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作品名:海の見える公園にて第二章 作者:さらら

第6回   6
日曜日、和宏は、両親に圭一の四十九日の話をし、出掛けた。もちろん、佑美には、話せないで居た。僕が、佑美の代わりにしっかり送ってあげよう。きっと、佑美は解ってくれるだろう。
 そんなこととは知らず、佑美は、遅めに起き出してきた。久しぶりに街に出ようと思う。気分も晴れていくに違いない。天気も良いし、何かしなければ。
 昼食をすませ、
「お母さん、ちょっと、出掛けてくるね」
 笑顔で出掛ける娘を、母親は、笑顔で送ってあげた。少しずつ立ち直ってくれているに違いないと思っていた。だが、そんなことはなかった。佑美の似顔絵を描いた絵を見ながら圭一を思い出し、泣いた。でも、両親の前では泣かないように笑顔を見せた。私の気持ちは、両親にはわからない。ふと、雅之の顔が浮かんだ。今は、彼しか解らないのかもしれない。そのことが良いことなのかよくわからずにいた。
 佑美は、街に出掛けた。別に当てがあったわけではない。ただ、賑やかな場所に行ってみようと思った。
 だが、佑美は、静かな本屋に入った。佑美は、ある一点を見て釘付けになった。そこには、圭一の本があった。話題作、遺作、そんな文字が目に入ってきた。遺作って、そうよね、いないんだもん。圭君は居ないの。私の前からもみんなの前からもすっかり消えてしまった。消えるだけなら何処かに生きてるって思うけど、そうね、死んでしまったのね。佑美はその本も取れずに動けずにもいた。そこに圭一が居る。圭一の分身が居たのだ。じわっと、涙が溢れてくる。どうしても止めることの出来ない涙。
「佑美ちゃん」
 声を掛けられ、佑美は涙を拭いた。
「どうしたの?」
 雅之だった。雅之は、佑美の視線の先を見て、
「出ようか」
 そう言うと、佑美の手を取り、本屋を出た。佑美は、抵抗することもなく、雅之に手を引かれ歩いた。暫く何も言わず雅之は歩いた。佑美も何も言わなかった。突然雅之は止まった。くるっと雅之は振り返り、
「お腹空いてない?僕、まだ、ご飯を食べていないんだ。一緒にどう?」
 雅之の笑顔を見て、佑美はまた、じわっと涙が溢れてきた。
「佑美ちゃん。もう泣かないで。僕が泣かしたみたいだよ」
 雅之の笑顔は、ふわっと佑美を包んだ。佑美は、手で涙を拭きながら、
「ごめんなさい。もう泣きません。私、ご飯食べたからお茶だけで良いですか?」
 佑美も、必死で笑いながら、それでも泣き笑いの表情で答えた。そんな佑美を見ながら雅之は、ふっと寂しい笑顔を見せたが、いつもの明るい笑顔に変わり、
「じゃあ、きまり。どこに行こうか?あんまり知らないんだけどおいしいものをたらふく食べられる所が良いな」
 佑美は、思いつく場所を答え、歩き始めた。雅之は、いつも以上におしゃべりをし、明るくおどけて見せたりした。それが佑美には救いであり、圭一を忘れてしまうときがあった。 夕方、公園に着き、ベンチで話をしようと言われるまで、圭一を忘れていた。雅之は、いつものベンチではなく、もう少し奥まったベンチに案内した。そこは海が見えず代わりに山が見えた。
「こんな所にもベンチあったんですね」
 佑美が驚いていると、
「うん、静かで良いよ。道から見えないし、昼寝するには良い場所だよ」
 雅之はそう言いながら腰掛けた。一つの公園で二つの景色を楽しめるのねと言いながら佑美は山を見上げた。
 ふと、話し声が聞こえてきた。何処かで聞いた声だ。佑美は、そっと覗いてみるともう一つのベンチの側に和宏と圭一の父が居た。何故あの二人が一緒にいるのだろうか。佑美は隠れたままそっと覗いてみた。
