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作品名:海の見える公園にて第二章 作者:さらら

第4回   4
次の朝、和宏は、圭一の事故現場に暫く立っていた。僕の弟だった圭一に、もう会えないのだなと思うと、空しさが広がった。佑美は、どう思うだろうか。だが、今はまだ話せないと思った。今は、美子に元気になってもらいたいと思った。僕に出来ること、そう、今は、美子とともに、母と弟の死を受け入れていくことだ。授業が終わると、和宏は、美子の病室に訪れた。母の思い出を聞くために。 佑美は、校門に待つ雅之を見つけ、何故かほっとした。今、自分の気持ちを理解してくれるのは、雅之だけだと佑美は思っていた。圭一の母に拒絶され、行き場所のないこの気持ちをどうやって消化して良いのか解らずにいた。下手したら圭一の母を恨んでしまいそうで、また、それがいやだった。
「ごめんなさい、呼び出して」
「いいよ、どこかに入る?」
 佑美は、周りを見渡し、校門近くの喫茶店を見つけた。
「あそこはどうですか?」
 指さした喫茶店を見て雅之は、
「いいよ、行こうか」
 雅之の後を、佑美は、ついて行った。席に着き、雅之は、コーヒーを頼んだ。佑美は、ミルクティを注文した。
「昨日、お兄ちゃんとお父さん、夜中まで帰ってこなかったの」
「そうなんだ、何処に行ったの?」
「わからない」
 佑美は、ティカップを抱えるように持ちながら一口飲んだ。
「話って何かな?」
 佑美が、話しにくそうだったので、雅之から尋ねた。
「私は、もう、圭君の家に行かない方が良いのかな」
 俯き加減でそう話す佑美に、
「そうだね、暫くはやめた方が良いかもね」
「そうよね」
はかなく今にも消えてしまうのではないかと、雅之は思い、思わず、佑美の左手を握りしめた。
「えっ」
 佑美は、雅之のその行動に、一瞬硬直し、雅之を見つめた。あまりに真剣に見つめる雅之に目を離すことが出来ずにいた。私は、この目が苦手だ。全てを見透かしているような目。自分の心の奥底まで見つめているように感じるのだ。だが、その瞳の中に、優しさも垣間見ることが出来た。その優しさを見つけたときふっと、心がゆるむ。今も、雅之の瞳に優しさが見え、佑美は、表情を和らげた。硬直した体から力が抜けるようであった。このままこの手にすがれたらどれだけ癒されるのだろうか。
 雅之は、佑美の手を握りしめ、何故そんなことをしてしまったのか、とまどっていた。だが、佑美を見つめていくうちに、佑美の表情が和らぐのを見て、ますます愛おしくなった。この手を離したくないと思った。今、この手を離したら僕は、巡り会えないような気がした。僕は見つめたんだ。僕の心を癒す笑顔を。きっと、美由紀を忘れることは一生ないだろうが、美由紀以外の僕を癒す瞳なのだ。解っている、彼女の心の中には、圭一しか居ないことは。でも、少しで良い僕にその優しい笑顔を向けてくれたら僕は救われる。
「中井さん」
 佑美は、少し困った顔を見せた。その表情を読み取った雅之は、そっと手を離した。
「僕は、佑美ちゃんの味方だからね。何でも相談して」
「はい」
 佑美は、笑顔で答えた。この笑顔を僕だけの物に出来たらどんなに幸せだろうか。
 二人は、喫茶店を出て、佑美の買い物に付き合った。佑美は、花屋で花を買った。
「事故現場に供えようと思って」
「そうか。僕、持とうか?」
「ううん」
 佑美は、寂しい笑顔を見せて、首を振った。二人で、沈黙の中、坂を上った。公園の前の事故現場に着き、佑美は、花を供えた。そのまま手を合わせた。圭一のことを考えると、今でも胸がキュンとなった。出会った頃のようなときめきが今でもある。そして、ああ、もう居ないんだなと現実に戻され、涙がこぼれそうになる。圭一に会いたい。いつも、心のどこかでそう考えている。きっと、今、圭一に会いに行っても、怒られそうだから、もう少し生きていくね。佑美は、涙が落ちないように上を向いた。青い空が、目にしみた。「佑美ちゃん、大丈夫?」
「うん」
 佑美は、上を向いたまま、返事した。
「空、きれいだね」
 佑美は、涙でかすんでいく空を見ながらつぶやいた。
 和宏は、美子の病室の前にいた。家族を見つけたという気持ちで一杯だったが、和宏には、これからのことが見えなかった。
