20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:海の見える公園にて第二章 作者:さらら

第5回   5
夕方、和宏は、重い足取りで病院に向かった。どうしてこんな気持ちなのに僕は行くのだろうか。和宏は、少しで良いから受け入れてほしかったのだ。僕の大事な身内なのだから。きっと、今日も、駄目なのかもしれない。それでも、会いに行こうと思う。
「こんにちは」
 病室にはいると、美子は、昨日と同じようにベットに腰掛けていた。
「あ、和宏君、今日も来てくれたんですか」
 少し、表情が和らいだ。和宏は、それでも、緊張していた。
「和宏君、昨日は、ごめんなさいね。私、なかなか、圭一の死を受け入れられなくて。でも、少しずつ受け入れて行かなきゃね。ごめんなさいね、貴方に酷いことを言って。ただ、また、ふと、あんな言葉が出てしまうかもしれない。そうしたらまた、貴方を傷つけてしまう」
 和宏は、表情を和らげ、
「僕は、大丈夫です」
 そう、貴女がそうやって言ってくれることが、僕を慰めてくれるんだ。きっと、母も貴方のように優しい女性だったのだろう。
「でも、また傷つけるかもしれない」
 美子は、和宏を傷つけるのが怖かった。姉の子だからどこかで疎ましいと思っているのだろうか。そんなことはないと思うのだが、やはり心が狭いのだろうか。
「僕は、圭一君のことよく知りません。それに母のことも。だから僕は貴女に教えて頂きたいんです。駄目ですか」
「いいえ、私で良ければ。また、来てくれますか」
「はい、毎日でも伺います」
 美子は、少女のように笑った。
 佑美は、雅之と公園まで歩いた。途中で雅之は、暖かい缶コーヒーを、佑美は、暖かい缶のミルクティを買い。
 公園のベンチに二人で腰掛け、温かい飲み物を飲んだ。
「寒かったね、ごめんね」
「いいえ、大丈夫です。こんな風に公園で過ごすのも良いですね」
 佑美は、薄暗くなっていく海を見ながら笑顔で答えた。
「いつもね、圭君とここで会っていたの」
 笑顔だが寂しそうな佑美を見て、雅之は、思わず、佑美の肩を抱いた。佑美の髪の香りがした。佑美は、一瞬、何が起こったのか解らなかった。雅之は、何をしているの。顔を雅之の方へ向けると、雅之と目があった。そのまま、雅之の顔が近づいてきた。
「いや」
 佑美は、雅之を突き放した。雅之も、はっとし、手を離した。
「佑美ちゃん、僕は」
「やめてください。私は」
 佑美は、瞳一杯に涙をため、立ち上がった。そのまま、背中を向け、早足で歩き始めた。
「待って、佑美ちゃん」
 雅之は、佑美の腕をつかんだ。佑美は、もう抵抗しなかった。泣きながら雅之を見た。
「ごめん、でも、僕はずっと君が好きだった。だから、僕の正直な行動だ。すぐに僕を見てくれとは言わないよ、時間がかかっても良い。圭一君を忘れられなくても良い、少しでも僕に気持ちがあったら僕の気持ちを考えてくれないか」
「だって、この前、圭君が死んだの。だから、そんなこと考えられない」
 佑美は、涙も拭かず、雅之を見つめ答えた。
「僕も、もう少し待とうと思った。佑美ちゃんが落ち着くまで。でも、あまりにも儚くて消えてしまいそうで、このままこの手を離してしまったら、消えてしまうんじゃないかと思ったから。もう、誰も失いたくないんだ」
 雅之は、美由紀を思った。あんな悲しみはもう沢山だ。
「私は、消えてしまいたい。消えたら、圭君に会えるんだったら今すぐ消えたい。でも、会えない、きっと会えない」
 泣き崩れそうになる気持ちを何とか踏みとどまって佑美は、立っていた。
「佑美ちゃん、僕は、君に側にいてほしいと思っている。君だったら、僕は、幸せになれるんだ」
「私は・・・今は、何も考えられないの」
 雅之は、手を離した。
「ごめん、先走りしたね。きっと、嫌な男だと思うよ」
 雅之は、じっと、佑美を見つめたままだった。真っ直ぐ見つめる雅之の目が苦手だったが、今は、その瞳の中に、真実が隠れていたことに気づき、優しさが見えるようになった。そう、今は嫌ではないのだ。この心の変化は何だろう。どうしても雅之の気持ちを拒む事が出来ない。ずっと、気になっていた。ふと、どこからか聞こえてくる声。私の内側から沸き上がるように、私の気持ちを乱す声だ。佑美は、やっと、目を逸らすことが出来た。
「お願い・・苦しいから、見つめないで」
