ピピピッ
ピピピッ
ピピピッ
パシッ
爽やかな朝に響き渡る不愉快な電子音を止める。 朝の恒例の行事だ。
「ん〜・・・あと5分・・・」
これも恒例の台詞。 5分と言わず10分でも20分でも寝ていたいけど・・・ そう思いながら布団から伸ばした手を引っ込めて再び丸くなる。
「つかさ〜!起きなさ〜い!遅刻するわよー!」
そして毎日この声で起こされるのだ。
『 青い軌跡 』
〜〜 01.新しい一日 〜〜
「おはよ!」
「おはよーさん」
「あはは、おはよー」
いつも通りの朝の挨拶を済ませ、 迎えに来てくれた友達と一緒に登校する。
俺の名前は『神代つかさ』。 家から歩いて10分の所にある真新しい学校「星稜学園」の生徒だ。 去年の12月29日に14歳になり、今日から3年生になる。 血液型はO型。 身長は152cm そして、喋り方に難があるが・・・一応女だということを付け加えておく。
「あー今日もカワイイなぁ!うりゃ!」
「ちょっ!こら!抱きつくな!」
「つかさがカワイイのがいけないんだからねっ」
「意味わかんねーよ・・・」
毎朝意味の分からない上に、この上なく理不尽な理由で抱きついてくるこいつは『相沢香奈子』 小学校からの腐れ縁だ。 俺と同じ14歳中学3年生。 誕生日は12月31日。 血液型A型。 スリーサイズと体重は同性であってもヒミツらしい。 天真爛漫で人柄も良く、昔から誰にでも好かれる奴だ。 陸上部に所属していてスポーツ万能。 身長は160cm前後。
少し俺より背が高いからってバカにしやがって・・・
「お前ら・・・毎朝毎朝飽きないな。」
「うるへー。俺は被害者だ!文句があるなら香奈に言えよ。」
「お前が嫌といえばあいつもやめるだろう。」
「そんなのわーってるよ・・・」
呆れた表情を浮かべながら至極当然のツッコミを入れてくるのは『古谷一樹』 こいつとも小学校からの付き合いになる。 11月13日生まれの14歳、中学3年生。 血液型はO型。 年齢よりも大人びて見えるのは、その落ち着いた性格のせいだろう。 身長は180cmくらいでサッカー部に所属している。 友人の俺が言うのも何だけど容姿は人並み以上だろう。 そのおかげか女子の間では人気があるようだ。 サッカー部ではキャプテンを務めているのもその人気に拍車をかけている。
「つかさは嫌じゃないもんねー?」
「うるさーい!歩きづらいから離れろって!」
「ちぇーっ、でも嫌って言わない所がカワイイなぁw」
こいつには何を言ってもきっと無駄だ。 どうせまた明日も意味の分からない理不尽な理由を付けて同じ事を繰り返す。 俺にはその光景が安易に想像できた。
「はぁ〜・・・俺も一樹くらい身長があれば香奈もこんなに生意気にならなかったろうなぁ」
少し前を歩く一樹の背中を見てそんな言葉が口から零れた。 本当なら今頃、俺もあいつと同じ目線で肩を並べて歩いていたのかもしれない。 そう思うと・・・少し切なくなる。
本当なら・・・その言葉の意味を説明するには少し時間を遡る必要がある。 あれは2年前。 同じ小学校に通う俺たち3人は地元に新しく建設された星羅学園入学することになる。
高校の校舎は昔からあったのだが、その敷地内に新しく中学校舎が建ち、俺たちは記念すべき新入生第一号となった。 中学受験だったがそれほど敷居は高くなく、俺と一樹は受験テストに確かな手応えを感じていた。 ただ、香奈は勉強があまり得意では無かったのでヒヤヒヤさせられたが終わってみれば全員合格。 華々しく3人そろって入学式を迎えるはずだった。
だが、そこで思わぬハプニングが俺の身体を襲った。 原因不明の腹痛により倒れた俺は両親に抱えられて病院に運び込まれたのだ。 診断の結果は、性染色体異常による仮性半陰陽だと告げられた。 最初は何を言っているのか全く理解できなかったけど・・・。 要は俺の体は外側は男だったけど、中身は女なんだそうだ。 そして成長するに連れて本来の性別であった女としての成長が進み、 その体のすれ違いが激痛を引き起こしたのだ。
13年間男として生きてきた俺には理解できなかった。 そりゃ突然「今日から君は女の子です」って言われて「はい分かりました」って納得できるわけがない。 当然、何とか男のままで問題を回避したかったが・・・