「今日は、すまなかったね。きっと圭一も喜んでいると思うよ」
「そうでしょうか」
 和宏は、圭一の父である宏に促され宏の横に腰掛けた。
「出来れば生きているうちの会わせたかった。あの子も君に会いたいと願っていたからね」
「そうなんですか。でも、僕は、佑美の彼氏と言うことで何回か会いました。一度は、殴ってしまって」
 和宏は、遠くに見える海を見つめた。
「佑美ちゃん、どうしたの」
 不意に声を掛けられ、佑美は、声を上げそうになった。しーと言いながら、
「お兄ちゃんが居るの」
「どれ?あれは、誰?」
「圭君のお父さん」
 佑美の答えにびっくりし、雅之も一緒に二人の様子を見ていた。
「和宏・・・君、長い間、すまなかったね。でも、どうしても君を手放さなきゃ行けなかったんだ。美子は、あ、家内だが、君を引き取るって言ったけど、この前も言ったようにまだ、二十歳そこそこの彼女に君の面倒を見させるなんてそんな酷なことをさせたくなかった。でも、こんな僕と結婚してくれるなんて、ずっと申し訳ないと思っていてね」
 ああ、この人は、美子の本当の気持ちを知らないんだなと思った。
「美子が、君が毎日訪ねてくれることを楽しみにして居るんだ。君の話を良くしてくれるようになったよ。まあ、圭一の話の方が多いけどね。それでも、君が居てくれたことは僕にとって有り難く思っているよ」
「そうですか。最近やっとおばさんが僕のことを理解してくれたような気がします。でも、嫌じゃないんでしょうか」
「そんなことはないよ。君は、彼女の姉さんの子で、圭一の兄さんになるんだし、それで、もし良かったら、僕たちの夫婦の所に帰ってきてくれないだろうか」
 和宏は、いきなりの申し出に驚き、
「横川の両親にはとてもかわいがって頂きました。だから、僕は、横川の両親にきちんと親孝行しなければ行けないんです。まだ、迷惑しか掛けていないし」
「実は、横川のご両親と話をしたんだ。決めるのは和宏君だと言っていたんだ。どちらに決めても横川のご両親は、暖かく見守るとおっしゃっていたよ」
 和宏は、返事に迷った。
「今は、まだ、考えられません。もう少し時間をください」
「そうだね、それじゃあ、良い返事を待っているよ」
 宏は立ち上がり、じゃあと言いながら立ち去った。
 和宏は、ぼんやりと海を見つめた。東家の人間になる。だが、横川家の人たちとの生活を捨てられない。ふと、佑美のことを思い出した。東家になったら、いや、止そう。無理な話だ。かさっと音がした。その方向を振り返ると、佑美が立っていた。凄く辛そうな顔で和宏を見ていた。
「どういう事?お兄ちゃんは、東家の人だったの。圭君が居なくなったから東家に行くの?圭君が居なくなったから」
「佑美ちゃん、違うよ。そうじゃないんだよ。な、そうだろう、向こうが望んで居るんだろう」
 和宏は、戸惑った。どうしてここに、佑美が居るんだ。聞かれてしまったのか、さっきの話を。
「佑美、どうして」
 和宏は、なんて言って良いのか解らずにいた。
「お兄ちゃんは、東家に帰りたかったの?圭君が居なくなったから帰れるのよね。圭君、死んだばっかりなのに。酷い、圭君は、喜んでなんか居ないよ」
 佑美は、駆けだした。
「佑美ちゃん、待って。横川、また、電話する。気にするな」
 雅之は、佑美を追いかけて駆けていった。和宏は、ぽつんと残された。佑美も、僕が生きていることを望んでいないのではないか。本当は、圭一でなく僕に死ねば良かったんだと言いたかったのではないか。和宏は、笑った。ああ、僕は、生まれてきては行けなかったんだろうな。
 佑美は、何が何だか解らずにいた。圭一と和宏が兄弟だったなんて。圭一が居なくなったから和宏は、東家に引き取られる。それじゃあ、あんまり圭一が可哀想だ。
