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作品名:季節はずれの白い花 作者:甲本 森

第5回   序章 花火

 御子柴泉の住む、兵庫県S市は毎年8月第1土曜日が花火大会で賑わう。
 百合の谷町駅前のマンションに住んで、18年になるが、夫の剛は昨年まで、この花火を見たことがなかった。
 昨年初めて、泉と加古川沿いまで出て、至近距離から、花火を見て、初めてS市民になったような気がしていた。
 泉の方は、うれしさ半分、「なにをいまさら」と、イマイマしく思う気持ちが半分。
剛が今まで、S市を不在にしていたのは、大阪の愛人宅にいりびたっていたからだと、わかっていたからだ。

 田舎の花火大会なので、ありきたりの花火ばかりだが、建物が少なく空が暗いので鮮やかな光の華が咲き誇るさまを楽しめるし、人出が少なく、近くで見られるので、硝煙の焦げたようなにおいや、火がしゅるしゅると黒天に昇って行く音、その軌跡までもを、眼で追うことができた。
 泉は、今でもこの花火の日が、忘れられない。
網膜に焼きついた、花火の残像は、しだれ柳のように、放物線を描いて落ちる光の滝だ。
幕が切って落とされ、より残酷あらわになっていく剛との関係を暗示しているようだった。
始まりだったのである。

 この夏、花火を楽しんだのを皮切りに、剛は、その翌年、愛人宅で、神戸の震災に遭い、S市のマンションを顧みるにいたった。
 そして、マンションに居座っている、いわば家具のような、自分の財産、不動産の付属品のような、配偶者の泉の存在も、無視できないことを、思い至ったのである。

 剛がS市のマンションにいる時間が長くなるにつれて、泉の苦悩が始まった。
 幸いにも、マンションは一日、停電しただけで、建物の被害は、大事に至らなかったが、剛は、無人でなく、震災時に泉がいたことに感謝しないわけにいかなかった。

 剛は、マンションにいる比率が多くなるにつれて、
帰って来てやってるんだよ、 
最近は品行方正になりつつあるんだから、仲良くやろうね、
みたいな態度が大きくなり、それが泉を圧迫した。
 一人暮らしのような日々を過ごしていた泉にとって、土曜日曜は趣味と勉強の日だった。
 主婦バンドでベースを弾き、英検や漢検の勉強をした。
 その貴重な時間に、剛が割り込んできた。
 一人では広かった3LDKのマンションが狭くなり居場所がなくなった。
カウンター式の台所の中で、丸椅子を置いて、座り、トイレで読書をした。
 祭日があって、土日月と3日も一緒にいたら、体が痒くなった。
ダニがいるね
と言いながら、月曜にバルサンを買い、火曜にバルサンを炊いた。
 で、また次の土曜日曜には痒くなった。
 また、月曜にバルサンを買い、火曜にバルサンを炊いた。
 何度か害虫駆除を繰り返し、ダニは剛だと気づいた。
 泉は、このままでは、病気になると感じた。


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