「つかさ君には、手術を受けて女の子になって貰う事が一番適切な処置だと思います。 幸い、まだ二次成長も進んでいないようですし、身体への負担も少なく済むでしょう。 もしこのまま男の子として生きていくなら・・・それなりのリスクを覚悟しなければなりません。」
先生の診断は残酷なものだった。 その説明だけで到底納得する事は出来なかったが、両親と先生による長い説得の末に手術を受けることになった。
あの時から俺は・・・少しも成長していない。 未だに自分の中で女になることにふんぎりがつかず、将来の事もなるべく考えないようにしていた。 とはいえ、肉体的には女性になってしまったので否応無しに女として生きていく術は身についた。
「なーにボーっと一樹の背中見てんのよ?」
「え?あ、いや、そんなこと無いぞ?」
「あやし〜・・・はっ!分かった!」
「・・・はぁ?」
「うんうん、つかさもそういうお年頃かぁ〜」
「お前、絶対勘違いしてるからな」
「いいからいいから、香奈ちゃんに任せなさい!」
「お、おい!意味わかんねーよ!」
一樹の背中を見ながら昔の事を思い出していた俺を見て、アイツは何か良からぬ勘違いをしている。 任せなさい!とか言いながら一樹に駆け寄る香奈の後姿を見ながら呆れて言葉も出ない。
「ちょっと一樹!つかさがアンタに惚の字だってよ!」
「お前らの悪ふざけに付き合ってる暇はねーよ」
「ちょ、何よそれ!つかさの一世一代の告白を無碍にする気!?」
「はぁ・・・」
ため息を吐きながら振り返った一樹と目が合った。 こうも付き合いが長いと目だけで意思の疎通が出来るのだ! アイコンタクトってやつね。
(つかさも、香奈と変な遊びするのはやめろよな)
(ちげーよ!そいつがアホの子なのは知ってるだろ!?)
(兎に角、誤解ならちゃんと解いとけよ)
僅か5秒の間に行われた高度なアイコンタクトを終えると、すぐ横に香奈が戻ってきていた。
「聞いてよつかさー。一樹ったらつかさの告白を無視するんだよ? 小学校の頃はあんなに優しくて可愛かったのに、最近冷たいよねぇー」
「・・・言いたい事はそれだけか?」
ポキッ!ポキッ!
両の拳をポキポキと鳴らしながら香奈の事を冷めた目で睨み付ける。 向こうより10cm近く身長が低いので迫力は無いが、 香奈は俺の表情に怯えているようだ。
「ちょ、ちょっとタンマ!ごめんなさい!ふざけすぎました!」
「問答無用!こめかみドリルクラッシャアアアアア!」
そう言いながら香奈のこめかみに拳を突き立ててグリグリと回す。 余りにも安直なネーミングセンスには触れないで貰いたい。
「キャーーーーー!ギブギブ!」
「バカな事言ってないで大人しくしてろっての」
「うー・・・暴力反対ー・・・」
そんなやりとりをしていると、学校の正門が見えてきた。 大きく『星稜学園』と書かれた正門を抜けるとだだっ広い敷地に聳え立つ中学校舎が目の前にある。 この学校も今年で築3年。 つまり俺たちと同級生になるわけだ。
この敷地内は他にも高校校舎が建っているが、ほとんど交流は無い。 その間を行き来するのは教師達くらいだろう。 部活においても授業や行事においても完全に分離されている。 だからって別に不満があるわけじゃないし、内申でよっぽど悪い点を取らなければ自動的に高校に入学できるので 来年には俺たちもあそこに行くようになるだろう。
そんな感慨に耽りながら下駄箱に向かっていると香奈が何やら急に騒ぎ出した。
「あ、あそこでクラス割が発表されてるよ!」
「お、本当だ。香奈見てきてくれよ。」
「だーめ!皆で一緒に見に行くの!ほら、一樹も行くよ!」
「へいへい・・・って、つかさはそこから見えるか?」
そうなのだ。 朝のクラス割発表と言えば注目度ナンバーワンのイベント。 そこに人が集まるのは道理。 つまり、何が言いたいのかと言うと・・・
「・・・見えない」
「はぁ、こりゃギャラリーが散るのを待った方がいいな」
「えー!気になるよーう・・・どうにかここから見えないかなぁ」
と、香奈がすごい目つきで奥の掲示板に張られているクラス割の用紙を見ているが、距離にして3メートル。 小さく羅列された名前を探し出すのは常人には不可能だろう。
