――――彼女が欲しい―――― それもとびきり可愛い、僕だけの彼女・・・ おっぱいはボインがいいな♪♪♪
夜の街に静寂の帳がおりる、そう真夜中の丑三つ時。 山根慎一はしょんぼりと肩を落とし自転車をこぐ。 防犯灯の頼りない明かりに蛾が数匹集まって羽音を立てていた。 山根慎一は心の中で絶叫する。 「彼女欲しい――――!!!」
山根慎一23歳、そしてその年齢は、そのまま同時に彼の彼女がいない歴史でもあった。 昨年大学を卒業し、血を吐く思いで就職したIT関係の会社が、入社わずか半年で倒産の憂き目にあい、現在彼は近所のコンビニでバイトし、生計を立てている。
―――ヨレヨレのTシャツ――― ―――色あせ、くたびれたジーパン――― ―――ボサボサの髪――― ―――度のきついメガネ――― 背を少し丸めて歩く後姿が微妙に怪しい雰囲気を醸し出す。 なるほど、これでは、彼女など出来るわけがない。
今時珍しいくらいのボロアパートに自転車を停めて、自室のドアの前に立ち止る。 鍵を開けるためでもあるが、誰もいない真っ暗なただ一人きりの四畳半に帰るのが、妙に哀しかった。
最近勤めたコンビニも対人関係がうまくいかず、オールド・ミスの女店員にまで、陰口をたたかれているのを知った。 「何やってるんだろ、自分」 なぜだか涙が溢れて止まらない。 四畳半の隅っこで、膝を抱えてただ泣いていた。
―――こんなときに、彼女が居たらな――― ただ黙って抱きしめてくれたなら、自分はそれだけで生きる力が湧いてくるだろうな。 都会の夜は夏でも寒い、なぜだかそう思った。
ひとしきり泣いて、顔を洗った。 洗面所に映る自分の顔はブサイクだと思った。 ―――こんなんじゃ彼女なんてできるわけない――― ―――そう、僕は負け組み――― 届かぬ思いに憧れ、切望してもただ苦しいだけ。 なら、諦めたほうが楽。 そう思うと少し楽になった。
パソコンに電源を入れる。 ひとしきりお気に入りのホームページをチェックした後、ネットオークションに中古のラブドールが出品されているのが目に留まった。 「僕なんかには現実の女の人なんかより、ラブドールの方がお似合いかもな。」とひとりごちる。 ――万円――― 「へえ、随分安値であるもんだな」と画像をクリックする。 拡大した画像に映し出されたのは、裸体のラブドール。 長い睫に縁取られた栗色の美しい瞳、同じ色の優しい栗色の豊かな髪が背まで流れ、 頬は咲き初めの桜色、唇は愛らしいさくらんぼ、細くくびれた腰、極めつけがお椀型の形のよいおっぱい・・・。 ―――天使だ――― ―――天使が光臨したのだ―――
たとえ人形でも、殺伐としたこの部屋に彼女が居てくれるだけで、自分は幸せになれるような気がした。
―――変わりたい――― ―――変えたい――― 何を? ―――幸せになりたい――― 幸せって何?
山根慎一はこのラブドールを購入することを即決した。
それから数日経ったある真夏日の夜、慎一はビールを飲みながらテレビで野球を観戦していた。 「ああ〜もう!!!そこで打てよな!ああ〜」 お気に入りのチームがせっかくのチャンスを掴めず、空振りの三振で終わってしまった。 ビールを口に運ぶ 「苦い」 そのときインターホンが鳴った。 大きな長方形の包みを日立つ業者の男が二人係で運んできた。 「代引きになりますので、代金と送料込みで1万2千500円になります!」 代金を支払い、ドアが閉じられた。
慎一は高鳴る鼓動を抑えつつ、包みを開けた。 棺さながらの箱を開けると、そこには天使が眠っていた。
豊かに流れる栗色の髪、桜色の頬、愛らしい唇、長い睫に縁取られた栗色の美しい瞳は今は静かに閉じられ、それはさながらおとぎの国のお姫様が眠っているよう。
「ごめんね。相手が王子じゃない、自分みたいなオタクで。」 慎一はラブドールに謝り、とりあえず歯を磨いた。 そしてモンダミン。 準備OK!!!
