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作品名:海の見える公園にて第二章 作者:さらら

第2回   2
「おはよう、昨日、佑美を送ってくれたんだってな」
 教室にはいると雅之が見えて、そう声をかけた。
「ああ、でも、大丈夫だった?佑美ちゃん」
「まあ、何とか。少しずつ元気になりつつある」
「そうか、良かった」
 ふっと見せた雅之の笑顔が、何だか何かを優しく包み込むような物に見え、和宏は、何だか胸騒ぎを覚えた。まさかな。和宏は、苦笑いを浮かべた。
「俺から、こんな事聞いたなんて佑美ちゃんには言わないでほしいんだけど」
「何のことだ」
 雅之は、少し迷ったが、
「おまえの家族と圭一君の家族は何か関わりがあるのか」
 和宏の顔から血の気が引いた。
「どうしてだ」
 和宏は、なるべく冷静を装った。何でそんなことを。
「佑美ちゃんが、昨日、公園で泣いていた。どうして泣いていたと思う」
「圭一君のことか」
「まあ、そうだな。でも、少しずつ立ち直りつつある」
「じゃあ、どうしてだ」
 雅之は、静かに深呼吸した。
「圭一君のお母さんに、あなた達家族は、何処まで私の幸せを邪魔するの。私の大事な圭一を返してって言われたそうだ」
 何でそんなことを、和宏は、膝ががくがくした。立っていられなくなりそのまま、椅子に座り込んだ。
「どうしたんだ。大丈夫か?」
 和宏は、頷くだけだった。
「何かあるのかおまえたちの家族と圭一君の家族には」
 和宏は、返事できなかった。佑美は、知ってしまうのだろうか。それだけはやめてほしい。
「佑美は、他に何か言ってなかったか?」
 雅之は少し考えて、
「もう来ないでくれって、それから迷惑だって言われたみたいだ」
「そんなことを。どうして佑美は言わないんだ」
「佑美ちゃんだって辛かったんだと思うよ。だから、言えなかったんだよ。みんなに心配もかけたくなかっただろうし」
 それで、雅之に話したのか。和宏は、寂しさを感じた。だが、それ以上に、圭一の母への怒りを感じた。どうして佑美にそんなことを言うんだ。佑美は、関係ないのに。
「何かあるのか。まあ、俺は、部外者だから何も言わないけど、佑美ちゃんの事考えてやってくれよ」
「そんなこと解ってる」
 和宏は、自分が情けなかった。佑美を守れない。
「僕は、生まれてきたらいけなかったんだ」「なんだ?」
 雅之は、怪訝そうな顔をして和宏を見つめた。
「いや、何でもない」
 雅之は、ため息をつき、
「与えられた命じゃないか。そんなこと言うな」
「ああ、聞かなかったことにしてくれ」
 和宏は、そういうのがやっとだった。
 夕方、和宏は、圭一の家に向かった。お供え物を近くで購入し、圭一の家の前に立っていた。なかなかインターホーンを押せなかった。思い切ってインターホーンを押して、少し後悔した。しばらくの間があり、
「はい」
 女性の声がした。
「あの、横川と申します」
 しばらくの沈黙の後、
「どうぞ」
 冷たい口調で、中に招き入れた。和宏は、圭一の母親について行き、圭一の写真の置いてある仏壇まで通された。お供え物を置き、線香をたてた。白い煙が、ゆらゆらと揺れていた。
「こちらへどうぞ」
 和宏は、言われるままに、隣の和室に向かい、座った。
「今日は、突然、お邪魔しまして」
 和宏は、深々と頭を下げた。
「どのようなご用件でしょうか」
 相変わらず冷たい口調だった。和宏は、返事に困った。
「私は、貴方に会うことはないと思っていました。会いたくなかった。会うのが怖かった。でも、圭一にこんなに似てるなんて、やっぱり血は争えないのね」
 和宏は、じっと、圭一の母である美子を見つめていた。目元が、圭一と似ている。ということは、僕と似ているのか。僕は、この人と何も関係ないはずなのに。
「僕が、憎いですか」
 美子は、はっとして、しばらく下を向いていたが、
「貴方は、私のことどう思っているの」