「佑美ちゃん、どこに行くの?きちんと和宏に話を聞こうよ」
「圭君が死んだから本当のおうちに帰るのよ。圭君が死んだからよ」
 佑美は、泣いた。だって、あんまりじゃない。圭一が可哀想だ。佑美は、立ち止まった。街はすっかり日が落ち、ネオンで明るさを保っていた。
「佑美ちゃん、どこに行くの?僕と、話そうよ、ね。何か食べようか。走ったからお腹空いたでしょう?」
「中井さんの家に今夜泊めて」
 佑美は、真っ直ぐ前を見つめ、つぶやいた。
「駄目ですか?私、帰りたくないの。駄目なら、その辺の人にお願いする」
 そう言い、歩き始めた佑美の腕をとり、
「解った、いいよ。じゃあ、何か食べるものを買っていこう。何もないし」
 雅之は、どうしたらいいのか解らずにいた。ただ、佑美を一人に出来ないと思うだけだった。
 マンションにつき、雅之は、少しの間、部屋の前で佑美を待たせ、部屋を片づけた。好きな女性が初めて遊びに来てくれたというのに、雅之にとっては、気が重い話だった。
「いいよ、佑美ちゃん」
 佑美は、おそるおそる部屋に入った。佑美は、後悔し始めた。少しずつ冷静になり始め、なんていうことを言ってしまったんだろうと思い始めだしていた。
「適当に座って」
 雅之は、コーヒーを入れ始めた。今更帰りますとも言えなかった。圭一の顔を思い出そうとした。だが、思い浮かぶのは、和宏の顔だった。和宏の顔と圭一の顔が重なってしまうのだ。和宏がそんなひどい男だとは思っていないが、今の佑美には、素直に良かったねと言えないのだ。どうして家族みんな隠していたのだろう。一言教えてくれてもいいのではないか。佑美は、どこに怒りをぶつけたらいいのかもわからなかった。そして、やっぱり圭一がかわいそうになる。
「はい、佑美ちゃん」
 雅之にカップを渡され、佑美は、ありがとうといいながら受け取った。
「お兄ちゃんは、嬉しいんだろうね、本当のご両親に会えて。私は、圭君のご両親に拒否されているから、圭君の家に行けないのに」
 雅之は、何も言わず佑美の言葉を聞いていた。
「どうして圭君、死んじゃったのかな。私は、どうしたらいいのかな。圭君に会いたいよね」 佑美は、コーヒーを一口飲んだ。コーヒーはいつもに増して苦かった。
「お腹すいたね。何か作るよ」
 雅之は、立ち上がり、キッチンに立った。雅之もなんて答えていいのかわからないのだ。それに本当にこのまま佑美を泊めてしまうのだろうか。理性を保つことが出来るのだろうか。佑美とならやって行けそうな気がする。今は、彼女を愛している。その気持ちは変わらずにいるのだ。だが、やはり彼女の心の中には、あの男性しか居ないのだろう。それでも良いと思っている。死んだ男なんかに勝ち目はないのだ。それでも良いと思いながら、不安を感じる。このまま、泊めて力ずくで自分の物にするってことも出来る。だが、彼女の気持ちを尊重したい。意地のような物だろうか。だが、彼女が僕を受け付けてくれたらなあ。心を開いてくれたら。雅之は、寂しく笑った。そんなことはないだろうな。そして、思った。僕らしくない、なんて臆病なんだ。自信が持てずにいる自分がおかしかった。人を好きになると臆病になる。僕の部屋にいることを和弘には伝えてある。和弘は、僕を信じて佑美を預けてくれている。そんな和弘の気持ちを踏みにじることはできないのだ。きっと、佑美も僕を信じてここにいるに違いないのだ。
