『荒崎姉妹とヤングガン』 1 鉛の弾が目の前を通過した。 もっと正確にいえば、それは鉛とアンチモニーの合金でできた、5.56ミリ口径のライフル用弾丸だった。発射火薬の爆発で銃口から飛び出し、音の壁を越え、標的を破壊するために飛翔している。 南アフリカの武器商人、ジャレノ・オルボフォスの眼前を通過したライフル弾は、少し離れた場所に立って拳銃を構えていたかれの部下に炸裂した。オルボフォスの部下、確か名前はロボス・ダルボガ。ライフル弾はロボスの腹部にめり込み、横行結腸と空腸の一部を派手に掻き回し、腰椎を貫き、背中ら抜けていった。背中側に生じた大穴から、爆発したように鮮血が飛び散った。ロボスの即死は、明らかだった。 東京都新宿区歌舞伎町の高級ビジネスホテル。ホテルの最上階、会員製の高級スイートルームは宮殿を思わせる煌びやか室内には、今、死体と硝煙の臭いが満ちている。オルボフォスには護衛の部下が12人ついていたが、全員が殺された。ロボスが、最後の一人だったのだ。ホテルの人間は両者ともサイレンサーを使用しての銃撃戦になったから気付かれていないようだ。 オルボフォスは懐から、拳銃を抜いた。しかし、オルボフォスが銃を構えるより早く、暗殺者がライフルの引き金を絞った。その銃口から閃光と発射ガスが漏れる。直後、拳銃ごとオルボフォスの指が数本吹き飛ぶ。暗殺者は、弾痕の列をオルボフォスの手から肩口にかけて走らせた。オルボフォスの利き腕の筋肉が、線維の流れに沿って破裂し、脂肪片が飛散する。千切れた肉の隙間から、血に染まった骨が覗く。 オルボフォスは撃たれた腕を抱えてうずくまり、悲鳴をあげた。そんなオルボフォスに、ゆっくりと暗殺者が近づいてくる。地獄から響いてくるような、死神の足音が近づいてくる。そしてオルボフォスは、信じられないものを見た。 「・・・・・な?」暗殺者は、少年だった。オルボフォスには、その少年が高校生だと一目で判った。彼がブレザーの制服を着ていたからだ。オルボフォスは思わず低くうめく。制服姿の暗殺者なんて、見た事も聞いたこともない。茶髪で、片耳にピアスを空けた今風の高校生だが、両手には一丁ずつ特殊部隊用のアサルトライフル――イスラエル製ガリルMARだった――を構えている。ロボスを殺したのも、オルボフォスの利き腕を撃ち抜いたのも、このライフルだ。 少年は、ブレザーの下にタクティカルベストを着込んでいた。ベストには、大量の予備弾薬が詰め込んである。 「このガキ・・・・なにモンだ?」 オルボフォスは自分が窮地にいることも忘れ、思わず訊いた。 「なにモンって・・・・・高校生の殺し屋だよ」 そう答えた少年は、オルボフォスに大量の銃弾を浴びせた。 「見りゃ判るだろ」
『仕事』を終わらせた高校生の殺し屋は何事もなかった様に現場を離れた。 路地に入り安全を確認すると、ブレザーの内ポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを押す。部屋に仕掛けた焼夷爆弾を遠隔起爆させた。ホテルの最上階を見上げると焼夷爆弾が破裂して、スウィートルームの部屋の窓全てから爆発炎が伸びる。これで襲撃した証拠は綺麗に消える。派手だがこれくらいやって置かないと、心配症な高校生の殺し屋は安心できないたちなのだ。 「いっちょ上がり!!」 上機嫌の殺し屋は、携帯電話で起爆コードを受け取ると、間を置かずに呼び出し音が鳴った。 「どうも白猫さん。友紀です」 『次はもっと早くでろ』 携帯から響いたのは、女の声だった。成熟した、大人の声。 電話の相手は、殺し屋のボス。名前は白猫。本人はこれを本名だと言い張っている。昔、「いくらなんでもその偽名はないでしょう」といったら、「うるさい黙れ。メガネくんのくせに」と叱られた。ひどい。超差別的発言。大問題。だが、皮肉な事に殺し屋はこの言葉でイメチェンを決意した。 「すいませんね。状況把握に時間が掛っちゃって。爆薬多すぎました」 『お前の心配症は仕事を失敗しない秘訣だ。問題はない』 「標的の処理は無論成功です。護衛も含めて13人」 暗殺者は、携帯で白猫に襲撃の成果を報告した。 『ご苦労。こちらでも確認しておく』 2 襲撃を成功させた高校生の殺し屋ヤングガンこと荒崎(あらさき)友(ゆ)紀(き)は帰路についた。