「僕は・・」
 和宏は、言葉に詰まった。ここに来るまでは、憎いと思っていた。僕の大事な妹に酷い事を言って。だが、それは、仕方ないことなのだとこの人を見て思った。僕がいるから。
「貴女は、僕のことどう思っているんですか。僕のこと、何を知っているんですか?」
 美子は、悲しい瞳のまま和宏を見つめ、
「全部知っています」
「全部」
 僕の母のこともだろうか。
「きっと、貴方の知らない事も含めて全部知っているんです」
「母を知っているんですか」
 美子は、こくんと頷いた。
「母は、どんな人だったのですか」
 和宏は、初めて自分の居場所がわかったような気がした。
「貴方は、酷い方なのね。でも、私はもっと酷い女だから、仕方ないわね。貴方の前では、私は、醜い女に見える」
 和宏は、何が言いたいのか解らず、美子をじっと見つめていた。
「私が、養子に出したんじゃないのよ。宏さんが、貴方を手放したの。私は、嫌だったの。だって、貴方が居てくれたら私の、私と宏さん、いえ、兄さんを失いたくなかったから」
「えっ兄さん?」
 美子は、泣きながら、でも笑って居た。
「私、お姉ちゃんが、大好きだった。だから、お姉ちゃんの真似ばっかりしていた。服だって、髪だって。お姉ちゃんは、私より五歳年上で、きれいで優しくて、笑顔が素敵で何でも出来たの。お姉ちゃんが大学を卒業する頃、お父さんとお母さんが事故で死んだの。高校生だった私の学費を、両親の保険で何とかしてくれて、短大も出してもらったの。もうその頃お兄さんと付き合っていたお姉ちゃんは、しょっちゅう、うちにも連れてきていたわ。初めて、お兄さんと会ったのは、高校二年生の春だった。背が高くて、髪がさらさらしていて優しくて、素敵な人だった。もう、うちの両親にもあわせていて、お姉ちゃんが大学を卒業したら結婚しようって話していたの。お似合いの二人だと思っていたの。だから、幸せになってほしかったのに」
 美子が、何だか自分よりずっと小さい女の子に見えた。彼女は、幸せじゃないんじゃないだろうか、と和宏は思った。
「お姉ちゃんより二つ上のお兄さんは、大人の男性だった。私にもお姉ちゃんみたいに優しくしてくれて、私、ずっと、あこがれていた。お姉ちゃんは、私が無事に大学に入ったのを見届けて、お兄さんと結婚したの。お姉ちゃんの花嫁姿がきれいだった。本当に、身内だけで結婚式あげて、でもお姉ちゃん、幸せそうだったのよ。私、羨ましかったの。私も、お兄さんみたいな人を見つけようって思ったのよ」
 美子の顔が何故か幸せそうに見えた。無邪気に笑いながら思い出話をしている美子がかわいらしく見えた。
「お姉ちゃんが、赤ちゃんが出来たのよって私に嬉しそうに電話してくれたときは、本当に私も嬉しかったの。これは本心よ。でも、赤ちゃん産んで死んじゃうなんて。たった一人の身内なのに、いなくなってしまって。だから、私、赤ちゃんを引き取りたかった。でも、お兄さんは、君の人生が台無しだって。いい人たちだからきっと立派に育ててくれるって。お兄さんは、そのあと、転勤になって、遠くに行ってしまった。私は、本当に独りぼっちになってしまって。何もかもなくして」 和宏は、美子の悲しみを理解した。僕もそうだ、一人なんだ。そして・・
「それから、三年ほどしてお兄さんとばったりあった。私は、運命を感じた。いつの間にかお姉ちゃんのまねをして、この人と結婚したいと思っていた。ずっと、お姉ちゃんの真似をしていたんだから。お兄さんは、はじめは、相手にしてくれなかった。でも、お互い、寂しい人生を送っていたんだから。お兄さんはずっとお姉ちゃんを思っていて再婚しなかった。それなら、共通のものがあるじゃないって。私はね、お姉ちゃんを思っているお兄さんで良かったの。私を見てくれなくても良かったの。でも、違った。圭一が生まれても、圭一を通して手放した子供を見ていたの。確かに私にも圭一にも優しかった。でも、その優しさには偽りがあった。お兄さんは、宏さんは、私じゃなくてお姉ちゃんが好きなんだもの。どうして、貴方だけ幸せなのよ。圭一だって、幸せになって良いはずなのに。どうしてよ」
