目と目が合うと、豊田はえへへと笑って、空へ視線を飛ばした。 「だってさ、羨ましくなっちゃうじゃん。アンタ、明日にはもう宇宙なんでしょ?」 夕焼けの光が雑居ビルの窓に映りこんで、そこかしこを暁色に染め上げている。 NASA所属の宇宙飛行士としてロケット搭乗すること数年。僕にとって今回の一週間の日本滞在は、やっかいな業務絡みとはいえ、待ちに待った久しぶりの休暇と同義だった。 「うん、JAXAでの研修は先週終わったしね」 そう言うと、豊田はふうんと一息ついて自分のうなじに手を入れる。「アンタ、なんかすごい人になっちゃったんだね」 持ち上げられた髪は、学生時代よりもはるかに長くなっていた。なんだか目が眩む。 「柴田さあ、アンタ本当に私の幼馴染み?」 思いもかけない言葉に、俺はしばし憮然となる。「なんだよそれ」 「だってさあ」と豊田。足元には破れた週刊誌が転がっている。 「普通幼馴染みの口からNASAとかJAXAとかって言葉がポンポン出てくるようになるとは思わないじゃん。今アンタがそういう言葉を発するたびにさ、死体洗いなんかやってる自分が、ホント平凡でちっちゃい一地球人でしかないんだなあとか思っちゃう」 ちっちゃい一地球人――。 わずかな太陽を残した通りを、俺たちは沈黙したまま歩いていった。 俺は腕をずらして、黙ったままの豊田をそっと覗き見た。羨望というか卑屈というか、自分の発言に嫌悪を感じているのだろう。遊びのない表情の彼女は、オレンジ色の光を受けて、キラキラと輝いている。 そんな彼女を見て、ついえげつないことを考えてしまう男の俺は、この時ばかりは浅ましく恥ずかしい生き物に成り下がる。 と、豊田がくすりと笑った。「ごめん、悪かった。久しぶりなのにね」 「そんなことないよ」俺は、豊田の人間らしい気持ちを決して否定はしない。 「確かに俺は運よく宇宙飛行士なんてカッコイイでたらめ職業に就けたけどさ」 髪をかき上げた豊田は相変わらず黙っている。 「本当はさ、選ばないことが一番楽で難しいんだよ」 昔から友情と性別は年齢に没交渉だと思っている。 「――勝ち組の発言だね」 しかし。――いつだって、彼女は、正しい。 夕日を受けて隣を歩く豊田は、俺の中の大切な時間を裏切るかのように、地表を彩る綺麗な女性になっていた。
■画像投稿SNS「pixiv」 http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=163900 華尾様作品「片隅の記憶」よりイメージ。
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