結局和宏は、佑美が起きている時間には帰ってこなかった。佑美も明日学校があるので先に休むことにしたのだが。 朝起きるとメモがあり、『今日は、午後からだから起こさなくて良いよ』と書かれていた。佑美はいつもの時間に家を出た。昨日圭一と会った公園を通りすぎ、大学までの道のりを急いだ。いつもと変わらない朝なのに、今日は、違って見えた。和宏に失恋したのだからもう少し泣いたりするのかなと思っていたが、もしかしたらそれ程思っていなかったのかもしれない。一つはすでに諦めもあったのかもしれないが。 授業が終わり、いつものように家路に急いだ。公園をちらっと見たのだが、圭一の姿はなかった。少しがっかりして家路を急いだ。 それから、大学の帰りには、必ず公園で立ち止まり、圭一の姿を探したが、見あたらなかった。 圭一と知り合って一週間ほどたった日だっただろうか、少し帰るのが遅くなったのだが、夕日がとてもきれいな日だった。佑美は、このきれいな夕日を公園でみたいと思った。急いで公園まで駆けて行った。息咳ききって一気に走り抜け佑美は、公園に到着した。息を切らしてベンチに行くと、 「こんにちは」 笑顔で圭一が座っていた。 「こんにちは」 「僕のこと覚えてる?」 「はい、東圭一さん」 佑美は、はにかみながら答えた。 「フルネームで覚えてくれてたんだね。ありがとう」 会えた。私は、この人に会いたかったんだ。佑美は、圭一に惹かれて行っている自分に気付いた。 「東さんは、この近所の方ですか?」 「あ、圭一でいいよ。僕は、この坂を少し下ったところ。今は、家族と住んでるんだ。高校三年の時にこっちに越してきてこっちの大学を受験して坂を下ったところにある大学なんだ。えーと君は?」 「あ、私は、横川佑美です。私も同じ大学なんです」 「え、そうなんだ。僕は一回生だけど。僕は、初めて会ったとき高校生と思ったんだ。じゃあ、君も一回生かな」 「はい、でも大学では会ったこと無いですね」 「まあ、あれだけ居たらね。佑美ちゃんは、この近所?」 「私は、坂を上がったところ。あ、みて、夕日がきれい」 佑美は、夕日に見とれた。 「私、今日この夕日が見たくて走ってきたの」 頑張って走って良かったと佑美は思った。 「僕も、そう思って急いできたんだ。それに」 「それに?」 圭一は照れながら、 「君に会えそうな気がしたから」 佑美は、恥ずかしくなり俯いた。そんな風に言われたことがなかった。それでも、佑美は嬉しかった。瞳を真っ直ぐ上げ、圭一を見つめた。 「ちょっと、キザだったね」 圭一は、照れながら佑美を見つめていた。 「私、今日は、辛いことがあって来たんじゃありません。良いことがあると思って」 佑美は、素直に貴方に会いたかったと言えなかった。 「絵は、どのくらい出来上がったんですか?」 圭一は、スケッチブックを開いてこの前の描きかけの絵を見せた。 「後少しなんだ。でも、これに色が入ったらまた雰囲気が違うから」 「みてみたいな。出来上がったら是非見せて下さいね」 「うん、一番最初に見せるよ」 佑美と圭一は、約束を交わし、また、この公園で会う約束をした。佑美の淡い恋の始まりだった。 一週間後、約束通り公園で待ち合わせしたが、あいにくの雨だった。佑美は、学校から直接公園に向かったのだが、雨脚は強くなる一方だった。 「ごめん、遅くなって」 激しい雨の中、傘も差さずに圭一は、駆けてきた。慌てて佑美は傘を差し掛けた。 「朝、傘を持っていかなかったから、まさか降るなんて思わなくて。絵はごめん、雨に濡れそうだったから学校に置いてるんだ。昨日やっと出来上がったんだけど」 「傘を取ってきたら良かったのに。こんなに濡れて風邪を引いてしまいます」 佑美の肩に触れる圭一の体は、雨で濡れていた。そこから圭一の体温が、伝わってくるのだった。圭一は、佑美が持っている傘を持ち、佑美が濡れないように差し掛けた。 「困ったね、こんなに降るとは思わなかったよ。絵を見てもらいたかったな」 圭一は、残念そうにそう呟いた。 「ねえ、圭一さん、おうちは此処からどのくらいですか?」 「え、家?歩いて15分くらいだけど」 「じゃあ、おうちから学校までは?」 「やっぱり15分、どうして?」 佑美は、にっこり笑い、 「今から圭一さんのおうちに送っていきますから、まず、この服を着替えて下さい。それから、絵を見に学校に行きましょうよ。駄目ですか?」 圭一は、苦笑いを浮かべ、 「佑美ちゃんには、参ったな。でも、いいよ、ちょっと歩かなきゃ行けないけど良いかな」 佑美は、どきどきしながら坂を下った。