香奈・・・お前にもっと知恵があればな・・・ そう思いながら、ただ人込みが解消されるのを待つ事しかできない。 いや、それが正しい行動だろう。 一樹も動く気は無いみたいだし。
そうしてる間に、2年の時同じクラスだった生徒から何回か挨拶された。
「神代さん、おはよう」
「おはようございます(笑顔)」
「神代さん、おはよ!」
「えぇ、おはようございます(笑顔)」
同じクラスだったのにほとんど名前も覚えていなかったが、当たり障りの無い挨拶を返す。 それを一樹がじーっと見ている。
「な、なんだよ・・・」
「いや、お前って本当に優等生の仮面被るの得意だよな」
「うるさいな、処世術だよ」
「笑顔で人を騙しそうだな」
「なんか言ったか?」
そうなのだ。 俺は他人の前では完璧な優等生を演じている。 別に見栄を張りたいわけじゃない。 ただ、この姿で生きるにはそれが一番楽なのだ。 深く関わらず、浅く付き合いながら評判も上げる。 そうする事によってしつこく、深くつきまとう奴は居なくなったし、 教師達からの評判も上々で、結果的に自身を守ることになった。
俺の素性は特殊すぎる・・・だから気軽に他人に話せることでは無いし、 他人に干渉されたく無い部分なのだ。 そんな感情がこの仮面を作りあげた。
「無理をするなよって言った」
「・・・サラっと嘘をつくな」
一樹はこういう些細な所で気にかけてくれたり、助けてくれる。 頼もしい親友だ。
「あ、ほら、人減ってきたよ」
「そうだな、どれどれ・・・」
うちの学校は、一学年につき4クラスある。 その中で3人が同じクラスになる確率は低いはずなのだが1年2年と共に3人は同じクラスになった。 どんな因果があるのか、俺たちの関係は切っても切れないんだろうな。
「あった!私Aクラスだよ!」
「・・・俺もAだな」
香奈と一樹はAクラスだった。 俺の名前は・・・
「神代・・・神代・・・Aクラスには無いな」
「えええええええ!」
俺の横で香奈が大声をあげて驚いている。 一樹も軽く驚いた表情をしている。 まぁ、そりゃ確率の問題だし・・・外れる時もあるだろう。 そんなに残念がっててもしょうがないし、とりあえず自分のクラスを探さないとな。
「Bにも無い・・・Cにも無い・・・Dにも無いぞ?」
「え?どういう事?つかさ退学になっちゃったの?」
「よしよし、君は頭の足りない子だなぁ。本人に何の説明も無しに退学になるわけないだろ? 俺はちょっと職員室に寄ってクラスの確認をしてくるからお前ら先に行ってていいぞ」
「ちょ、どういう事!?クラス違ったらどうするの!?」
「先生達のミスだろ。クラスが違っててもどうもしないから先にAクラスに行っててくれ。 ほら、一樹!頼んだぞ!」
「了解」
俺は未だ騒がしい香奈をさっさと教室に連れて行くように指示し、職員室に向かった。
「ちょっと待ってよ!一樹のバカバカバカ!つかさとクラス違っちゃうかもしれないんだよ!?」
「バカって言うな。俺はお前より学年順位は上だ。とにかくもうHRが始まるから行くぞ」
「うえ〜〜〜〜ん」
コンコン
「失礼します」
1Fにある職員室に行くとHRの直前という事もあって中は慌しい様相だった。 そんな中2年の時の担当の先生を見つけたので話を聞きに行く。
「あの、先生。宜しいですか?」
「あぁ、神代か。どうしたんだ?」
「今朝、掲示板に張られているクラス割を見たのですが私の名前が何処にも無いんです」
「ふむ、すまんな・・・きっとこっちのミスだろう。今確認してくるから待ってなさい」
そう言うと先生は机の引き出しから名簿のような物を取り出した。 この先生は学年主任だから話が早い。
「あったあった・・・神代のクラスは・・・ココだな」
先生は名簿に書かれた俺の名前を指さしながら、その隣に書かれたクラス名を確認させてくれた。 よし、もうそろそろHRが始まる。 急いで教室に向かおう。
「ありがとうございました先生!それでは失礼しました」
「あぁ、こちらこそ悪かったな。後、廊下は走らないようにな」
その忠告に笑顔で返し、静かに扉を閉めて職員室を後にする。 さっきの名簿通りなら学年主任の先生のクラスでは無いので、もう先生は教室に着いてるかもしれない。 何はともあれ事情を説明すれば特に問題ないだろう。
