2008年9月25日
透き通るように白い壁、壁、壁。
私がパークホテルを前にして最初に目に入ったのはこの乳白色の、水面のように透き通る壁だった。 日の光を浴びて冷たく輝くその壁面は私たちをまるで映し出すかのように磨かれていた。 まるで地中海沿岸に立ち並ぶ砂糖菓子のような家々と同じ白さ。 数日間降り注いだ雨の匂いがまだ残るなか、その乳白色の壁はこの世の神秘を自らに溶け込ませて、そっと私たちを迎え入れた。 「想像していたよりずっといいところだな」 葛西はそう言って私たちの方を振り向いた。 私はうなずく。 一泊5000円もしない宿だと聞かされた時にはどんな古びた建物が私たちを待ち構えているんだろうと身構えていたが、見る限り全く悪くなさそうだった。 「うん、思ってたより全然いい」
アユキもそう相槌を打つ。 彼女は私たちの荷物の中でもひときわ大きいトランクにもたれかかりながらパークホテルを見上げた。 「見かけ倒しじゃなければいいんだけど」
「羊頭狗肉ってやつね」 晶はそう言って一歩前に出た。 それはちょっと違うんじゃないだろうか? 「なんにせよ、中に入らなきゃ分からないじゃん」 私たちは頷いた。 晶はトランクを引きずりながら先に中に入っていく。 目を惹く壁面とは打って変わって扉はこじんまりとした木枠で覆われた、なかなかに地味な建付けだった。 背の高い晶の背だと頭がついてしまいそうなくらい小さな扉だ。 晶は窮屈そうに扉をくぐった、亜由紀がそれに続く。
私たちの中で一番旅行慣れしてるのは晶で、やっぱりこういう時には頼りになるな、私は扉をくぐりながらそう思った。 今回の卒業旅行も企画したのは葛西だけどホテルの下見やバスの予約とか、そういう実務的なことをしてくれたのはみんな晶だ。 彼女はいつものように早口で受付の人と話している。 髪を赤く染め、身長が180近くある彼女が腕を組みながら早口でまくしたてる様は恐喝してるようにすらとれてしまう。 受付に立っている初老の男性は何度も恭しく頭を下げながら、彼女のことを上目づかいでうかがっている。 無理もない、私たちも初めは気おされてまともに晶とは話せなかったのだ。
ホテルの中は外観ほどではないけれど、それでも粋をこらした清潔感のある空間だった。 ロビーにはグレーのソファが4つあり、ガラスのテーブルがそれらの中心に据わっている。 やや鋭い照明がそれらをくまなく照らしていた。イスラム風の絨毯が玄関からずっと続いていて、晶の足元まで伸びている。 受付から向かって右は大浴場へと続いているらしく。殿の湯、姫の湯と書かれた案内板が置かれていた。 左手にはまたまっすぐと廊下が続き、ロビーと同じ絨毯が敷かれている。 きっとそこに客室が続いているんだろう。 葛西と青山、それからリオはソファに腰掛けてロビーの様子をうかがっている。 アユキと慧子は晶の隣で受付の人の話を聞いている。 背が低い二人は晶の隣にいるとまるで親子のようだ。 受付の向こうには随分と年輪を重ねていそうな柱時計があって、銀色の振り子が一定のリズムで揺れていた。
「おーい、葛西」
晶は振り返って葛西を手招きした。 「私ら角部屋でいい?」
「ああ、いいよ」
「ほい。それじゃあこれ鍵、311号室。女子部屋は312号室だから」 晶はそう言って葛西に鍵を渡した。
「サンキュ。それじゃ荷物置いたらこっちの部屋に来いよ」
「んー、了解」 晶はそう言って受付に向きなおった。 「それじゃ、二日間お世話になります」
「ごゆっくり。夕食は7時から二階の芙蓉の間になりますので」 受付の男性は恐縮しながらそう言った。
「それじゃあ一旦解散ということで。それじゃまた。そうだ、慧子。あたしじゃ鍵無くしちゃいそうだから預かっといてよ」 晶は言った。
みんなで階段を登る途中、踊り場に窓があって外に海が見えた。 海を見たなんて何年振りだろう。 私はふと足を止めて海を見た。 夜が近まり赤く染まり始めた太陽が海面を橙に染めていく。窓から差し込む光は私たちを照らし、私たちの影を階段に張り付けさせた。 オレンジに染まる海の向こうには煙のように濁った雲がいくつか見える。 もうじき、それらは太陽を飲み込んでしまいそうだった。
「そう言えば明日台風がこっちの方に来るんでしょう?」 アユキが言った。 「外れるといいのに」
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