三叉路まで来ると、左の道を歩いた。右に行ったら学校だった。あまりにも雨が強く、ほとんど人も通らなかった。佑美の足下も雨でびっしょりになり、圭一の家に着いた頃には、佑美も、片方の肩と足はびしょぬれになった。 「佑美ちゃん、ごめんね。こんなに濡れちゃって。今、タオルを持ってくるよ」 圭一は、急いでタオルを取りに行き、佑美に渡した。 「すぐ着替えてくるからね」 圭一が着替えている間、佑美は、濡れた体を拭いた。 「車があるから車で学校に行こうか」 和宏は、車のキイを持ち、出てきた。 「まだ、初心者マークだけど、しょっちゅう運転しているから大丈夫だよ。さあ、乗って」 佑美は、ためらいながらも助手席に座った。 「ごめんなさい、まだ少し濡れてるの」 「大丈夫だよ。寒くない?ごめんね、佑美ちゃんの方が濡れちゃって」 和宏は、運転しながら佑美を気遣っていた。 「大丈夫です。私がそうしようっていったんですもの。でも、車置けるのかな?」 「うん、裏に止めるところあるんだ。そこから絵を置いているところは近いから」 学校までは、車では5分とかからなかった。車を降り、圭一は、佑美の傘に入り、学校まで向かった。 圭一は、佑美とは違い、理系の建物に入っていった。和宏と一緒だと思った。2階にあがり、廊下に並んでいるロッカーの一つを開けた。そこには、袋に入れられた絵があり、圭一は、丁寧に出してきた。 「はい、佑美ちゃん」 佑美は手渡され、中を見た。 「まあ、素敵!あの風景のままね。でも、色使いもとっても良くて、圭一さんは、絵の才能があるんですね。どうしてこんなに素敵な絵を描けるの?」 「思った通りに描いただけだよ。本当に趣味だから」 佑美は、圭一の才能が羨ましかったし、自分のことのように嬉しかった。 「また描いたら見せてもらいたいな。駄目かな?」 「うん・・・・いつか佑美ちゃんをモデルに描きたいんだけど、駄目かな?」 「ううん、私で良いの?是非描いてもらいたい」 圭一は、ほっとしたように、 「実は、君に初めてあったときからそう思っていて、また君に会えたからチャンスだって思ったんだ。良かった」 圭一は、満面の笑みでそう答えた。 「この絵は、どうするの?」 ちょっと、考えていた圭一は、 「何かの展覧会でも応募してみようかな?でも、小さいから分かんないし。まあ、今日の所はこのまま置いておくよ。雨に濡れるともったいないから」 「そうね。次の絵が楽しみ」 嬉しそうにはしゃぐ佑美を、圭一は抱き寄せた。ぎこちなさそうに抱きしめられ、佑美は、顔が熱くなり、心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらいに高鳴り始めていた。自然の成り行きで、そのまま佑美にとっては初めてのキスをした。外からは、激しい雨音だけが響いていた。 長いキスの後、圭一は、 「僕、初めて君に会ったときからずっと好きだったんだ。君の名前も連絡先も聞けなかったことを凄く後悔して、その後、毎日行ったんだあの公園に。でも、会えなくて。もうずっと会えないんじゃないかと思っていたんだ。でも、あんなにきれいな夕日の中で君に会えたことは、僕の思いが通じたんだって思ったんだ。次の約束が出来て今日会えたし、僕は、今日はきちんと君に気持ちを伝えようと思ったんだ」 「私も、毎日、あの公園に行っていたの。でも、きっと、行くのが早かったから会えなくて。私も、あの日、会えたことが嬉しかった。会いたいと思っていたから」 佑美が、恥ずかしそうに俯いていると、また、圭一に抱きしめられ、軽くキスされた。佑美は、幸せな気分は、こんな物なんだろうなと、圭一の腕の中で考えていた。 「僕の携帯の番号とメールアドレスを教えるよ。本当は、佑美ちゃんの番号も知りたいけど、駄目だよね」 佑美は、首を振りながら、 「ううん、いいよ。圭一さんの都合の良いときに連絡して。私も連絡が取れないのは寂しいもの」 「良かった。じゃあ、帰ろうか。家まで送って良いかな?」 そう言いながら駐車場まで歩いた。雨は小降りになったが佑美の傘を圭一が差し掛けた。 「ありがとう」 「ごめんね、濡れてない?」 そっと、圭一に肩に手を回され、佑美は、胸が熱くなった。 「大丈夫」 小さな声でしか佑美は、答えられなかった。 結局、公園まで送ってもらい、そこで別れた。 「佑美ちゃん・・・また」 圭一は名残惜しそうに佑美に、囁いた。 「お休みなさい」 佑美は、車を見送り坂を上がった。
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