京成電鉄に乗って千葉へ。市河駅で下車すると、運び屋が駅から外れた路地で待機していた。ベンツのワンボックスに乗り込むと、中堅犯罪組織『バッドカンパニー』後方支援部の女性運転手――名前は長瀬(ながせ)優(ゆ)枝(え)――がまっていた。 「お疲れさま」 「お疲れっす」 一言だけ交わすと殺し屋はブレザーからipodを引っ張りだしイヤホンをはめ曲を再生。音漏れを気にする事もなく音量は最高に高め。瞼を閉じ、ぐったりと背もたれに沈み込む。かけた曲は、「エミネム」の『Curtain Call』 。友紀の愛するギャングスタ・アルバム。ギャングの真道を行く「エミネム」。恐れを知らない彼に友紀は賛同していた。今流れているのは、このアルバムの11曲目『Mockingbird』。日が暮れ、辺りは静かに漆黒の闇に埋もれていく。ふと友紀は正義について考えだした。 少年少女向けのアニメや特撮ドラマなどで、「この世にははっきりとした正義と悪なんて存在しない」というテーマが流行った時期がある。「正義も悪も、個人の主観や価値観にすぎない」―――判りやすく言えば、そういうことだ。似たようなテーマはちょっと本格ぶった少年漫画でもよく扱う。友紀に言わせればそんなものはくそっくらえだ。正義も悪もはっきり存在する。理性を突き詰めていけば、必ず答えは出る。許せないと思ったら殺すし、感動すれば涙をながす。青臭いとか中学生みたいだとか思われてもきにしない。 ―――正義とは何か? 悪を倒すものだ。 ―――悪とは何か? そんなもの、見ればわかる。人間の邪悪を闇に葬ってきた友紀には、すぐに判る。 「荒崎君、ついたわよ。」 俺は、彼女の一言で瞑想の世界から戻る。すでにマンションの駐車場にワゴンは停車していた。 千葉県窪内市内の友紀の拠点ともいえる家。学校から歩いて10分ほどの12階建てマンション――マンションの名前は「ホワイトキャッスル窪内」--――に到着していた。 長瀬に礼を言うと疲れた体を引きずり304号室にだらしなく戻った。 部屋に入ると、リビングからは騒がしく人の声が響いてきた。その声を聞くだけで仕事と学校で今日一日に蓄積された疲れに拍車がかかり、脱力してしまう。 でも、唯一の家族を疎かにはできない。以前友達に「姉(きょう)弟(だい)っていいよな」と言われたが、友人が想像するほど荒崎家の姉弟は善くない。むしろ最悪だ。 姉二人に弟一人。問題は勿論二人の姉にある。 「・・・・ただいま」 力なく帰宅の挨拶。リビングのソファに長女。台所に次女。いつもと変わらない光景だったが、さらにリビングには知っている顔ぶれがいた。 「おっ!私の可愛い弟が帰ってきたぁ❤」 イタリア製の高級革のソファで優雅に腰を沈め、スラリと伸びた長い脚を組み、片手にワイングラスを持って俺を出迎えたのは最悪の姉1、荒崎(あらさき)琴(こと)美(み)。 一見顔とスタイルを見れば最高級セレブ美女に引けをとらないだけの容姿と美貌を持ち合わせている。問題点は中身だ。その象徴ともいえるのが、琴美には露出狂の癖がり家の中は当たり前、外出先でもかなり際どい格好で出歩く。ちなみに今日はというと、デニム生地のホットパンツに胸元がお大きく括れた白のタンクトップ。タンクトップの胸元には100p級の豊満な胸の谷間が姿をあらわにしていた。この色魔は風呂上りのようで、髪は少し湿っている。でも、この女はこんな些細事でも激しく色気を感じさせてしまう魔性の小悪魔だ。そしてもう一つ、シスコンだという事。・・・・これ以上は触れないでおこう。 「お帰り、友紀ちゃん」 エプロン姿で台所に立つのは二女。最悪な姉2、荒崎(あらさき)射(いる)華(か)。 刺激的すぎる琴美に比べて、射華は中性的なタイプの美女。控え目なのだが、どうしても琴美に引けを取らない抜群のプロポーションと、メガネで隠しているつもりだが、その奥にある隠しきれない絶大な美貌は慈母のような優しく甘い雰囲気を漂わせている。そんな彼女、普段は本当に好い姉なのだが、お酒がはいるとその性格はガラリ変わる。色魔と化した射華は琴美を遥かに上回る最悪の姉へと豹変する。眼鏡が外されたら、覚悟するしかない。 幾度となくこの身を色魔二人に蹂躙されたか、覚えていない。 「お疲れ、友紀」 「よっ!