 佑美は、そう言い、はっとした。何を言っているの。佑美は、そのまま、雅之に視線を移した。雅之は、とまどった表情の佑美を見つめ、そして、理解した。気持ちは通じていた。佑美も少なからず、僕を受け入れようとしてくれていたんだ。
「佑美ちゃん・・」
 佑美は、溢れる涙を拭きながら、
「解らないの、だから、だから、今は待ってほしいの」
 悲しみを持って行くところがないからかもしれない。ただ、甘えていたいだけかもしれない。だから、今は、まだ・・。
「佑美ちゃん、大丈夫だよ。時間はあるから、いつまでも待ってるから」
 雅之の優しさが伝わってくる。佑美は、笑った。本当に心から笑った。久しぶりだった。笑顔が戻るなんて思いもしなかった。
「ありがとう」
 佑美は、雅之を見つめた。
 坂を上がってくる一人の男性がいた。その男性は、公園の前に二人の人物が立っているのに気づいた。
「あれ、佑美、どうしたんだ」
 和宏だった。
「お兄ちゃん」
「あ、横川、どうしたんだ」
「どうしたって、お前らだって何してるんだ」
「偶然会ったんだ。それで、ずっと、話をしていたんだ。お前、早く帰ったよな。どこか行っていたのか?」
 ああ、と言いながら和宏は何も言わなかった。今日は、受け入れてくれた美子。明日も大丈夫なのだろうか。もうきっと、大丈夫なのだろう。そうなれば佑美の事も受け入れてもらえる。そう思いながら佑美をいつの間にか見つめていた。
 佑美は、そんな和宏の視線が怖かった。私の揺れ動く心を見破られているのではないかとふと感じた。
 今はまだ、話す時期ではない。もう少し、本当に佑美が、僕を見てくれるようになれば和宏に話していい、雅之は、そう考えていた。 三人は暫く沈黙が続いた。
「佑美、帰ろうか」
 その沈黙を破ったのは、和宏だった。
「うん」
 佑美は、ちらっと雅之を見た。その瞳は、拒否的ではなかった。きっと、その瞳は、僕だけを見てくれる日が来るのかもしれないと、願いたかった。
「じゃあ、また、明日」
 雅之も二人に向かってそう告げた。
「お休みなさい」
 佑美は、俯きながら、雅之にそう告げた。 佑美と和宏は、無言のまま坂を上がった。「何してたんだ、佑美」
 優しいけど、厳しい口調で聞いた和宏だった。
「手を合わせていたの、圭君の事故現場で。その時会ったの。それでいろいろ話していたの」 
 嘘を言った事で胸が痛んだ、佑美だった。
「あんまり遅くならないように帰らないと、お母さんが心配するからね」
「うん、ごめんなさい」
 佑美は、圭一を思った。やはり涙が溢れそうになる。でも、少し、変わったような気がする。少しだけだが。雅之のことを考えてみた。どうなるのだろうと思った。きっと雅之は、いつまでも待ち続けそうな気がする。心苦しいところもあるが、救われるところもあった。私は、圭一を忘れることはない。忘れたくないのだ。ずっと、好きでいたい。圭一の分まで人生を生きたい。圭一がしたかったことをしてあげたい。それが、私のこれからの人生なのに。どうして雅之が気になるのだろうか。今は、優しくされるから気になるのかもしれない。そう、優しさに飢えているだけだ。だって、私が会いたいのは圭君だけ。圭君が居てくれたら、そうね、雅之の事が気になったりはしないのに。やっぱり辛い。圭一が居ないと思うと実感すると、くじけそうになる。生きなきゃね。解ってるよ、圭君。圭君の分まで生きなきゃね。でも、駄目なときもあるんだよ。寂しくて圭君に甘えたくて、でも、今は居ないじゃない。私、そんな時、どうしたらいいの。教えてよ。私、そんなに強くないのに。私、一人じゃ辛くて悲しくて。だから、雅之に惹かれているの?。違う、ただ、気になるの。雅之が気になる。どうしても心を許してしまう。なぜだか解らないけど。 佑美は、空を見上げ、沢山の星を見上げ、泣いた。会いたいと思う。圭一に今すぐ。でも、出来ないことも解っている。携帯電話のメールが届いた。メールを開くと、雅之だった。
『今日は、ごめん。でも、僕は、君だけをずっと見てきた。ずっと、好きだったんだと思う。信じてもらえないかもしれないかもしれないけど。僕は、圭一君のことを忘れてもらおうとは思っていない。それでも少しでも僕を見てくれるならそれでいい』
 雅之の気持ちは嬉しかった。でも、それで良いの?辛くないの?ずっと、違う男性を思っているのに。佑美には、理解できなかった。そんなの、悲しすぎるよね。どうして、それでも良いと言えるの?佑美は、とまどっていたのだ。
