祐美は、圭一のことを忘れないでいようよ思った。あんなに愛した男性は、初めてだったから。前を見て歩くことは出来ないと思うけど、圭一に笑われない人生を歩かないと、そう思うのであった。 ふと圭一の家を訪ねてみようと思った。本当にこの世にいないのか自分の目で確かめたくなったのだ。 学校の帰りに花を買い、圭一の家に向かう。最近では、ワイドショーの話題にも上らなくなったので、特にカメラもないだろうと出かけた。 「ごめんください」 外から声をかけると、足音が聞こえてきた。 「どなたですか」 「あの、横川佑美です」 しばらくの沈黙の後、ドアを開ける音がした。やつれた圭一の母がそこに立っていた。 「あの、お邪魔してよろしいでしょうか」 圭一の母の悲しみが伝わってくる。母親は、小さくため息をつき、 「どうぞ」 と答えた。歓迎されていないのだろうか。そうだろうな、どこかでそう感じた。 圭一の母について行き、祭壇に向かった。線香の香りが漂っていた。そこには、笑顔の圭一の写真が飾られ、そばには白い布で包まれた遺骨があった。これが現実なんだ。佑美は、やっと理解できた気がした。お線香をあげ、手を合わせた。母に向き直り、 「お花をまた、あげて頂いてもよろしいでしょうか」 とお願いした。 「はい」 と短く答え、花を受け取った。 「お通夜にもお葬式にも出席せず失礼しました」 「いいんですよ、貴女も大変だったのだから。もう、大丈夫?」 優しい気遣いだったが、何故か隔たりを感じた。そして、その後の言葉で、 「まだ貴女も若いんだから、圭一の事は忘れて、新しい人生を歩んでください。だから、もう来ないでほしいの」 迷惑なのだろう。最後の言葉が胸に突き刺さる。だが、佑美は、一生圭一といたいと考えていた。だから新しい人生なんて。 「私は、圭一さんと結婚するつもりでした。そう簡単には、忘れられないんです」 圭一の母の表情が変わり、 「迷惑なんです。貴女とつきあわなかったら圭一も死ぬことなかったんです。貴女の家に行く途中だったんでしょう。貴女と付き合いさえしなければ、圭一は」 激しい口調と共に、母親は、泣き叫んだ。 「どうしたんだ」 圭一の父親が帰宅し、妻の泣き声に慌てて入ってきた。佑美の姿を認めると、寂しい笑いを浮かべ、 「妻が酷いことを言ったのではないですか?」 佑美は、首を振った。母親の言うことはよくわかる。今は私が悪いのだ。私と知り合わなければ。 「あなた達家族は、何処まで私の幸せを邪魔するの。私の大事な圭一を返して」 佑美には、意味がわからなかった。 「美子」 その厳しい口調にびくっとなった母親は、それ以上何も言わなかった。 「佑美さん、わざわざ来てもらったのに悪かったね。妻が言ったことは気にしないでくれ。今は、まだ気が動転していて」 佑美は、これ以上この家にはいられないと感じて立ち上がり頭を下げて玄関に向かった。 父親は、玄関まで見送りに出てくれ、 「君のご両親には、大変お世話になったんだ。宜しく伝えてください。また、一度伺いますから」 優しく寂しい笑顔で圭一の父は、見送ってくれた。 佑美は、玄関でもう一度頭を下げ、家路に向かった。いったいどういう事なのだろうか。うちの両親が、うちの家族が何をしたというのだろうか。解らない、私の知らないことがあの家族との間にあったのだろうか。 佑美は、圭一の母親に攻められたことがショックで両親にも兄にもいえずにいた。もう、圭一の家には行ってはいけないのだろうか。もう、圭一を忘れなければいけないのだろうか。同じ悲しみを共有していると思った圭一の家族は、私を受け入れてくれなかった。 佑美は、圭一の母の言葉を思い出すと、いつもの公園に来ていた。圭君、もう、楽しいことなんかないよ。でも、来てもいいよね。佑美の両目に涙が溢れてきた。 「佑美ちゃん」 不意に声をかけられ、佑美は、涙を拭いた。 「どうしたの?」 佑美の隣に腰掛けた声の主は、雅之だった。佑美は、涙を拭きながら、 「私駄目みたい。めげそうです」 「そうか、でも、何があったか知らないけど、まだまだこれからだよ」 「でも、圭君のお母さんがもう来ないでくれって、迷惑そうだった」 雅之は、ため息をつき、 「そうだろうね。あ、ごめん。でも、お母さんにしたら大事な息子が死んだんだよ。でも、佑美ちゃんは生きてる。それに対して腹立たしさを感じるんだ。どうしてうちの子だけこんな目に遭うんだって」 佑美は、圭一の母親、美子の言葉を思い出していた。私の家族がどうしたのだろうか。美子の怒りは、何だか違う物ではないかと思う。佑美の背中に見える物に対しての怒りと言ったらいいのか。 「圭君のお母さんが変なこと言ったの。あなた達家族は、何処まで私の幸せを邪魔するの。私の大事な圭一を返してって言ったの。うちの家族は何も知らないのに変でしょう」 佑美は、泣くのも忘れ、美子の言葉を理解しようとした。 「一度、ご両親に聞いてみたら、圭一君のお母さんの思い違いかもしれないから」 「うん、でも」 佑美は、両親にはどうしても言えなかった。 「どうしたの?」 「うん、もう少ししてからもう一度お邪魔してみる」 そう、もしかしたら今度は違うかもしれない。だが、それは空しい思いに感じられた。ずっと、受け入れられない。そんな気がする。「佑美ちゃん、我慢したら駄目だよ。泣きたいときは泣いて良いんだよ。でも、圭一君に笑われないような人生にしなきゃ。圭一君の人生を歩んでもそれは、佑美ちゃんの人生でもあるよ」 「そうね」 佑美は、ぼんやり海を眺めていた。もう、すっかり日は落ちてしまった。 「そろそろ帰ろうか。僕、送っていくから」 「ありがとう」 何だか、有り難かった。一人で帰るのが辛かった。雅之に、甘えて良いのか解らなかったけど、今自分の気持ちを理解してくれるのは、雅之だけなのだ。 帰り道は、もう、圭一の話はしなかった。雅之が気を遣い、学校の話や、和宏の話をしてくれた。それで、気持ちは落ち着いた。 「じゃあ、ゆっくり休んでね」 そう言うと、雅之は、走って帰った。佑美は、しばらくそれを眺めていた。何だか胸の奥が暖かくなるような気がした。 和宏は、佑美が、少しずつ元気になってきたことが嬉しかった。早く立ち直ってほしいと感じていた。でも、僕は、ずっと、兄のままなんだな。それでも佑美の側にいられたらと思う。
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