幸先不安な新学期になっちゃったなぁ
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ガラガラガラ
先ほど学年主任の先生に教えてもらったクラス『3−A』の扉を開ける。 教室を見回すとほとんどの生徒が席に着いている。 だが、教壇には先生の姿は見当たらない。
よしっ、間に合った。
心の中でガッツポーズをしながら黒板を見るとそこには席順が書かれていた。 どうやら名前順で座っているみたいだ。 そうなると、最前列にはあいつが居るはずだが・・・
「あー!つかさ!やっぱりAクラスだったんだね!」
「おはよう。香奈子」
予想通り。 こいつの苗字は名前順に並ぶと確実に先頭なのだ。 全国の相沢さんも共感してくれるに違いない。
そして優等生スマイルを浮かべながらそつなく挨拶を済ませる。 香奈は何か言い足りなそうな顔をしていたが私は自分の席へと向かった。 私の席は香奈より4つ後ろにある。
やれやれ・・・朝から無駄に歩き回ったな。 おかげでもうHRが始まる時間じゃないか。 って、流石に先生もそろそろ教室に着いてないとマズいんじゃないか?
腕時計を見ると、時刻は8時30分。 他の生徒達も「先生はまだか?」「今度の担任は誰なんだろ〜?」等とざわついている。 ちなみに余談だが、この腕時計は14歳の誕生日に両親に買って貰った物だ。 茶色い革のベルトに小さめのシルバーの時計部分。 シンプルだが可愛らしく、いかにも女性向けなデザインだ。
俺だって本当はGショックとかそういうのが欲しかったさ・・・ けど、うちの両親は俺が倒れた時こそ大慌てしたものの、 いざ退院するや否や「お母さん実は女の子が欲しかったのよ♪」なんて言う始末。 それ以来、俺は母さんの着せ替え人形状態。 父さんも満更じゃなさそうだった・・・
っと、もうそろそろチャイムが鳴る時間だな。 本来ならば教師は教壇で準備を済ませ、チャイムと同時に朝のHRを始めるはずなんだけど・・・
『キーンコーンカーンコーン♪』
『ガシャン!!』
「セーーーーーーーフ!!!!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・ハッ!
あまりにも衝撃的過ぎて言葉を失ってしまった。 教室を見回すと他の生徒達も唖然としている。 何が起きたのか説明すると、チャイムが鳴った後『ガシャン!!』で扉が勢いよく開き、 教師だと思われる女性が開口一番「セーーーーーーーフ!!!!」と大声で叫んだ後微動だにせず立ち尽くしている。 ていうか、チャイムの後じゃアウトだろ。
「チャイムが鳴ってる間ならセーフ!」
さいですか・・・ 誰も声に出してツッコまなかったが、丁寧に補足して説明してくれた。
「さぁ、HR始めるわよー。じゃあそこのアナタ、とりあえず代表で号令お願いね。」
「え!?私ですか?」
いきなり指名されたのは我らがアホの子代表相沢香奈子。 出席番号一番で一番前に座っていたが為に指名されたようだ。 哀れなやつめ・・・
「えーと・・・起立!礼!」
「はいっ、皆さんおはようございます。まずは自己紹介を・・・」
カツカツカツ
「私の名前は七瀬舞!今日から皆の担任になります!よろしくね♪」
『ウオオオオォォォォ!!』
「こら!そこ!机の上で踊らないで!」
『ヒャッホーーーーゥ!!』
「男子!人間ピラミットを組むのをやめなさい!」
教室では男子が大盛り上がりしている。 それもそのはず、七瀬先生は去年赴任してきたばかりの新米教師で、 23歳と断トツに若く、背も低くて童顔で可愛らしい人なのだ。 女子からも人気で、皆のマスコット的な存在になりつつある。
「と、とにかく!今日は始業式があるのでHRはこれで終わります! それじゃあ体育館に移動するので廊下に並んでくださーい!」
『はーい!』
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
それから50分程の始業式を終えて教室に戻ってくる。 始業式は終始長ったらしい校長の話が続いて皆死んだような目をしている。 まぁ校長の話なんて聞いていて楽しいものじゃないしな。