邪魔してるよ」 姉二人の後に声を掛けた二人は俺と同じ制服を着ている。 片方は|小暮塵八《こぐれじんぱち》。黒髪の短髪にメガネの男。長い手足。背は高めで、着痩せするたち。とても呑気で穏やかな顔立ちの17歳。 もう片方は女。鉄(てつ)美(よし)弓(ゆみ)華(か)。髪型は派手なウルフヘアで、色は天然のシルバーグレイ。顔が抜群にいい上に、スポーツ万能、成績優秀。そのおかげで相手が同性でも口説くのに苦労したことはあまりない。だがしかし、長続きしたこともあまりない。女の子大好きな16歳。 二人とも友紀と同じ光善寺高校に通っている。小暮は友紀の同級生で高校2年。鉄美は高校1年生。そして「ハイブリット」の殺し屋ヤングガンだ。 「今夜はどこで仕事だったんだ?」 鉄美が聞いた。 「今日は繁華街の高級ホテルで武器商人の相手。200万のボロイ仕事だよ」 その言葉にウソはない。200万で命がけの銃撃戦はちょいと安い気もする。だが、今回の相手は雑魚だったから安心できたけど、大概白猫さんの依頼は、 「過激派の事務所を一つ潰してくれ」 「ギャラは?」 「200万。時間も人も居ない。友紀一人の仕事になるが頼むぞ」 この後電話は一方的に切られる。しょうがなく行ってみるとプロの傭兵がいたり、凄腕の殺し屋がいたりとか、かなり危ない仕事を任される事が多い。まぁ、それだけあの人から信頼されているんだ。信頼関係の点では弓華も塵八も白猫さんからは絶大な信用があるし、仕事も多い。俺達の稼業は仕事が多くて内容が濃ければそれだけボスに慕われていると考える。俺は塵八を前にすると忘れかけていた疑問を思いだし、塵八に尋ねた。 「そういえば今日殺した武器商人達、見たことの無い拳銃を使っていた。」 友紀は塵八を前にソファに腰を沈める。塵八は鉄砲小僧と呼ばれるほどのガンオタ。友紀の知らない銃種の答えを大体教えてくれる。 「多分南アフリカ製、大振りで角ばったスライドで、大型拳銃だよ・・・」 自分の見た銃を一生懸命に説明する友紀だが、塵八は初めの一事で大体の見当は付いていた。南アフリカの武器商人が好んで使う銃なんて限られてくる。 確信が確定になるある一言が出るのを彼は待っていた。銃を知っているガンマン稼業なら必ず出てくるはずのフレーズを。 「・・・・そう、ベレッタF92に似ていた」 「分かった、南アフリカの兵器メーカーLIW社製、ベクターSP1だよ」 納得した顔で、射華の煎れたコーヒーに口をつけながら頷いた。 そういえば確か、二人にも今日は仕事の依頼が来ていたはず、すかさず俺も弓華に質問。 「弓華、仕事は?」 「こいつと一緒に、鳳凰連合の事務所を一つ。俺が8人、塵八が狙撃で5人だ。」片手に持つグラス傾ける弓華の顔は不満そうだった。 「弓華の奴、最近は渡り合える相手がいなくて飽き飽きしてるんだ」 と塵八。「 「なら、お姉さんが相手してあげようか?」イスから立ち上がった琴美は、挑発的な魔性の瞳で弓華を見つめる。 「げっ!それどっちですか?・・・・どっちにしても、琴美さんの相手は勘弁。」 「じゃ、私は?」とキッチンから名乗り出たのは射華。すると琴美に向けていた嫌悪な視線とは打って代わって甘い視線を射華に向けた弓華。今度はこっちが魔性の瞳に代わっていた。 「射華さんなら大歓迎。今からでも、襲ちゃいたい!!」 「ダ〜メ。スウィートタイムは後で。」ワインのデザートを運んでテーブルに置いた射華は弓華の隣に座ると軽く頬にキス。弓華はそれだけで、いやらしい妄想だけが脳内を支配される。まぁ、それだけ魅力のある女なのだ。 「そういえば、友紀ちゃん。今回はお手柄だったそうじゃん」 「はぁ?」 弓華を構っていた射華の友紀へ放った唐突で意味の分からない発言を聞でとっさに間抜けな声がでる。 「なんだそれ?」 「友紀がやった武器商人、湾岸倉庫と停泊中の貨物船に戦争ができるだけの銃器と弾薬、爆薬や通信装置類まで揃えていたんだって。貨物船の中には旧ソ連製のMi-24Dまであったそうよ。ハイブリッドは大儲け。白猫さんは友紀に礼を言っておいてくれと。」 ちなみに俺が殺した武器商人の取引相手は二人が殺った鳳凰連合の直結の霊波(たまなみ)組だった。
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