ふいに、和宏の携帯電話が鳴った。 「もしもし」 相手が、どこに居るんだと聞いた様子だった。 「公園の側の友人のマンションにいます」 和宏は、答えた。 「うん、解りました。マンションの前で待っています」 そう言い、携帯電話を切った。 「ごめん、父さんが、なんか用事があるらしくて、今から来るって言うんだ。ありがとう、今日は。また、明日、学校で」 そう言い、部屋を出て行った。雅之は、ああと言いながら、和宏の背中を見送った。 暫くして、佑美から、雅之の携帯電話にメールがはいった。 『お兄ちゃんがお邪魔していたみたいで。お兄ちゃんと何か話をしたんですか?』 雅之は、辛い立場にいる佑美からのメールを読みながら、何故か、不謹慎だが心が躍った。すぐに、返事を送った。 『話をする前に帰ったんだ。少し、元気になった?何かあったら、いつでも相談に乗るよ。一人で悩んでいたら駄目だよ』 今佑美の気持ちを理解できるのは、自分だけだと雅之は、思った。弱みにつけ込むみたいだが、それでも、佑美に何かしてあげたいと純粋に思うのだ。そう思いながら、返事を送った。返事を送り、佑美の返事を待つ自分が滑稽に思えた。そんなにすぐに返って来るわけがないのに。苦笑いを浮かべながら、携帯電話をテーブルに置くと、メールが受信されたメッセージの音楽が流れた。慌てて携帯電話を取り、受信を確認すると、待っていたメールだった。心を躍らせながら開くと、 『ありがとうございます。あの、もし良かったら明日、ちょっと、話を聞いて頂きたいことがあるんです。時間、ありませんか?』 雅之は、何度も短い文章を読み直し、返事を送った。 『うん、いいよ。じゃあ、夕方五時に校門のところで待ってるよ。良いかな?』 佑美の返事が来るようなメールを送った。暫くして、返事が返ってきた。 『はい、解りました。おやすみなさい』 佑美のメールを確認し、雅之も、 『おやすみ』 そう、返事を送った。僕は、やっと、自分を素直に出せる人に巡り会えたよ、美由紀ちゃん。美由紀は、雅之の姉の名だった。僕の悲しみを理解してくれる人だよ。良いよね、彼女を好きになっても。僕が、心から好きになれる人だ。雅之は、佑美を思った。 その頃、佑美は、雅之のメールを読みながら、ため息をついていた。まだ、圭一が居なくなって少ししか立っていないのにこんな風に違う男性とメール交換をしていいものだろうか。圭一への気持ちが薄れたわけではない。ただ、今は、悲しみを理解してくれる人がほしいのだ。雅之は、気持ちを理解してくれているただ一人の人物だ。彼が居なかったら私は死んでいたかもしれない。それでも良かった、あの時は。でも、今は違う。圭一の分まで生きていこうと思う。圭一がいたことを、この世の中に十九歳まで生きていた彼を忘れないために、私は生き続けようと思う。周りの誰もが彼を忘れても私は、私が生き続ける間、彼を忘れることはないだろう。そのために私は生きていくのだ。彼のために。きっと、雅之も、姉を忘れないために生きているに違いない。その点では、私と彼は一緒なのだ。だから、理解できる。だから、これは好きとか愛しているとかではないのだ、お互いが理解できる共通の物を持っているというだけの話だ。佑美は、そう自分に言い聞かせていた。 和宏は、父の車に乗り込んだ。 「どうしたの、父さん」 父は、ハンドルを握りしめ、 「ちょっと、病院に行く。おまえには可哀想なことをするが、おまえに来てほしいと言うから」 「誰が?」 父は、真っ直ぐ見つめたまま、 「東圭一君のお父さんだ」 「えっ」 夕方会ったばかりなのに、何か有ったのだろうか。 病院には、すぐに着いた。佑美が、入院していた病院だ。圭一が息を引き取った病院だ。父の後ろを付いて歩いていった。 「横川さん」 圭一の父である宏に呼び止められ、二人は振り向いた。 「ここなんです」 宏は、病室を指さした。 「誰なんですか」 和宏は、まだ、飲み込めていなかった。いや、解っていた。そこには、 「美子が、睡眠薬を飲んで」 やはり、でもどうして。 「でも、薬なんか」 宏は、悲しみを帯びた瞳で、 「君を傷つけたと。君に申し訳ないことをしたと」 僕が、原因なのか。僕が、やはり、皆を不幸にするのか。 「どういうことだ、和宏」 「夕方、伺ったんです、東さんのお宅に。そこで、いろいろ話をしました。でも、そんな雰囲気ではなかったのに」 「君が悪い訳ではないけど、ずっと、負い目を感じていたんだと思う。君に謝りたいと言っていたんだ。だから、君を呼んだ」 夕方話した父とは、別人に見えた。今は、美子の夫になっているのだ。僕の父親ではなくて。僕はいったい。僕は、生まれてきて良かったのだろうか。それは、ずっと自分に問いかけている疑問の一つだ。あの日から、僕が、横川家の子供ではないと知ったあの日からだ。僕は自分の場所を探している。ずっと、あの日から。 「美子に会ってくれるか?」 「はい」 和宏は、宏の後に付いていった。 軽いノックの音とともに、病室の中に入っていった。 「美子、和宏君に来て頂いたよ」 病室のベットに、点滴を受けて横たわる美子の姿があった。 「ごめんね、和宏君。迷惑掛けてしまって。私、貴方に酷いこと言ったと思うの。だから、どうしたらいいのか解らなくなって」 和宏は、なんて声を掛けて良いのか解らなかった。ただ、生きてほしかった。 「僕のために生きてもらえませんか」 「えっ」 宏も、驚きの表情を見せた。もちろん、美子も意外な言葉に、驚きの表情だった。 「僕にとって、母の身内の方ですし、僕は、母のことを何も知りません。だから、僕のために生きてもらえませんか。厚かましいと思いますが」 美子も、生きる道しるべを見失っているのだ。それは、和宏も同じなのだと思った。 「和宏君、また、うちに来てくれる?」 「はい、また、母の話を聞かせて頂けませんか?」 美子は頷きながら、静かに泣いた。和宏は、その様子を見ながら、僕も暫く死ねないなと思った。
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