気が付くと、カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。二人とも、ベットの上に寝ていた。服を着たままだったが、佑美は、雅之の胸に耳を当てたままだった。雅之の胸の上で目を開け、まだ、夢を見ているようだった。もちろんキス以上のことは何もなかった。雅之の心臓の鼓動は、佑美に安らぎを与えてくれた。佑美がそっと雅之の顔を覗こうと顔を上げると、そっと頭をなでられた。優しく、そっと。そのまま、 「おはよう」 と、雅之の声がした。佑美は、恥ずかしくなった。どんな顔をして挨拶したら良いんだろう。佑美は、夕べのことを思い出していた。確かに、キスをした。そのあと、雅之の胸に耳をあて、生きている証を確かめた。雅之は、私を暫く抱きしめていた。そして、そのまま、ベットに抱き上げ、二人で眠ったのだ。何も言わなかった。何も言葉を交わしていない。だが、別に何もいらないと思った。言葉なんて必要ないと思った。雅之の心臓の音だけで満足できる。雅之は生きている。私を一人おいていかない。もう、置いて行かれるのは嫌だった。 雅之も、また、夕べのことを思い出していた。拒否されると思ったのに、佑美は、僕を受け入れていた。佑美と心が通じたことが、何よりも嬉しかった。佑美は、僕の胸に耳を当て、幸せそうな顔をしていた。僕は、佑美のぬくもりを感じ、生きている事の嬉しさを知った。美由紀に会わせたいと思った。きっと、祝福してくれると思うのだ。ふと、佑美とのキスは夢だったのかと思う。一度目は、唇の感触を確かめた。二度目は、お互いの気持ちを確かめた。だが、今確信が出来ない。この胸に眠っている佑美は、本当に佑美なのだろうか。目覚めた、佑美の頭をなで、 「おはよう」 声を掛けるが、なかなか、返事がなかった。嫌われたのか。僕は、無理矢理キスをしたのだろうか。だが、佑美も納得したはずだ。 雅之は、不安になり、佑美の顔をのぞき込んだ。 佑美は、慌てて、顔を上げ、ベットに腰掛けた。 「ごめんなさい、私・・・」 雅之も起きあがり、また、優しく抱きしめた。佑美は、抵抗せず、そのまま居心地よく雅之の腕の中に体を預けていた。佑美は、無意識に雅之の心臓の音を探していた。とくとくとくと、規則正しく聞こえてくる。 雅之は、夢ではなく、現実に佑美を抱いているのだと理解できた。もう一度、佑美の気持ちを確かめたいと思った。あやふやな気持ちではなく確信を得たかった。そっと、佑美の、顔を上げ、佑美の唇に、自分の唇を重ねた。佑美は、やはり拒まなかった。受け入れていた、僕の心を。雅之は、一度、唇を離し、佑美を見た。佑美は、穏やかな笑顔を雅之に向けていた。もう一度、深く唇を重ねた。長いキスのあと、 「ありがとう」 雅之は、佑美に告げた。佑美は、初めて恥ずかしそうに俯いた。そんな佑美が愛おしく雅之は、佑美を力強く抱きしめた。きゃあと小さく叫び、だが、雅之に体を預けている佑美。雅之は、佑美を抱きしめたまま、 「僕ときちんと付き合ってほしい」 「はい」 小さい声だがはっきりと澄んだ声で答える佑美。それだけで、雅之は満足であった。美由紀は見てくれているだろうか。僕が選んだ女性を。二人はそのまま、また、眠りについた。 雅之は、自分の携帯電話が鳴る音で目覚めた。 「はい・・あ、横川か、おはよう。まだ、佑美ちゃんは寝てるよ。今日は、おれ、昼から行くわ。佑美ちゃんは、また、お前に電話させるよ。じゃあ」 冷静に話したつもりだった。だが、心臓は高鳴っていた。佑美の気持ちは、解っている。だが、まだ、和宏には話せない。キス以外何もなかったとはいえ、それだけでも和宏は、怒るに違いない。 「お兄ちゃんだったの?」 佑美は、不安そうに雅之の顔をのぞき込んだ。 「うん、学校に行くって。君はまだ寝てるって言ったよ」 「うん、ありがとう」 佑美も、今は、和宏と顔を合わせられなかった。今は、和宏を許せる。きっと、雅之のおかげだと思っている。 「お兄ちゃんにはまだ言えない」 「そうだね。