「あ、つかさ。今日これからどうする?」
「どうするって、始業式が終わったら帰るだけでしょ?」
「そうじゃなくって!今日は午前中で終わりなんだから午後は暇でしょ?」
「暇じゃ無いから遊びには行かないよ」
「えー、誰も遊びに行くなんて言ってないのに・・・」
「じゃあ何?」
「買い物に行こうよ!駅前のショップでカワイイ洋服見つけたんだ〜」
「却下。っていうか遊びも買い物も一緒でしょ」
「うぅ〜、最近つめたいぞー」
「春休みに散々遊んだでしょ?終いには香奈子の宿題も手伝ってあげたし」
「そだっけ?」
「・・・」
鋭い目つきで香奈を睨み付ける。 恩を忘れるような奴には灸を据えてやらないとな。 今朝の悪夢を蘇らせてやろう。
「ちょ、ごめ、待って!無言で拳をグリグリしないで!」
「分かれば宜しい」
「それ本当に頭が痛いんだからやめてよぉ・・・」
「香奈子が変なことしなきゃやる必要もないのにね」
「うー」
そんな事をしていると七瀬先生が教室に戻ってきた。 七瀬先生を見るといつも思うんだけど、先生が制服を着ていたら確実に生徒に間違えられると思う。 でもそんな事言ったら怒るだろうなぁ・・・それもまた可愛いんだろうけどw
「はーい、皆席に着いてー」
『はーい』
「それでは今日はこれで終了になりますが、早く終わったからと言って制服のまま寄り道してはいけませんよ?
どうしても遊びたい人は一度帰って着替えてから遊びに行きましょうね」
『はーい』
「宜しい!では相沢さん、号令をお願いね」
「あ、はい。起立!礼!」
席を立って礼をする。 皆がこれほどまでに素直に言う事を聞くのも七瀬先生の人柄に因るところなのだろう。 なんというか守ってあげたいと思える人なのだ。 先生としてそれじゃいけないんだろうけどねw
「つかさー、帰ろう〜」
「一樹は?」
「部活じゃない?」
「なるほど」
HRが終わるや否や真っ先に俺の所に香奈が駆け寄ってくる。 基本的に香奈と帰るのは毎日の事なのだが 教室を見回すが既に一樹の姿は見当たらなかった。
そうか、春休み中も部活があったみたいだし今は大事な時期なんだろう。 星稜のエースも大変なんだなぁ。 まぁそんなわけで、一樹と揃って3人で帰ることはあまり無い。
「んじゃ、帰ろうっか」
「お〜〜〜」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
side:一樹
帰りのHRも終え、早々に部室にやって来たがまだ誰も来ていないようだ。 今うちのサッカー部は夏の全国大会に向けて皆がむしゃらに練習している。 春休み中にも合宿があったし、これからもしばらく忙しいだろう。
本来なら3年生にもなると受験勉強等に追われる立場であるが、 我が校はエスカレーター式になっているので高校進学もよっぽど内申が悪くなければ安泰だ。 まぁその点は平均以上にやっているから安心だろう。
「ちーっす」
「お、もう来てたのか」
「あぁ、HRがあっさり終わったからな」
そこへ二人の生徒がやって来た。 同じ3年だがクラスは違う。 二人は荷物をロッカーに仕舞うと着替えを始める前に俺に詰め寄ってきた。
『お前Aクラスだったよな!?』
「あぁ、そうだけど」
『くぅ〜!羨まし過ぎるぞおい!』
「なんだよいきなり・・・」
『だってAクラスと言ったら、我らがマドンナ神代つかさとまた一緒のクラスなんだろ!?』
『しかも担任が舞ちゃんだって!?』
『『なんでお前だけそんなに恵まれてるんだあああぁぁぁ』』
「はぁ・・・なんだよ、そんな事か」
どうやら朝のクラス割表を見て学年中に伝わったらしい。 俺は大袈裟にため息をついた。 本当にくだらない・・・あいつがマドンナ? こいつらはつかさに良い様に騙されてる。
まぁ、あいつの完璧な優等生の仮面と容姿等から学園ではかなり人気がある。 野郎曰く、あの小柄で可愛らしい容姿とお高く留まったクールさのギャップが堪らないんだそうだ。 実際にあいつに告白して撃沈した奴らを何人も見て来たのだからその人気は確実なものだろう。
それに加えて七瀬舞先生だ。 生徒からは舞ちゃんと呼ばれるほど親しまれている。 別に俺は何とも思わないが他のクラスの野郎共は腑に落ちないらしい。