 和宏は、何も答えてあげられなかった。僕が生きていることはこの人を不幸にするのだろうか。僕は、何故生まれてきてしまったのだろう。僕の代わりに母が生きていたらきっと、この人も不幸にはならなかったのではないだろうか。
「ごめんなさい」
「えっ」
 和宏の言葉を聞いて、美子は、はっとした。「私、貴方に、酷いことを」
「いえ、ただ、僕は生きて居るんです。それをどうしたらいいのか解りません。だから、ごめんなさいとしか言えないんです」
 美子は、泣き崩れた。
「違うの、貴方を攻めるつもりはなかったの。ただ、私も、私もどうして良いか。でも、もう駄目よね。私は、圭一を失った。圭一だけが頼りだったの。私とお兄さんを結ぶ物はなくなったの。私は、ずっと、好きだった。お姉ちゃんが連れてきた日から」
「僕は、貴方は、何も失っていないと思います。ずっと、お兄さんと過ごした日々の思い出があるじゃないですか。それに、嫌だったらお兄さんだって結婚なんてしていなかったでしょうし。だから、大丈夫ですよ」
 和宏は、美子には、幸せになってほしかった。僕に出来ることは優しい言葉を掛けるだけだが。
「僕のこと、引き取りたいって思ってくださっただけでも嬉しいです。その言葉だけで僕は、十分幸せです」
「恨んでないの」
「どうして恨むんですか?僕は、幸せです」 美子は、優しく笑った。ふと、自分の母親もこんな笑顔をしていたのだろうかと思った。「僕、帰ります。また、伺っても良いですか?」
「ええ、あ、でも、出来たら一人で来てください」
「はい、解りました」
 佑美には、会いたくないのだろう。それに、佑美を連れてくれば、僕の秘密もばれてしまう。そう思いながら、和宏は、東家をあとにした。外は、すっかり日が落ちて、星がちらほら見えていた。和宏は、星を見上げ、母を思った。
「和宏・・・君」
 不意に声を掛けられ、声の方を見た。そこには、圭一の父である宏が立っていた。そして、僕の父だ。和宏は、心の中でつぶやいた。「うちに来てくれたのかい」
「はい」
 宏は、暫く和宏を見つめていたが、
「良かったら少し歩かないか」
「はい」
 宏は、ゆっくり坂を歩き始めた。静かに、何も話さなかった。
 圭一の事故現場が見えてきた。それでも、宏は歩き続けた。和宏は、何も言わずついて行った。
 沢山の花が供えられた事故現場に着くと、宏は手を合わせた。和宏も一緒に手を合わせた。
「どうして、こんなに早く行ってしまったんだろうね」
 宏は、ぽつんと言った。和宏は、答えられなかった。
「少し座ろうか」
 そう言いながら公園にはいりベンチに腰掛けた。
「私は、本当に参って居るんだ。だが、私以上に妻が参ってしまっているから、何とかしなければと思っている。でも、優しい言葉一つ掛けてあげられない。君は、酷い父親だと思っているだろうね。私は、君を捨てたんだものね。すまないと思っている。でも、どうしようもなかった。今の奥さんは、君のお母さんの妹なんだ」
「さっき、聞きました」
「そうか、何か言っていたか」
「ええ、まあ。僕のことを育てたかったって。たった一人の血の繋がった家族だったからと」
「そうか」
 宏は、暫く星を眺めていた。和宏もつられて空を見上げた。
「彼女には、迷惑を掛けたくなかったんだ。僕が、君を育てれば、どうしてもほっとけなくて、自分を犠牲にして、君の面倒を見ようとするだろう。そうなったら彼女が不幸だし、私は彼女に幸せになってほしかったから。息子を捨てる形になった。酷い親だったね」
 和宏は、首を振った。
「横川さんご夫婦は、とても良い方だった。だから、私は、君を二人に託した。こんなに、立派に育ててくれたことに感謝している」
「僕は・・」
