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作品名:【 10分修行 】 作者:吉田萌梨

第1回   001- 面倒な。
 深月にとって、今回の案件は電話応対ほどには勇気のいらない仕事であった。
「これをお好きなように塗りつぶしてください」
 足元にはごく一般的な模造紙が十数枚。端と端をテープで貼り合わせ、床一面に敷いてある。
 壁には砂漠。テレビでしかみたことのない悠久の大地は、あたたかな色をともした月を浮かべて、深月の前に立ちはだかっていた。
 真意の見えない注文に、改めて深月は床を指差した。「これを、全部、ですか……?」
「はい、あなたのお好みのままに」黒づくめの老女はそう頷くと、目元のショールを深々と巻きなおした。「ただし、約束の時間までには必ず終わらせてください」

 さて、どうしよう。残された深月は、とりあえず白い床に胡坐をかいてみる。その瞬間、靴のかかとが引っかかったのか、白紙が派手な音を立てた。
 慌てて深月は立ち上がった。足元を見直す。よかった、破いていない。安堵の溜息を一つ。そして髪をかき上げると、らしくなく首を左右にひねって凝りを確かめた。
 困ったどころではない。適当とか適度といった曖昧な作業が死ぬほど苦手なのだ。しかも創造力をはたらかせるだのといった分野は、理論先立つ理系人間の深月にとって完全に範疇外なのだった。
 先日の死体安置所の仕事の方がやり口が明確な分、まだやりがいがあったというもの。
「……こりゃ、リノリウム張りの床より始末が悪いわ」
 胸ポケットから取り出した煙草に火をつけて、軽く一服。灰は絶対に落とせない。





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 オイスター様作品「無題」よりイメージ。


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