僕も、言えないよ。もう少し時間をおこう。君は兄さんと昨日のことをきちんと話さなきゃいけないよ」 「ええ、解ってる」 佑美は、俯いた。そう今は、許せる。きっと、雅之が居たから。 「ありがとう」 佑美は、雅之にそっと告げた。 「何が?」 「ううん」 佑美は、俯きながら首を振った。 二人で、お昼から学校に向かった。教科書は何とか借りて、授業を受けた。夕方、和宏に電話した。話がしたいと。和宏は、公園で会おうと答えた。 夕暮れ時、二人は、ベンチに腰掛けていた。 「僕が、横川家の子供じゃないと知ったのは、十三歳の時だった。どうしたらいいのか解らなかった。僕は家を出た。横川の家にいられないと思って。でも、とうさんが探しに来たんだ。夜、父さんとも話した。二人とも、きちんと話してくれたよ。どうして引き取られたのかも。僕は、二人に感謝したよ。二人に恩返しをしたいと思っている。それは、あのときからずっと。だって、ここまで育ててくれたんだ。感謝しなきゃね。でも、時々、空しくなったよ。ここの家の中で僕だけが血が繋がっていないって。父さんと母さんが喜ぶことは何でもしたよ。家族の一員になりたかったから。まさか、圭一と兄弟なんて思わなかった。僕は、圭一を殴ったことを後悔し、悔やんだよ。大事な弟なのに」 佑美は和宏に冷たかった昨日の自分を悔やんだ。でも、今は優しくできると思った。これも、雅之のおかげかもしれない。 「おにいちゃん、ごめんね。でも、私にとってお兄ちゃんは、お兄ちゃんだし。ただ、圭君のご両親がお兄ちゃんを必要としているのなら私には止める理由もないし、だから、お兄ちゃんが好きなようにしたらいいと思うの。きっと、うちのお父さんもお母さんも解っていると思うから。きっと、圭君が居なくなったし、圭君のご両親もお兄ちゃんが必要なのかもしれない。圭君の分まで親孝行してあげて」 佑美は、心からそう思った。和宏の幸せを願った。だが、何処かで寂しいと感じた。 「帰ろうか。父さん達には、雅之のところに泊まったとは言ってないし。話を合わせてね」「うん。お兄ちゃん、先に帰ってくれる。私、中井さんところに寄って来る」 「一緒に行くよ」 「あ、いいの。一人で行くから。大丈夫、すぐに帰るから。遅くなるようなら、中井さんに送ってもらうから」 佑美は、慌てた。まだ、和宏に二人が付き合い始めたことは話していないのだ。それに、雅之と二人だけで話をしたかった。 和宏は、何だか不安になっていた。佑美が、だんだん遠くなる。やっと、お互いの気持ちが一つとなりかけたと思ったら、逃してしまうのだ。まさか、雅之と、ふとそう感じた。 「中井と何かあったの?」 和宏は、夕べ二人の間に何かあったのではないかと確信した。 「何もないよ」 そう言いながら目を合わせない佑美の態度でますます確信していった。 「わかった、先に帰ってる。あんまり遅くならないように」 和宏は、冷静を装ってそう言うのがやっとだった。また、佑美を失ってしまった。僕は、もう、佑美とは兄妹の関係から抜け出せないのだろうか。 佑美は、立ち去る和宏の後ろ姿を見ながら、ふともう和宏を失ってしまう印象を受けた。今までは本当の兄妹だったが、東家に行けば、もうそれもなくなる。兄妹でなければ、結婚できたのに、今は、雅之と付き合っている。それもよくわからないが。和宏は、気づいているのだろうが何も言わない。妹としてしか見ていないからだ。本当にもう、縁がなくなるのだ。 雅之の部屋の前に立ち、和宏への思いを断ち切ろうと思った。今は、雅之だけを見ていようと思った。 インターホーンを押すと、 「はい」 と返事があり、ドアが開いた。 「あ、佑美ちゃん」 笑顔で迎え、中に導いた。 「お邪魔してもいいですか?」 「何言ってるの。もう、落ち込むなあ」 そう言いながら、佑美の腕をつかみ、中に導いた。佑美は、雅之に従い、部屋に入っていった。 「座って。何か飲む?」 佑美は、荷物を置き、ベットの側に座った。雅之は、そう聞きながらコーヒーを入れ始めた。 