 その頃和弘は、両親に本当のことを言えずにいた。佑美は、友人の家にいるということにしてあった。雅之は、佑美が泊まるといっていた。今は、雅之を信じるしかないのだ。佑美は、僕をどう見ているんだろうか。一番いいのは、僕が圭一の代わりに死ねばよかったのだろうが、今更どうしようもない。佑美は、それを望んでいるのだろうか。それなら、僕にはどうしようもないことだ。和宏は、このどこにも持って行きようのない気持ちで押し潰されそうだった。佑美に会いたい。佑美の気持ちが知りたい。だが、佑美は、僕を避けているのだ。佑美が、僕を受け入れてくれるまで、僕は待たなければ行けないのだ。
 佑美は、雅之と食事を済ませ、後かたづけをしていた。置いてもらえるのだ、何かしていないと思った。そして、何をやっているんだろうと少し後悔し始めていた。ただ、和宏を許せずにいた。どうしてこんなに許せないのだろうか。どうして気持ちよく祝福できないのだろうか。
 後かたづけをすませ、雅之のそばに腰掛けると、
「佑美ちゃん、本当に帰らないの?あ、僕は、構わないけど」
 佑美は俯いたまま、しばらく何も言わなかったが、
「帰りたくないんです。お兄ちゃんに会いたくないんです」
 雅之は、じっと、佑美を見つめていたが、
「そうか、でも、横川だってどうしようもなかったのかもしれないよ」
「お父さんたちだって知っていて、私だけ知らなくて。同じ家族なのに」
 私は寂しかったのだろうか。よくわからずにいた。
「僕は構わないけど、寝るにはこのベットしかないんだ。一緒に寝るわけにいかないし」 雅之は、わざと困ったふりをした。
「やっぱり迷惑ですよね。私友達のところに行きます」
「違うよ。帰った方が良いと思うんだ。ご両親だって心配するし。迷惑じゃないんだ。駄目だな、俺って」
 雅之が気を遣っているのがよくわかった。「僕は姉を亡くしたって言ったよね。確かに、僕たち家族は悲しみを共有出来たけど、横川は、共有したくても出来なかったんじゃないかな。きっと、君のご両親が知っていても、すべてを見せていた訳じゃないような気がするよ。和宏は、僕は生まれてきてはいけなかったんだと言っていた。あいつなりに苦しんでいるんだよ」
 佑美は、俯いたままだった。そんなこと解っている。解っているの。
「どうして、話してくれなかったの?兄妹じゃない」
「そうだね、でも、言えなかったんだよ。横川と話をしたら。やっぱり、話さなきゃいけないでしょう」
 佑美は、涙が溢れてきた。
「今は、お兄ちゃんに会いたくない。お父さんにもお母さんにも、みんな私には黙っていたから。一言話してくれたらいいのに」
 雅之は深いため息をついた。
「解ったよ。今日は、泊まったらいいよ。でも、横川には、連絡を入れるからね。みんなが心配するからね」
「心配したらいい」
 佑美は、投げやりな言葉をつぶやいた。いきなり、雅之は、佑美の体を押し倒した。佑美の肩を押さえ、佑美の顔を見下ろした。怖い顔で見つめている。佑美は、怖くて動けなくなった。
 ふっと、雅之の手の力がゆるみ、佑美の顔に顔を近づけてきた。
「いや」
 佑美は、体をよじり、雅之から、離れようとした。だが、雅之は、佑美の体を抱きしめながら、
「君が、ここにいることは誰も知らない。そして、君がここにいることを望んだんだ。こうなる事なんて最初から解っていたはずだよ。君だってもう子供じゃないんだから」
 雅之は、そっと、顔を近づけ、佑美の唇にキスをしようとした。
「いや、やめて」
 佑美は、泣きながら顔を振った。
「ごめん」
 雅之は、佑美から体をどかし、佑美を起こした。佑美は、座ったまま、泣いていた。雅之は、そっと、佑美を抱き、
「みんな、佑美ちゃんのこと心配して居るんだよ。だから、そんなことを言ったら駄目だよ」
 佑美には、雅之の優しさが伝わってきた。この優しい腕の中にいたいと思い始めた。でも、今はその前に、兄である和宏に謝りたいと思った。もう少し心の整理をしてから。
