それは、イージィが生まれるよりもはるか昔から常に天にあって、一本の糸で地上と結ばれているものだ。
「イージィ、引っ張っちゃいなさいよ」そう言うとやや強引な親友は、黒く濡れた鼻をひこめかす。「そうでないと、雨がきそうだから」 「そんなこと言われても」困ったというように、赤毛の少女。すでに本人の毛がついてしまったスコーンを半分に割って、足元に座っている茶色の犬に渡した。 「ダメよ、多分」空になった手をはたいて。「だって怖いもの」 スコーンを受け取ったジェーンは、落ちそうなそれを一度咥えなおしたものの、行儀悪くがつがつと頬張るようなことはしなかった。きょろきょろと辺りを見回し、しかし諦めたように足元に置く。地面への直置きが嫌なのだった。溜息をついた。 「まったくあなたはいつまでたっても臆病者なんだから。私がヒトだったら、ためらいなくやっちゃうのにね」
天空に浮かぶ、蝉の抜け殻。その尾の部分から垂らされた銀の糸は、夕日の反射を受けて鈍褐色に輝いている。 両親に手を引かれた幼いイージィが初めてこの街にやってきたとき、街は豊かで活気に溢れていた。 しかしその両親も今は亡く、街も年老いてくたびれ果てている。 変わっていないのは、あの天に浮かぶ不思議と銀の糸だけだ。 ジェーンがイージィの赤い上着を引っ張った。「ほら、早く!」 「ジェーン、そそのかさないで!」イージィが慌てる。「いけないことだって言われてる!」
と、その時、不意にそれは起こった。 「ああほら、早くしないから」ジェーンが尻尾を下に降ろした。「御使いが来ちゃったじゃないの」 雲の透けるほどに美しい褐色の尾尻から、青黒いざわめきが降って来る。
夕暮れの侵食を背に受けた、千も万もの鳥であった。
■画像投稿SNS「pixiv」 http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=1746331 平沢下戸様作品「バードランド」よりイメージ。
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