 和宏は、育ての両親の顔が浮かび、佑美の顔が浮かんだ。横川家に暮らさなければ、佑美と出会うことはなかっただろう。だが、こんなに苦しい思いをすることもなかっただろう。この父を恨むことも出来ない。母の妹である美子の事を考えると、また、自分の存在を恨めしく思うのだ。ふと、母の名を知りたくなった。和宏は、じっと、父の顔を見た。
「母は、何という名だったのですか」
「陽子という名だったよ」
「陽子」
 東陽子。あの妹である美子に似ているのだろうか。僕は、母の顔を知らないのだ。
「君と圭一はよく似ている。君に初めて病院で会ったときは、本当にびっくりした。だが、圭一が大変だと言うときに不謹慎だが、立派に育ってくれて何よりも嬉しかった」
 和宏を愛おしく見つめる宏の目は、父そのものの目だった。
「圭一は、美子そっくりだった。そして、陽子にも似ていた。だから、君も、美子にも陽子にも似ている。あの二人の姉妹は本当に似ていた。今でも、美子を見ていると、陽子を思い出してしまう。それが辛いときもある」
 和宏は、美子の顔を思い出した。あの悲しみに暮れた表情は、宏にも原因があると思われた。美子の中に陽子を見ている宏。それを感じ取っていた美子。このままでは、二人とも不幸だ。圭一が居なくなった今、この夫婦はどうなってしまうのだろうか。圭一は、もしかしたらそれを感じ取っていたのかもしれない。だから、早く独立して、幸せな家庭を築きたいと願ったのかもしれない。偽りのない家庭を。その相手が、僕の妹なんて、なんて皮肉な運命なんだ。僕は、やはり、皆を不幸せにするのか。
「和宏・・君。また、君と会いたいと思う。良かったら、また、うちに来てくれないか」
和宏は、返事に困った。僕が行くことが本当に良いことなのか、解らないで居た。
「駄目だろうか。そうだろうな」
 和宏は、父が哀れに見えた。父親とはこんなに小さな物なのかとふと感じた。
「また、時間を見つけて伺います」
 和宏は、取り敢えず、そう答えた。それで、この父が、安心するのならそれで良いのだ。
「ありがとう」
 父は、笑顔で立ち去った。和宏は、暫く、公園から夜景を見ていた。僕は、此処に悲しい事があるときにしか来たことがなかった。僕は、これからどうしたらいいのだろうか。僕の存在は、皆を不幸にしているのだろうか。それとも、僅かでも幸せをもたらしているのだろうか。
 ため息をつき、公園を出た。
「横川」
 ふいに声を掛けられた。振り向くと雅之が立っていた。
「どうしたんだ、こんな時間に、こんなところで」
「ああ、ちょっと」
 雅之は、何故か和宏がほっとけないと感じた。このまま返して良い物だろうか。
「ちょっと、僕の部屋に寄らないか」
 和宏は、少し、考えたが、
「ありがとう、じゃあ、ちょっとだけな」
 雅之の後に続き、和宏は、マンションに入っていった。
「家に電話しとかなくて良いか?」
 部屋に入るなり、雅之が、尋ねた。
「ああ、ちょっと、電話しておくよ」
 和宏は、携帯電話で電話をし始めるのを確認して、コーヒーを入れ始めた。
「ちょっと、遅くなるね。連絡遅くなってごめん」
 和宏の、かなり気を遣う会話が聞こえてきた。雅之は、それを聞きながら、親子なのにどうしてそんなに気を遣うのか不思議に思えた。佑美が、まだ、落ち着かないからだろうか、ふと思ったのだが、和宏には敢えて聞かなかった。他人の家の話だ、そう思ったが、雅之は、佑美の顔が浮かんだ。ここ数日、雅之の中で、佑美の存在が大きくなりつつあった。同じ悲しみを持つ身だからだろうか。いや、何かが違う気がした。いつだったか、姉に似た仕草を見つけたときがあった。それからだ。その仕草が見たくて、佑美に会いたいと思うことがある。姉を思い出したいから、いや、違うな。やっぱり、佑美の事が気になるんだ。純粋にそう感じ始めている。僕が、佑美の悲しみを癒せるのなら、何でもしてあげたい。僕の悲しみを彼女が癒してくれたのだから。


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