「それ、メリー・ポピンズの真似?」 風を受けた赤い傘が、柄を支点にひゅんと揺れる。 「いいや、俺は俺」 答えになっていない、と兄は嘆息する。しかし慣れている。弟の奇矯は今に始まったことではない。 「ゆかりちゃん、どうした?」 「昨日殺した」 「で、その傘は?」 「ゆかりからもらった」 奪ったの間違いなのに、弟はしらりとかわす。 海風が鼻腔をくすぐった。地下暮らしの長い兄弟は、わずかにざわつく凪波と肌をべとつかせる潮風にいつまでたっても違和感が拭えない。 「ゆかりちゃん、いい子だったのに」と追悼の意を込めて、兄は白い髪の少女を思い出し始めていた。 弟が屠った少女は、白子というのか、眉や睫毛までもが雪のように白く、ただ一点両眼の虹彩のみが淡く紅かった。そのせいか、眩しいと言っては弟とシェルターにこもりがちで、数少ない兄弟の邂逅を幾重にも阻んだ。しかしそれを兄はうらんではいなかった。いつか兄弟は離れていくものだから。 ただ唯一、兄が少女と語らいを持てたときがある。そのとき少女は、この世界は常に水平方向へ揺れていると教えてくれた。それが仮に体質からきた話だとしても、兄は彼女の話から創造した振り子の世界を、しばらくの間こよなく愛したものだった。 やもすれば飛びそうな傘を、弟は両手でしっかりとらえて離さない。青い世界に、赤は邪魔者だ。 「なんで殺したの? もったいない」海からの風が兄の髪を吹きぬけた。「もう少し辛抱していれば、かなり美味しく育っただろうに」 「わかってるくせに」弟は傘をかざしながら鼻で笑った。そして口を開く。「だってゆかり、兄貴のこと好きになってきてたしね」
■画像投稿SNS「pixiv」 http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=1553025 嶺様作品「いつかどこかでまたお会いしましょうぜ。」よりイメージ。
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