「こんにちは」
 病室にはいると、美子は、窓際に立っていた。
「わざわざ来てくれてありがとう」
 美子は、頭を下げた。
「大学の帰り?」
「はい、そうです」
 暫くぼんやり和宏を見つめ、
「圭一と同じ大学だったのよね。でも、圭一は居ないのよね」
 美子は、また、外を眺め始めた。
「圭一が居てくれたら良かったのに。どうして死んでしまったのかしら。貴方は良いわね」 美子は、ぼんやりと外の景色を見つめたまま、つぶやいた。
「そう、あの子は死んだわ。どうして死んだの。私は、あの子がいないと駄目なのに。これからもあの子の成長を見つめていきたかったのに」
 和宏には、言葉がなかった。硬直してしまったのだ。言葉なんか話せる状態ではないのだ。僕は、どうして此処に居るんだ。いや、何故生きて居るんだ。やはり僕が死ぬべきだったのか。
「また、伺います」
 そう言ってその部屋を出るのがやっとだった。和宏にとってこの部屋に来る意味がわからなかった。来るべきではなかったのか。だが、僕は、母の面影を探してここに来たに違いない。だから、また、明日も来るだろう。 美子は、和宏が出て行ったのも気づかず、暫く窓の外を見つめていた。圭一は、すぐに風邪を引く子だった。だから、暖かくして外出させた。それがいつの間にか、丈夫になり風邪を引かなくなった。こほん、こほんと咳をし始めるとすぐに額に手を置き、熱がないか確認した。最近の圭一はいつもそんな私の姿を笑ってみていた。もう冬なのに、圭一は風邪を引かなきゃ良いけど。だが、圭一は居ない。私を置いて、どこかに行ってしまった。どこに行ったの?そう言えば、あの子と引っ越しの準備をしていた。二人で楽しそうに荷物を運んでいた。あの子が連れて行ったのね。あの子は誰?どこかであったわ。ああ、解らない。いいえ、思い出した、そうだわ、うちに花を持ってやってきたんだわ。どうして花なんか。そうだわ、圭一に花をあげて。どうして、圭一に花をあげるの。美子は、一筋の涙を流した。そうね、貴方は死んでしまったのね。もういない。圭一はもういないのだ。そう理解すると、涙が止まらなくなった。ふと、周りを見回した。和宏が居たはずだ。私は、何か言っていたような気がする。何を言ったのか。和宏は、帰ってしまったのだ。きっと、酷いことを言ったのだ。また、和宏を傷つけた。まただ、そんなつもりはないのに。彼といろいろ話したいのに、どうしてこんな事を言ってしまうのだろうか。美子は、静かに泣いた。誰にも聞かれたくなかった。圭一にも知られたくなかった。こんな母親嫌だと思っているに違いない。そう思うと、ますます声を殺して泣いた。
 和宏は、公園まで歩いた。和宏は、いつものように自己嫌悪に陥った。僕は、生まれてきてはいけなかった。僕の場所がない。だから、居ない方が良いのだ。僕が、死ぬべきだったんだ。公園前の花を見ながら和宏は思った。君は、死んだらいけなかったんだよ。
 佑美は、雅之と過ごす時間が癒されている気がした。でも、まだ、圭一のことで、胸の中を占領していた。いつになったら笑って圭一の話が出来るのだろうか。そうなったら、圭一の両親とも話が出来るのだろうか。そう早くなりたい。同じ悲しみを持っているのだから。今は、雅之だけが自分の気持ちを理解してくれる。だから、会っていても安心できるのだ。今は、甘えて良いのだろうか。ぼんやり考えていると、雅之からメールが届いた。『明日、また良かったらお茶しない?夕方、どう?』
 あっけらかんなメールに佑美の顔が綻んだ。『ありがとう、また、校門のところで良いですか?』
『そうだね、同じ時間にしようか。待ってるね』
『はい、お休みなさい』
『お休み』
 雅之は、メールを送り終わり、ほっとした顔になっていた。こんなメールでも、雅之にとってはかなり緊張する物だった。それは、佑美に送る物だったからなのだが。また、佑美に会えると思うと、心が弾んだ。今は、まだ、この気持ちは打ち明けられない。まだ、佑美は、圭一のことで頭は一杯だから。でも、ずっと、彼女の側にいたら、いつか僕の存在に気づいてくれるに違いないのだ。僕は、それまで待ち続けようと思う。急がなくて良いんだ。雅之は、美由紀の写真を見つめてそう思っていた。
 


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