 和宏は、次の日も、病室に訪れた。
「明日、退院になったのよ」
 明るく話す美子を和宏は笑顔で見ていた。
「今度の日曜日に圭一の四十九日をすることになって。もし良かったら来て頂けませんか」
 和宏は頷いた。僕の弟だ。僕は、送ってやらないと。
「でも、佑美さんには、まだ会いたくないの。ごめんなさい。どうしてもまだ会えないの。心の準備も出来ていないから」
「解りました、僕一人で来ます。両親にも内緒にしておきます」
「ありがとう」
 きっと、佑美に会うのが辛いわけもよく解る。何故うちの子だけと思っているに違いない。それがおかしいことだって美子にも理解できている。それでも会えないことが和宏にも解るのだ。だから、責めることも出来ないのだ。佑美は、また一人で墓参りに行くだろう。一人で行くのが辛かったら僕が一緒に行ってあげよう。でも、どうやって伝えよう。その時は、両親に伝えてもらおう。
 授業が終わり、佑美は、ぼんやり歩きながら校門を出ようとしていた。
「佑美ちゃん」
 その声は、雅之だった。佑美は、声が出なかった。私を待っていたのだろうか。少し笑ったと思う。笑顔で雅之に頭を下げた。どうして笑うことが出来たのだろうか。
「ごめん、待ったりして」
「いえ」
 佑美は、なんて答えたらいいのか戸惑っていた。雅之を嫌いなわけではない。どちらかというと好意を抱いている。だが、まだ圭一も忘れられないのだ。だから、いい加減な気持ちで雅之とは付き合ってはいけないのだ。
「真っ直ぐ帰るの?」
「はい」
「一緒に帰って良い?」
「はい」
 二人は沈黙の中、坂を上がっていった。
「少し、公園で話さない?」
 少し戸惑いながら、佑美は、頷いた。
ベンチの腰掛けてぼんやり薄暗くなっていく海を眺めていた。
「ごめんね、迷惑だったね」
「いえ、そんなことは」
 佑美は、どう答えたらいいのか解らなかった。
「僕と居るのは嫌じゃない?」
「ええ、でも、まだ、圭君が死んでからそんなに立ってないし、それに、まだ、圭君のことを忘れられないから。どうしたらいいのか解らなくて」
「すぐに忘れなくて良いよ。ずっと、思っていても良いよ。その中で僕のこと見てくれたらいいよ」
 佑美は、悲しくなった。どうしてそんなことが言えるの。
「どうしたの?」
「だって、どうしてそんな風に言えるの。辛くないの?嫌じゃないの?違う男の人のことを考えて居るんだよ」
「僕は、大丈夫だよ」
 雅之は笑顔で答えた。どうして笑えるの?「私が、申し訳ないと思うの。辛いの。私、雅之さんのこと嫌いじゃないから、辛いの。嫌いだったら良いのに」
 佑美は、泣きながら答えた。嫌いになれたらどれだけ気が楽だろう。でも、嫌いになれないのだ。好きになる事も出来ない。失うのが怖いから。そうなのだ、失うことが怖いからもう誰も好きになりたくないのだ。
「怖いから、失うのが、怖いから」
雅之は、思わず佑美を抱きしめた。
「僕は、君を置いて死なない」
 佑美は、あまりにもいきなりだったので抵抗も出来なかった。それに、雅之の言葉に、ますます動けなくなった。
「僕は、ずっと居るから。君を置いてなんて行かないから。僕も、置いて行かれるのは嫌だから」
 そうだ、僕も嫌だ。美由紀を思い出した。あのときの悲しみは今でも忘れられない。
「中井さん、もう少し待ってください。今は、まだ、駄目なんです」
 雅之は、静かに佑美から離れた。
「そうだね、ごめんね。でも、忘れないでね。僕はずっと君の側にいるから」
 今の佑美には、辛い言葉に思えた。圭一を好きだったことを忘れてしまうんじゃないか。圭一が、自分に愛情を注いでくれたことも忘れるんじゃないか。圭一が死んでしまったことは辛いけど、あの輝いていた時間を失うのがいやだったのだ。このまま雅之に甘えてしまったら、どんなに楽かと思うのだが、圭一を忘れたくないのだ。
「私、帰ります」
「送っていくよ」
 佑美は、その言葉に少し困った顔をした。
「君のお兄さんの友人として」
 雅之は、苦笑いを浮かべながら答えた。まだ、受け入れてもらえないな。当たり前のことだけど。それでも良いと思った。いつかきっと思いは通じる。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1158