「お兄ちゃんと話してきたの」 「そう、良かった」 コーヒーをかかえ、雅之は、佑美の側に座った。 「横川は、なんて」 「うん、特に、変わったことは言わなかった。まだ、決めかねて居るんだと思うの」 「そうだね」 雅之は、特に何も言わず、コーヒーを飲んでいた。佑美も、それ以上何も言わなかった。 「ねえ、佑美ちゃん」 しばらくの沈黙のあと、雅之は少し照れながら、 「今度の土曜日、映画でも見に行かない?」 佑美は、暫く何が言いたいのかよくわからず、きょとんとした表情で雅之を見つめた。 「勇気出して、デートの誘いをしたんだけど」 「あっ」 佑美は、赤くなり、俯いた。 「駄目かな」 雅之も赤くなりながら,尋ねた。 「ううん、大丈夫です。行きましょうよ」 「良かった。何かみたいものある?」 「最近、映画なんて見てないから。何でもいいですって言っても、あれいやとか言うだろうな。怖いの嫌いだし、難しいですね」 雅之は笑いながら、 「じゃあ、土曜日までの宿題ね」 「はい、私そろそろ帰ります。カップ、洗います」 「いいよ。僕がするから」 「だって、いつもごちそうになって」 「そう、じゃあ」 雅之は、ウインクしながら、 「明日、夕ご飯作ってくれる?駄目かな」 「いいえ、作ります」 佑美は、にっこり笑った。その笑顔を見て、雅之は、安心した。本当に、佑美は、僕のことを受け入れてくれたのか不安だったのだ。僕は、佑美と共に歩いていけるんだな。 「じゃあ、送っていくよ」 「え、でも」 雅之は、立ち上がり、佑美の腕を持ち、立ち上がらせ、そっと、キスをした。 「僕の大事な彼女に何か有ったら困るから」 佑美は、その言葉を聞き、胸が熱くなった。ついて行ける相手が居る。信じられる人を見つけた。佑美にとって大きな支えだった。 家の前に着き、雅之と別れ、家に入った。 「ただいま」 佑美の声を聞き、和宏が、顔を出した。 「おかえり」 佑美は、まともに目を合わせられなかった。 「佑美、おかえり」 何も知らない母親が、機嫌良く声を掛けてきた。 「ちょっと、荷物を置いてくる」 佑美は、自分の部屋に、入っていった。 部屋に入り、大きなため息をついた。 「佑美、はいっていい?」 和宏の声だった。 「どうぞ」 和宏は、入ってきた。 「今日は、ありがとう、話を聞いてくれて」 「ううん、私こそごめんね」 「中井が送ってくれたのか?」 ためらいがちに和宏が聞いた。 「うん」 佑美も、照れながら答えた。あまりにも幸せな佑美には、寂しそうな顔をした和宏に気づくことはなかった。 その日の夕食後、和宏は、両親と佑美を前に自分の気持ちを話した。 「僕は、東家の長男だと知ってずっと、悩んできました。弟を亡くし、両親と巡り会い、僕は、どうしたらいいのか悩みました。東家の両親は僕に帰ってきてほしいと言いました。でも、僕は、横川家の皆さんが好きですし、ずっとここにいられたらと思います。ただ、東家の両親の悲しみが深く、それで僕を頼りにしています。それは嬉しいけど、今更という気持ちもあります。だから、本当に今は迷っています。どうしたらいいのか。決められないんです」 「焦ることはないよ。お前が決めた道を行ったらいい」 父は、優しく告げた。 「ずっと、ここにいてほしいけど、無理なのね」 寂しそうな母。 「そんな顔をしたら、お兄ちゃんが困るよ」 佑美は、優しく母に伝える。 「そうね、血が繋がっていないかもしれないけど私にとっては大事な息子だったから。手放さなきゃいけないのでしょうが」 「僕は、横川家に居てもいいの?もう、本当の息子じゃないって解っているのに」 「当たり前じゃない。ずっと居てほしいから」 母の言葉に和宏は静かに涙を流した。和宏は、もう、どこでも生きていけると思った。僕を支えてくれる人は、少なくてもここにいるのだ。それだけでも、もう生きていけると感じた和宏だった。
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