「剛さんのばか!」と書いてある。 剛ってだれやねん!とつっこむ余裕は、ない。 「はやく、すましてしまえ!」 男は意を決してトイレに駆け込み、用を足す。
ぽちゃん。
それは今時珍しい、ぼっとん便所であった。 焦りからか、 男は自分が重大な過失を犯したことに気がついた。
「紙が・・・ない。」
人間の手は何のために2本ある? 男はしばし己の手を見つめる。
その時か細い声がした。 か細い・・・が、しかしどう考えてもオッサンの声。
「赤いティシュ、青いティッシュ、ピンクのティッシュ、 どれにする〜?」
―――これは、幼い頃に聞いたトイレの怪――― 知っている、知っているぞ。 赤いティッシュを選べば血まみれにされ、殺される。 青いティッシュを選べば全身の血を抜かれ、殺される。 ならば――――
便器にうんこ座り、尻丸出しの男は、ありったけの勇気を振り絞る。
「ピ・・・ピンクのティッシュでお願いします!!!」
緊張のためか声が裏返り、妙な感じである。
「オッケー♪ まかせといてよ。」
なんともノリと頼りがいのある幽霊である。
「ああああああああーーーー!!!」
深夜の公園に男の絶叫が響きわたる
「ああああ〜」
「ああん♪」
おいおい・・・なんか別の意味であやしくなってきたぞ・・・。
数日後、 町にこんな噂が流れた。
「なあ、おい聞いたか?」 「ああ聞いたよ。 ピンクのテッシュの幽霊だろ?」 「こーんなことや、 あ〜んなことをしてくれる幽霊だろ?」 「えらい、気持ちいい、らしいじゃないか。」
こうしてこの場所は地元の男たちのお楽しみの場所となったとさ。
おしまい。
もちろん嘘だけどな。
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