20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:海の見える公園にて 作者:さらら

第7回   7
六月になった。佑美も、大学にも慣れて友人もそれなりに出来た。
 いつものように、和宏の教室に訪れる。ほとんどの学生が佑美の事は知っており、教室に行っても、入りやすくなった。そのうち、雅之だろうか、佑美のコーヒーカップを準備してくれていた。佑美も、教室に行ったらみんなのコーヒーを入れてあげられるようになった。一人では覚えられないので、いつも誰か手伝ってくれるのだが、その役割はほとんど、雅之だった。
「今日も、待ち合わせ?」
 雅之は、いつもそんなことなんか言わないのに、今日は珍しく聞いてきた。
「ううん、何となく寄ったんです。兄は?」
「今日は、多分遅くなると思うよ」
「そっか、じゃあ、帰ろうかな」
 何となく此処に居ては行けないのではと感じた。
「中井さん、私、帰ります」
「うん、和宏には伝えておくからね」
 佑美は、気になりながらも教室を出て行った。廊下を歩き、階段を下りていくと外に出た。芝生を横切り、門に向かって歩いた。ふと、芝生の先にあるベンチが目に入った。一組のカップルが楽しそうに話している。あんなに楽しそうに話が出来る人が私にはいつ現れるのだろうかと見つめていた。楽しそうに話しているのは女の子の方で、男性は、俯いている。ゆっくり顔を上げたその男性は、紛れもなく和宏だった。彼女?佑美は、しばらくぼんやり見ていた。雅之は、このことを知っていたから、私を帰らせたんだ。でも、そうだよね、もう24歳になろうとしているのに、彼女が居ないのは変だしね。それこそ、私が居たらデート出来ないじゃない。佑美は、何も話してくれない和宏に何だか腹が立った。でも、それ以上に寂しくて悲しかったのだ。じわっと涙が溢れてくる。仕方ないじゃない。私とお兄ちゃんは、兄妹なんだし。これ以上どうすることなんて出来ないじゃない。佑美は、俯いたまま、涙を拭いた。誰にも見られたくなかった。こんな惨めな自分の姿を。  いつの間にか、海の見える公園に来ていた。ベンチに腰掛け、ぼんやり海を眺めていた。涙が止まらなかった。どうして涙が流れてくるんだろう。不思議だった。和宏に彼女が居ることは当たり前なのに。どうして今まで気付かなかったのだろう。これで、和宏への恋心とさよならすることが出来るのだろうか。佑美は、和宏に会って、普通でいられるだろうかと、心配になった。だって、勿論、和宏が自分の気持ちを知っているわけでもないのだ。知られたくない気持ち。だが、少しは気づいてほしかった気持ち。だが、気付かれなくて良かったと今は、安堵している。
 ふと人がいるのに気付いて、慌てて涙を拭いた。何故気付かなかったのだろうか。佑美は、その人物の方をちらっと見た。そして、驚いた。和宏にそっくりなのだ。横顔、雰囲気、何だか和宏に瓜二つだった。佑美は、びっくりしたまま、その男性から目が離せなくなった。
『似ている、似すぎる』
 いったい誰なのだろうか。その男性は、佑美の視線に気付き佑美に視線を向けた。佑美は、慌てて視線をそらした。暫く見ないふりをしていたが、気になりもう一度その男性に視線を向けた。だが、その男性も佑美を見ていたようで、視線があった。佑美は、慌てて俯くと、
「こんにちは」
 え、私に?佑美は、その男性に視線を戻すと、笑顔で佑美を見つめていた。
「こんにちは」
 佑美も、慌てて答えた。どうして見ず知らずの男性にこんなに簡単に口をきいてしまったのだろうと後悔しながら。
「隣に座って良いかな」
 そう言いながらその男性は、佑美の隣に腰掛けた。手には、B4サイズのスケッチブックを抱えていた。
「此処からの景色はきれいだよね。僕は、去年引っ越してきてすぐに気に入ったんだ。だから、時間があると良く来るんだ」
 佑美は、和宏に似ているこの男性に何となく親しみを感じた。
「君も、良く来るの、この公園に?」
「はい、でも、悲しい事があったら来るんです。この景色が癒してくれるので」
「じゃあ、今日は何か辛いことがあったの?」
 佑美は、頷いた。その男性は、小さなため息をつき、
「少しは癒すことが出来たの?」
「解りません。変ですが」
「そうか。でもね、こんな素敵な景色なんだから、嫌なことがあったときだけ来るのはもったいないよ。楽しいことがあったときにも来てあげないと」
 その男性は、そう笑顔で答えた。そういう考えもある、と佑美は思った。
「僕は、この景色を描くのが好きなんだ。きれいでしょう」
 そう言いながらその男性は、スケッチブックを開けた。そこには、描きかけの絵があった。
「絵描きさんなんですか?」
「ううん、趣味で描いてるだけ。本当は、朝日が昇るところを描きたいんだ。でも、朝はなかなか時間がないから夕日が沈むところを描いてるんだ。朝日って一日の始まりで、さあこれから頑張るぞって感じだからね。夕日は、終わりを表してるみたいで。でもね、ちょっと考えを変えてみたんだ。夕日が沈むことで、明日のための準備をする。この夕日が沈まないと明日は来ないんだって。だから、夕日はとても大切な役割をしているって。まあ、物は言いようだけど」
「そうですね」
 どうしてこの人は、こんなに物事を良い方向に考えられるのだろうか。不思議な人だ。
「だから、きっと泣くほど辛いことでも、明日になったら何にも辛い事じゃ無くなるかもしれないよ。もったいないよ、笑っている方が人生も楽しいよ」
 泣いているのを見られたんだ。佑美は、顔が赤くなるのが解った。
「僕は、東圭一。時々、此処に来てるんだ。まあ、絵を描くことが目的だけどね」
 佑美は、名前を告げることにためらいがあった。何も言わずにいると、
「今度は楽しいことがあったらおいでよ。きっと、この風景が違う物に見えてくるよ」
 佑美は、そうだろうなと思った。きっと、もう、私の気持ちを癒してくれている。それは、風景でなく和宏に似たこの男性、圭一のおかげなのだろうが。
 そのまま、佑美は名前を告げずに、坂道を上がっていった。圭一は、まだ、絵を描いていた。また、会えるだろうか。会いたいと思った。和宏に似ているから?ううん、きっと、あの人に惹かれたからだと思う。公園からの足取りは、軽やかだった。
 だが、家に帰ると和宏とあの女性のことが気になった。ぼんやり座っていると、電話のベルが鳴った。
「はい、横川です」
「佑美、僕だけど、今日遅くなるし、ご飯も要らないから。鍵をきちんとして先に寝てたら良いから」
 そう一方的に話し、電話が切れた。佑美はため息をつき、受話器を置いた。和宏との距離が離れていくのを感じた。そろそろ和宏から卒業しなくては行けないのかもしれない。良いチャンスなのかもしれない。和宏の恋人を見ることが出来たのだから。動かぬ証拠ってとこだろうか。佑美は、もう考えないでおこうと思った。失恋って言うような物じゃないけど、佑美にとって、一つのステップを上がったのかもしれない。そして、そのステップを上がるのに、圭一に巡り会ったのかもしれない。
 


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4604