晃は先ほどからピアノを弾いている。
「上手く弾けないや。」と呟くと、あに康祐が声をかける。 「どうした?」 「うん、どうしても友達の志郎君みたいにうまく弾けないの。」
最近晃の通うピアノ教室にとてもピアノの上手な男の子が入ってきたらしいのだが、将来プロになりたいと志をもつ晃と、彼はすぐに意気投合し友達になったのだという。 志郎君と会えるから、最近はレッスンが楽しくて仕方がないのだと晃は話す。 康祐は晃のレッスンに付き添い、ぜひ一度その腕前を見てみたいと思った。 今は亡き母美恵子もピアノが上手かったし、自分も幼い頃からバイオリンを嗜んでいる。 家政婦の運転する車に乗り込み、晃は終始はしゃいでいた。
「志郎君!」 玄関に佇む少年に声をかけると、瞳の美しい少年がこちらを振り向く。
「お父さんを待ってるの。」 と窓の外に目をやると、 黒塗りの高級車から一人の男が降りる。 康祐は顔色をかえ、晃を連れてその場を去る。
―――志郎は父が愛人に産ませた子――― 康祐の頭に母の死に様が蘇る。 ―――あいつと、あいつの母親のせいで!――― 康祐の中に怒りが込み上げる。 晃はいつもは優しく接してくれる兄の顔が憤怒の色に染まるのを恐ろしく思った。
ピアノのマスタークラスはオーナーの知り合いペンションを借り切って行われる。 それは山の頂にあって、景色は最高なのだが些か不便な地にあった。 家政婦が運転する車の中で、晃は終始無言だった。 兄の言ったことを思い出す。
―――志郎君はお父さんと他の女の人との間に生まれたこどもなんだって―――
そして、そのせいでお母さんは随分苦しんで、そして死んじゃった。 「お母さんはあいつらのせいで死んだんだ。」 本当にそんなんだろうか。 母の死が瞼を過ぎる。 「あいつらのせいで」 アイツラ ノ セイデ?
「晃君!」 現地着き、オリエンテーションを終えると、志郎が晃に声をかける。 「僕たち、一緒の部屋だね。」 志郎が満面の笑み。 その笑みは陰りを知らない。 晃は顔を曇らせる。 「あのね、僕、部屋の鍵を無くしてしまったんだ。 一緒に探してくれない?」 「うん、いいよ。」
二人で山道を歩き、先ほどオリエンテーションが行われた場所に戻る。 少し先には崖があるのだが、 「たぶんあっちの方だと思う。」 晃は崖のほうを指差す。
え、どこ? 志郎は下を向く。 崖の下に海が見え、白い波が翻る。 ―――アイツ ノ セイデ オ母サン ハ 死ンダ―――
晃の手が志郎を突き飛ばす。
「あ、あああ!」 晃が震える。 震えながら走る。 ―――ちがう!志郎君は足を滑らせたんだ。―――
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