メガネをはずしラブドールの横に正座した。 「失礼します」と断りをいれてから、愛らしいさくらんぼのような唇に口付けた。 それは軽くついばむようなキス。不慣れな彼の精一杯だった。 次の瞬間その瞼が少し動き、その瞳がゆっくりと開かれた。
「ぎゃーーーーーーー!!!」 慎一は絶叫した。 「うるせー!!!」の一言とともに隣の住人が壁を蹴る。
「驚かせてごめん」 人形は正座し、礼儀正しく自分の身の上を語りだした。
そもそも自分は、もとは人間であったこと。 恋人に浮気され自殺をしてしまったが、成仏できずにこのラブドールに閉じ込められてしまったこと。そして曰くつきのラブドールとしてネットオークションを転々とし、 成仏するためには一人の男性に本気で愛してもらわなくてはならず、しかし今まで人形を本気で愛してくれた男などおらず、性処理の道具でしかなかったこと。また人形に魂があると気味悪がられ、捨てられたこと。
慎一は人形の話を聞きながら、号泣していた。
「あなた、私の為に泣いてくれるの?」 人形はぎこちなく瞳を見開いた。 慎一は人形を抱きしめた。 「僕が君を愛するよ、君が悲しい思いをした分、余計に君を幸せにするよ!!!」
そしてその日から、男と人形の奇妙な同居生活が始まった。 慎一は人形に「あき子」と名前をつけた。 あき子は見た目はほとんど人間と変わりなく、普通に生活することができたが、慎一は決してあき子を抱こうとはしなかった。 だけど毎日二人はてをつないで眠り、たくさんキスをした。 「愛してる」をたくさん言い合って、抱きしめあった。 それは蜜月の日々、心の底から二人は幸せだった。
慎一は一生懸命に働き、いつしかコンビニチェーンの幹部候補生に選ばれ、ボロアパートから、都内の高級マンションに引っ越した。 その夜、慎一はあき子にプロポーズした。
「給料3か月分」とダイヤの指輪を手渡して、後ろからあき子を抱きしめた。 あき子の顔がくしゃくしゃと歪み、泣き笑いの顔になる。 「あたし、人形なのに。人形と結婚なんて、あなた馬鹿だよ」 「それでも、いいんだ。」 体は人形でも、心はあき子だから。
愛してる。
その夜ふたりははじめて結ばれた。 隣で眠る慎一に、あき子は静かに口付けた。 夜が明けるころ、あき子は美しい金色の光に包まれた。 「慎一、ありがとう」 何度も繰り返し、そして消えた。
慎一は布団の中で泣いていた。 シーツの中にあき子にあげた指輪が転がっていた。 それを抱きしめ慎一は泣いていた。 「その涙は美しい。純粋に人を愛するために流す涙。」 優しい声がした。 金色の光が慎一の頭を撫でた。 やわらかく暖かい。 「あなたは、まもなく本当のあき子に出会えますよ」 それは優しい声だった。
電話が鳴る。 「おっ山根、元気してるか?」 同僚の下柳という男からの電話だった。 「お前、今彼女おらんやろ? やったら俺の妹と見合いせえへんか?」 昨日の今日で、とてもそんな気にはならないのだが、そのとき耳元で声がしたような気がした。 ―――あなたは、まもなく本当のあき子に出会えますよ――― あっ、 「妹さんの名前は?」 「あき子、兄貴の俺がいうんもなんやけど、別嬪やで〜」
白いワンピースに流れる栗色の髪、すらりとしなやかな四肢、見間違うはずはない。 長い睫に縁取られた栗色の瞳。
涙が流れた。夢中で彼女を抱きしめる。 「え?・・私なんで泣いてるの?・・・」 彼女の瞳からもとめどなく涙があふれる。
「なんや、なんや二人して、ひょっとして知り合いやったんかいな?」 下柳の間の抜けた声に、二人してぷっと吹き出した。
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