「ありがとう、中井さん。家に、連絡してください。でも、ご迷惑じゃなかったら今夜だけ、そこの廊下でも良いから泊めてください。明日には帰りますから」
「わかった。じゃあ、横川に電話する」
 そう言いながら携帯電話のボタンを押した。
「横川、佑美ちゃん、今日うちに泊まるから。大丈夫だよ、お前の大事な妹だ、傷物になんかする物か。心配するな。また、明日の朝でも電話くれよ。でも、あんまり早い時間だと辛いから、お前が家を出る頃で良いから。じゃあ、明日な」
 雅之は、電話を切り、佑美に向き直った。
「電話したよ。心配してたみたいだ。きっと、あいつのことだ今夜寝られなかったかも。でも、うちに泊まるって聞いてますます眠れないかもな」
 雅之は、ウインクしながら笑った。
「ありがとうございます」
 佑美は、それ以上なんて言ったらいいのか解らなかった。
「佑美ちゃんは、ベットに寝たらいいよ。僕は、下に寝るから」
「それじゃあ、申し訳ないです。だって、中井さんのベットだから」
 佑美は、申し訳ないと思った。
「でも、一緒に寝るわけに行かないでしょう」
「そうですけど」
 佑美は、困った顔をした。そんな佑美を見ながら、雅之は笑い、
「僕を受け入れてくれるなら、いつでも一緒に寝るけど、まだ、受け入れてくれないだろうし」
「ごめんなさい。私、中井さんが好きです。でも、今はまだ、圭君が忘れられないから」
「解っているよ。そうだね、じゃあ、二人で起きていようか。朝まで起きて過ごそうか」
「私、徹夜したことない。途中で寝ちゃうかも」
「その時はその時だ」
 二人は腹ごしらえをして、ベットにもたれかかるような形で二人並んで座り、取り留めのない話をした。学校のことや、時々テレビを見て二人で笑い、深夜番組特有のエッチなシーンは二人で照れながら、見ないふりをしたりして。
 だが、二時頃になり佑美は、睡魔に襲われてきた。いつの間にか雅之の肩に頭を預け眠り始めていた。雅之は、佑美のぬくもりに神経を集中させていた。そっと、腕を回して、佑美の肩を抱いた。このまま、佑美を自分の物にしたい衝動に駆られていた。このまま、佑美を抱いてしまいたい。そうすれば、僕の物になる。だが、心は、僕にはくれないだろうな。それでは、あまりにも悲しすぎる。雅之は、寂しそうに佑美の寝顔を見つめていた。 ふと、佑美が、目を開けた。
「ごめんなさい、寝ちゃったみたい」
 と言いながら、雅之の悲しそうな瞳が飛び込んできた。
「中井さん」
 佑美は、そっと名前を呼んだ。あまりに深い悲しみをその瞳の中に見たような気がした。自然と、雅之は、佑美に顔を近づけた。佑美は、そのまま雅之の唇を受け入れた。初めは、そっと重ねるだけのキスだった。そっと離し、雅之はもう一度、唇を重ねた。今度は深く、お互いの気持ちを確かめるように。雅之は、佑美を抱きしめ、唇を重ねた。佑美も、雅之の背中に手を回し、雅之の気持ちを確かめるように唇を重ねていた。深く長い時間、二人はそうしていた。
 雅之は、そっと、力を抜き、佑美の唇から離した。愛おしそうに佑美の唇を見つめ、そして、佑美の顔を見つめた。佑美も、雅之の瞳を見つめた。佑美は、後悔していなかった。いつかこうなると解っていた。それが少し早くなっただけかもしれない。お互い、言葉が見つからなかった。ただ、見つめるだけで。雅之は、そっと、佑美を胸に抱いた。佑美は、雅之の規則正しいが割と早い心臓の鼓動を聞き、ああ、この人は生きていると確信した。ずっと、この胸でこの鼓動を聞けたらとふと思った。生きている音。もう、圭一からは聞けない音。生きていこうと佑美は、思った。この人と生きていって良いのだろうかと思った。


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