『そんな事って言うな!』
『そうだぞ!俺のクラスなんて美少女はおろか担任までカネゴンと来た!』
「そんなの授業にも部活にも関係ねーだろ」
『関係大有りだこの野郎!』
『分かってない!分かってないぞカズ!教室に二人もアイドルが居るその恨めしい、否、羨ましい環境を!』
『はぁ〜、その教室の空気吸いて〜』
「・・・」
補足だがカネゴンとは金子先生という中年のビール腹が目立つ国語担当の先生だ。 こいつらもここまでバカだとはな・・・放っとこ 俺は着替えを済ませて部室を出る。 部室からグラウンドまで行く途中に玄関を通るのだが、そこに見知った顔があった。 つかさと香奈だ。 足を止めて手を上げながら声をかけた。
「気をつけて帰れよー」
「あ、一樹!ばいばーい!」
「さようなら、一樹」
振り向いて元気一杯に返事を返す香奈と 優等生の仮面を被ったままのつかさの姿を後にしてグラウンドへと走っていく。 あいつも本当見栄っ張りだよな・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
side:つかさ
玄関で一樹と別れてから二人で校門を出る。 朝と同じく10分くらいの通学路を香奈と歩いて帰った。 香奈の家は我が家のすぐ近くにある。 親同士もよく知っていて、小さい頃から家族ぐるみで付き合いがあるのだ。 女になってからも色々お世話になったっけ・・・
「それじゃ、私こっちだから」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
「もう目と鼻の先だから大丈夫だよw」
「分からないぞ?最近この変に変質者が出るってもっぱらの噂だからな」
「それって身長150cmくらいで美少女なのに男口調だったりしない?」
「さぁ、そんな人間が居るなら会ってみたい気もするな」
「国宝級にレアだよね!」
「うっせ、アホな事言ってないで早く帰れ」
「あはは、じゃあまた明日ね〜」
我が家の手前の角で香奈と別れる。 家もここから目と鼻の先だ。 一樹の家も近いから小さいころから良く3人で遊んだもんだ。
最近は一樹の付き合いが悪いので3人揃って遊ぶ事はほとんど無い。 まぁあいつにも男同士の付き合いがあるのだろう。 本来ならその付き合いの中に俺も入っていた筈だ。 俺が男のままだったら・・・
「あーもう!やめやめ!」
頭をぐしゃぐしゃと掻きながら今考えていたことを振り払う。 もう男には戻れないって諦めたんだ。 なのに・・・
「女々しいよな・・・」
でも今の俺は女だから別にいいのか? よく分からない・・・
そんなことを考えていると我が家が見えて来た。
「ただいま〜」
帰宅を知らせる声に帰ってくる返事は無い。 うちは両親共働きの家庭なので致し方ない。 と言っても母さんはパートなので5時くらいには帰ってくるし、 父さんも特に帰りが遅くなることはあまり無いので7時くらいには家族全員が揃っている。
靴を揃えて置いてから2階へと向かう。 階段を上って突き当たりにあるのが俺の部屋だ。 扉を開けると鞄を放り投げ、ブレザーをハンガーにかけてそのままベッドに飛び込む。
「ふぁ〜、疲れた」
枕元に置かれた時計を見ると時刻は11時前。 突き刺すような陽射しが部屋を明るく照らしている。 パステルイエローを基調としたシンプルな部屋だ。 俺にはぬいぐるみを集める趣味も無いし、なんでもかんでもピンクで揃える趣味も無い。 女の子の部屋としてはサッパリしすぎているのかもしれないが、俺にはこっちの方が落ち着く。
「あ、やばい・・・このまま寝ちゃいそう」
この陽気は危険だ。 否応無しに俺を眠りへと誘っていく。 せめて、せめて制服だけでも脱がなければっ
モゾモゾ・・・モゾモゾ・・・
ベッドの上で寝転がりながらブラウスとスカートをポイポイと投げ捨て布団を被る。 学校での優等生っぷりが嘘のようなだらしなさだ。
「・・・zzz」
その後、数分もしないうちに俺の意識は春の陽気に包まれて落ちていった。
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